【刑桐】Irresistibile/春 すうすうと無防備に寝息を立てる男の姿を、初めて見たかもしれない。
二人掛けのソファに窮屈そうに脚を投げ出し、胸元には読みかけの参考書らしきものが伏せられている。
ベランダの窓は開け放たれ、生成りのシアーカーテンが揺れるたびに影が揺らめく。甘い匂いを乗せた風がはらりはらりと桜を誘い込んでくるのか、室内に桜の花弁が散っていた。
(絵になる男――)
まるで映画かドラマのワンシーンのようで、桐ケ谷は思わず舌打ちしたくなった。
高校を卒業したら進路は分かたれる。今までのようにつるんではいられない。
地元の専門学校に進んだ桐ケ谷と、都内の大学に進学した刑部――どうしたって、共有する時間は減る。中学と高校時代、小学校の時よりも一緒にいた時間は少なかったが濃度が違った。ぎゅっと凝縮されていて、いつでも桐ケ谷の後ろには刑部がいるような気がしていた。事実、スターライトオーケストラとして活動している間は刑部とほぼ一緒にいたと言っても過言ではない。菩提樹寮へ通う際も、一緒にツーリングしているような気になった。
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