暑い夏には無味無臭のローションを添えて(仮)「これは一体どういうことだ‼」
歌仙兼定が怒りを顕わにして声を荒げ、この本丸の審神者へと詰め寄った。二十代後半ほどの若い審神者はあまりの剣幕に縮こまると深々と頭を下げて謝罪した。
「すみませんでした! まさかこんなことになるとは……」
「きみが如何わしい事を考えると本丸内で異常なバグが起こると何度言ったらわかるんだ‼」
「わかってる。……わかってはいるんだけど、その、どうしても溜まっちゃって……」
審神者が弱々しく両手で顔を覆ってべそをかきはじめる。この本丸の審神者は力が強いせいか、彼が想像したことが本丸内で具現化しやすい性質を持っていた。それも性的な妄想が最も具現化する。
男だけしかいない本丸の中で二十代という若さの審神者にとって、性的欲求を完璧に抑えることは難しい。審神者が欲求のままにAV等を見てしまった翌日にはその妄想が本丸内で具現化し、その度に起こる異常なバグに所属する刀剣男士たちは幾度となく翻弄されていた。ある時は朝起きると真っ赤な縄で縛り上げられていたし、ある時は着ていた服が全て透明になっていたこともある。本丸内で育てていた植物に未知なる触手が生えて襲ってきたことだってあるのだ。どれも審神者がAVやエッチな雑誌を見て一瞬だけ抱いた『そうなったら良いな』という妄想だ。審神者本人の意図しないところで具現化してしまう妄想は忠実に再現されて本丸内で暴れまわり、きっかり二十四時間経つまで消えることはない。
「仕方ねぇじゃねぇか! 主だってそういう年頃なんだからよぉ! 男所帯なんだから発散もできやしねぇ。少しは目を瞑ってやろうぜ!」
「僕だって許容出来るものならしてるさ! だけど本丸中の水が使用できなくなるなんて……」
怒られる主を見かねた和泉守兼定が歌仙と審神者の間に立つ。片手で顔を覆って大きくため息のついた歌仙に苦笑いをしつつ、和泉守がその視線を外に設置された井戸へと向けた。今は新しい設備で充実した大規模本丸だが、この井戸はまだ審神者と数振りの男士しかいなかった最初期に使っていた古いものだ。未だ現役で使われており、近付いた堀川国広が数度手押しポンプを動かせばとろりとした透明な液体が流れだした。
「こっちも駄目みたいだね、兼さん。これで本丸内の設備から出る水は全部使えないことが証明された。……どこか近くの小川や池に正常な水が残っていると良いんだけど」
「そっちは今短刀たちに調査に行かせている。本丸という空間そのものが審神者の力によって成立しているものだから恐らく無駄だろうが……これでは食事の用意が出来ないことはおろか飲み水すらない」
「仕方ねぇ! でかいのを連れて万屋までひとっ走りしてくるぜ。万屋中にある飲み水を買い占めれば一日くらいは何とかなるだろうよ」
「頼んだよ、和泉守」
「僕も行くよ、兼さん!」
本丸の財布を渡された和泉守が薙刀や槍、大太刀といった男士に声をかけて万屋へと出発する。筋肉自慢の太刀も数振り連れて出て行く彼らを見送った歌仙が、がっくりと項垂れる審神者を見た。
「……水が使えないことは確かだから聞いても無駄だろうが一応聞いておこう。きみが今回見たものの内容は一体どんなものなんだい?」
ビクリと審神者の肩が揺れる。歌仙を見る審神者の目は『本当に聞いてしまうのか』と問いかけていた。真剣な眼差しで審神者の返答を待つ歌仙が無言で頷く。青くした顔を赤くして、しかし歌仙の鋭い視線に射抜かれ再び顔を青くして……審神者が小さく呟いた。
「び、媚薬入りの……」
「声が小さい‼」
「媚薬入りローションで全身マッサージをするAVです‼」
本丸中の水道から流れ出る謎の液体は媚薬入りのローションだったのかと、歌仙は再び頭を抱えて大きなため息をついた。