文次郎がその後暫くキノコを食べられなかったのは言うまでもない秋の実りに舌鼓を打つのはいいが、毒のあるものに気をつけるように。
特にキノコの毒は洒落にならない上、相当に目の肥えた者でなけれは同定は難しい。キノコを採っても決してすぐに食べたりせず、必ず詳しい者に判断を委ねるように。
はーい、先生!
そんな先生からの忠告を胸に、忍術学園で初めての秋を迎える一年生は早速、親しい学友と共に裏々山でのキノコ狩りに勤しむ。
幸い、今年の一年生の中にはキノコ同定に詳しい者が幾人もいた。
図書委員会所属で食用キノコの知識も豊富なろ組の長次、同じくろ組で知識は無いのに神がかり的な感が冴え、毒か否かを瞬時に判断し違えたことのない小平太。
そして…もう一人。
「伊作ー!そっちはどうだ?また穴に落ちたりしてないかー!」
「失礼だな文次郎!ちゃんと採ってるよー!」
「そうか、それならいいんだけど…なあこれ、食べられるやつか?」
「ん?ん〜…ダメだね、これはテングタケだ。毒キノコ」
「えー!じゃあこっちは」
「それはツキヨタケ、やっぱり毒」
「え、シイタケじゃないの?…これは?」
「ドクヤマドリ」
「ドク…こ、これは?これは!?」
「ニガクリタケにオオワライタケ、ドクササコにドクアジロガサにドクツルタケ…全部毒!猛毒!」
「えー!!せっかく採ったのに…」
「むしろよくここまで毒キノコばかり厳選出来たよね!?食用キノコや毒キノコより、食不適のただのキノコの方が遥かに多いのに…ある意味凄いよ文次郎」
「んな褒め方されても嬉しかねーよ!」
は組の善法寺伊作の同定能力は頭一つ抜けている。特に毒キノコに関しては他の追随を許さない。
とことん負けず嫌いの文次郎も、この時ばかりは脱帽せざるを得なかった。
「なんで伊作は一年なのにそんなに詳しいんだよ…まさか自分で食べて覚えたとかじゃないだろうな」
「そんなわけあるか!先輩…保健委員長からね、色々聞いたんだ」
「キノコの見分け方をか?」
「ううん、毒キノコの『効果と症状』について」
「…えっ」
テングタケはね、毒キノコなんだけどその辺の食用キノコとは比べ物にならないくらい美味しいんだって。致死量の毒はないから鍋に仕込んで敵を行動不能にするのに使ってるんだって。
ツキヨタケも苦しんだり幻覚は見ても毒性は弱いし、ドクヤマドリも数日は動けなくなるし、オオワライタケは精神異常を起こして面白いことになるからよくムカつく先輩にこっそり食べさせてたって仰ってた。
でもニガクリタケ、ドクササコ、ドクアジロガサ、ドクツルタケはとんでもない致死毒な上、死ななくても死んだほうがマシってくらいに症状が生き地獄だから、本当にいざという時に使いなさいって。一度要人の暗殺にドクツルタケを使ったら、症状がエグすぎて暗殺なのがバレかけたからなんだって。それからね、それから…
「い…伊作」
「ん?」
「もういいよ…十分すぎるくらいわかったから…」
「そう?ならキノコ採り再開しようか…ああ、文次郎」
「な、何だよ」
「あんまり留三郎と喧嘩ばっかりしていたら、いつか二人の食事にこんなキノコが入ってたりするかも、ね」
その時の伊作の笑顔は、優しかったのに途轍もなく恐ろしかった。
後に最上級生となった文次郎が、思い出話として後輩にそう語ったという。
「乱太郎、キノコ狩り行こうぜ!伊作先輩から同定のやりかた教えてもらったんだよな?」
「うん、まだそこまで同定できる種類は多くないけどね」
「食べられるキノコが解れば十分だって!」
「え?わたしが同定できるのは今のところ毒キノコだけだよ?保健委員会で使うのは主にそれだし」
「…お、おう、そうか」
「今度伊作先輩が、カエンタケのエキスを抽出した毒酒の作り方を教えてくださるんだって!ちょっと怖いけど楽しみだなぁ」
「……」
保健委員会だけは本気で怒らせてはならない。
かつてアルバイト時に文次郎が遠い目で言っていた意味が、今更ながら理解できたきり丸であった。