一緒に寝たい 夜も更け、時刻が0時を回る頃。
暗い部屋の中、扉のノブが音もなく回転し戸がゆっくりと開く。現れたのは、まだ若い成人前のネロの姿。若干髪がくしゃっと乱れ、格好はいつも着ていたコート姿ではなく、シンプルな部屋着で、右腕に気に入りの枕を抱えて部屋にやってきた。
ちなみに今いる部屋は、父バージルのものである。ネロは隣の部屋に割り当てられていたが、ある理由を持って父の部屋にやってきた。寝ぼけて部屋に入ってきたわけではない。
「……」
軽く部屋の中を見回して、父と自分以外誰もいないのを確認するネロ。部屋の照明は落ちていて、ベッドの方を見れば布団の膨らみを見つけ、上下に揺れているのを確認する。
「父さん…?」
微かに名前を呟いても返事はない。
間違いなく、父は眠っている。
そう確信したネロは足音を立てないように、ゆっくりとベッドに近づいて行く。
ちなみになぜ、ネロがバージルの部屋に枕を持ってやってきたのか、その理由は純粋なものである。
(一緒に寝たいなんて…おかしいかな)
そう。一緒に寝たかったからだ。
しかしこのような考え、許されるのは小さな子供までだろう。ネロはまだ成人ではないが、小さな子供とは呼べない年齢にあることはよく理解していた。
しかしそれでも、父親のバージルと寝てみたい気持ちは、あった。
1度でも良いから、親と一緒に寝てみたい純粋な気持ちと、これは幼い頃に叶わなかったネロの小さな夢でもあったのだ。
しかし自分はもう子供ではない。それがネロを素直にさせない枷になっていた。
(父さん…寝てるな)
こっそりベッドに近づいて眠っている人物を確かめる。間違いなく、父親バージルの寝顔がそこにはあった。規則正しく寝息をして、布団からチラッと鎖骨部分が見えてネロは息を飲んだ。
(父さんって妙に色気あるよな…)
思わずそんなことを思ってしまう。男の色香というものだろうか? 普段から顔は良い方だと感じていたが、改めて間近に見てみると端正な顔にドキドキと胸が高鳴る。
(ちょっとだけなら……いいよね?)
何を。
思わず自分にツッコむ。
キスでも、なんてことはとても出来ない。多分それは、さすがに起きる。やりたい気持ちをグッと堪えて、恐る恐る布団を捲るネロ。
「んんっ…」
「…!」
布団が捲られ、バージルが体を捩る。いつも後ろに撫で上げていた髪が顔に掛かって、鎖骨から胸部分まで肌が見えた。
(わぁぁ……)
なんだかいけないことをしているようだと感じつつ、ネロはバージルの隣に潜り込む。ふさっ、と布団を捲るとすぐに父の匂いを感じて、瞬間、体が熱くなるのを感じた。
(良い匂い…)
少し頭がくらっとくるような、甘い香りがネロを包む。
ふと、そういえばこんな話を聞いたことがある。人のフェロモンは耳の裏から匂うとかなんとか。
「……」
そっと父の耳元に鼻を近づけて、すんすんと嗅いでみる。確かに少し匂いが濃く感じる気がするような…。
(いやなにやってんだ…)
人知れず、しかも眠っている父親相手に変なことをしている自分が恥ずかしくなり、顔を真っ赤にするネロ。
気を取り直して足をベッドの中に入れる。
(温かい…)
父親の体温で温まっただろうベッドの中はとても柔らかくて、目を閉じたらすぐ寝てしまいそうなほど心地が良い。
じんわりとした温かさに包まれて、思わず目を細める。そのまま横になりながら布団の中で手を握ろうと手を伸ばしたが、すんでのところで動きを止める。
(いや、これはさすがにマズイかな……)
父を起こしたくはない。けれど、やはりここまできたら、少し触れたい気持ちもある。せめて胸…いや、それこそ起きるか。
「!?」
どうしようか悩んでいるうちに、不意に腕が伸びてきてネロの腕を掴む。驚いて声を上げそうになるが、その前に自分の手が掴まれたことに気がついた。
「父さん?」
起きてしまったのかと思って声を掛けるが、返事がない。だがしっかりと手を握っており、離そうとしない。しかも指先を絡めるような繋ぎ方をしていて、ネロは一気に顔を赤くした。
(これどういう状況…)
まさかこんな繋ぎ方をされると思っていなかった。完全に予想外で混乱する頭の中、バージルの方を見てみるが相変わらず目は閉じている。父は一体なんの夢を見ているのだろう。そしてネロもまた、夢のような気分だった。好きな人とこんな風に繋がっていることが、信じられなかった。
(父さんの手…安心する)
自分の手よりも厚く、大きなその手にネロは愛おしさを感じる。小さい頃に出来なかったことがまた一つ果たされ、ずっとこの時間が続けば良いのにと思う。
暫くの間、2人の間に沈黙が流れ、その間も繋いだ手はそのままで、バージルは起きることがなかった。
ネロはそっと、父の肌けた胸元に頬ずりをして瞳を閉じた。
翌朝、目を覚ましたバージルは隣で眠る息子の姿に驚いた。
「まったく……」
いつの間に入ってきたのか。
そして気付かなかった自分に驚く。警戒心には自信があったが、そもそも息子相手となると鈍くなるようだ。新たな自分の一面にやれやれと首を振って苦笑いを浮かべるバージル。
それにしても眠っている我が子の顔は、まだ子供っぽさがあって愛らしい。胸元近くで眠って、おまけに手まで繋いでいた。それも指と指を絡めた恋人繋ぎだ。
「情緒の後、か…?」
悪くない。
目を細め、眠っている我が子に顔を近づける。頬を指先で触れると柔らかな肌を感じ、次に顎まで指先を移動させた。
「ネロ…」
キスをしようかと考えたが、起こすのは良くないかと思い寸前でやめる。名残惜しいが、代わりに頭に手をやって、優しく髪を撫でてやる。
ネロは、寂しかったのだろうか。
普段はそんなことを微塵も感じさせない彼が、不器用ながら一生懸命にバージルに甘えにやってきたと考えると、なんとも愛おしさが増す。
どうやってベッドにもぐり込んできたのか、何かしたのか、起きたらその時の行動一つ一つを問い詰めるのも悪くないなと考える。
「ふ…」
思わず、笑みが溢れる。
「ネロ……愛している」
やはり、無邪気に眠っているその頬に、そっと口付けを落とした。
「んんっ…」
くすぐったいのか、身を捩るネロ。その動作で彼の前髪がさらりと流れ落ちて、乱れた寝着から見える肌が誘っているかのよう。
このまま襲ってしまいたい。
首筋にキスをして、噛んで、もっとその先にある愛情を感じたい。
お前が欲しい、ネロ。