Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    でぃる

    @d_i_l_l_

    オペラオムニアの世界で過ごすアーロンさんを書きたい小説置き場です。アップした順に読むのが良いと思います。ジェクアー要素ありはワンクッション。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌱 🌿 🌾 🍸
    POIPOI 39

    でぃる

    ☆quiet follow

    (2022/06/09)
    大浴場で過ごす親子+養父をテーマに、ティーダの視点で書きました

    大浴場(男湯)カポーン、と桶のぶつかる小気味の良い音が、タイル張りの濡れた大浴場に響き渡る。
    ここは飛空艇内に備え付けられた大浴場の男湯である。もちろん隣には同じ規模の女湯があった。
    個室にもシャワーブースは設けてあり、かなり快適な暮らしを送ることができるのだが、たまには足を伸ばして湯船に浸かるのが好きなティーダはこの日も熱めの湯に浸かっていた。背後に描かれた山の絵は、ガガゼトに見える。だが他の仲間にはきっと、彼らの元の世界の代表的な山に見えているのではないか、とティーダは考えていた。
    「よう、ジェクトさんちのお坊ちゃん。ちゃんと100数えてから出ろよ」
    ぼんやりとしていたティーダに、特徴的な掠れ声が響く。湿気った浴場内に反射するそれは、ざぶざぶと無遠慮に湯船に入り込んでくる特徴的な刺青の男、ジェクトのものだった。
    「オヤジこそすぐ熱がるじゃん」
    頭に畳んだタオルを載せたジェクトが、気持ちよさそうに目を閉じて肩まで湯に浸かる。大柄な父親が入ってきたせいで、津波のように湯が溢れた。
    「風呂は熱ィぐらいが丁度いいんだよ」
    「アーロンも前にそう言ってた」
    「ここでか?」
    「違う違う、子供の頃よくザナルカンドの銭湯に行ってたからさ」
    父親と同じ湯に浸かりながら昔話が出来ることがなんとも不思議だった。しかも靄のような湯煙に包まれているから、余計に現実味に欠ける気がした。
    「あ〜、あのスタジアムの近くの古びたやつか」
    「そうそう、アーロンが気に入ってたんだよ」
    「今思うとなんか古風だったもんな…ってかよ、あいつ風呂好きだよな」
    「そうかも。今日もオレらより早く入りにきてなかった?」
    見渡しても湯船にも洗い場にも養父の姿はなさそうであった。早い時間に来たせいで、自分達以外には目立つ人影はない。
    窓から入ってくる西日が、夜になる前に入浴しているという贅沢を感じさせる。鼻歌でも歌いたくなる気分だったが、すぐ後ろから懐かしい調子の外れた祈りの歌が聞こえてきた。いつもなら、やめろよ音痴などと憎まれ口の一つでも叩いただろう。だけど今日は、この懐かしくも下手くそで優しい旋律と共に温かい湯に浸かっていたかった。
    しばらくはそんな穏やかな時間が流れていたのだが、いい加減限界を迎えたのか、我慢の苦手な男がばしゃばしゃと派手な水温を立てながら言う。
    「あっちぃ、もう無理だわ。そろそろ出っかな〜」
    「オレも出よっと。なぁなぁオヤジ、アレ奢ってよ」
    「なんだぁ?」
    「牛乳!やっぱ熱い風呂の後は瓶のアレっしょ!」
    「おお、いいな。俺も飲みたくなっちまった」
    そんな話をしながら2人して風呂から上がり、だらだらと脱衣所へと移動する。風呂という温かい空間のおかげか、口調が喧嘩腰になる事もなく、子供の頃に戻ったような気がした。ティーダはそれをむず痒く感じたが、正しい親子の会話だとも思った。
    自分の洋服籠の前で身体を拭いていると、体重計の前に自分達よりも早く上がったアーロンがいることに気付いた。
    服を着るには暑かったし、タオルを腰に巻いて養父の元へと向かう。
    「なーにやってんスか?」
    後ろから声をかければ、アーロンもまたタオル一枚を腰に巻いた状態で、アナログな体重計の針を見つめていた。
    「少し、太った気がしてな…」
    「禁煙の時、飴食いすぎたんじゃん?」
    多分そうだとアーロンは呟いた。確かにこの養父が過去に甘いものをたくさん食べているところをティーダはあまり見たことがなかった。
    「でもさ、見た目はそんなに変わんなくね?」
    自分達に比べればだいぶ色の白い肉体は、記憶にある通りがっしりと戦うための筋肉に覆われている。もちろん腹などが弛んでいる様子もなく、相変わらず右目から右胸にかけてユウナレスカにやられたという傷跡が大きく走っていた。
    「そうだといいんだが…」
    そんな話をしていると、ついさっきまで扇風機の前を陣取っていたジェクトがこちらにやってきた。
    「オイオイどうした?ダイエットすんのかアーロン。俺様が禁煙に引き続き手伝ってやっから、大船に乗った気でいろや!」
    タオルを首からかけた父親が言う。飴をかき集めてくる以外禁煙の協力が思いつかなかったティーダは、純粋な興味で問いかけた。
    「オヤジ、禁煙も手伝ったの?」
    「残念だがこいつは何にも役に立っていない。お前たちからもらった飴のおかげで本当に気分は紛れたぞ」
    だがアーロンに瞬時に否定された。ジェクトが偉そうなことばかり言うくせに、往々にして役に立たないことが多いことはティーダもしっかりと心得ていた。
    「俺様大活躍だったろうが!」
    ジェクトは納得出来なさそうにそう言ったが、琥珀色のアーロンの瞳がじっとりとその顔を睨みつける。
    何か都合が悪いことがあるのかジェクトは首の骨を鳴らしながら、ただ小さくわかったと呟いていた。この2人の関係は未だよく分からないところがある、とティーダは思っている。少しだけそれが寂しかった。子供の頃自分を除け者にして両親が仲良くしていたのを思い出すからかもしれない。
    だけどそんなティーダを気遣うように、アーロンがこちらを見てくれるから、この養父は母親とは違うのだと安心できるのだった。
    カシャン、と音を立てて体重計を降りたアーロンを見て、ジェクトが言う。
    「俺も体重計ろっかな!ってかよ、幻光虫の時の体重ってどうだった?」
    「想像した通りだったな。ここに来て、肉体を持つと色々面倒だと思い出した」
    「便利だなぁ…おっ、俺様は現状維持って感じだな。筋肉もうちょっと増やそっかな、どう思う?」
    「わからんが…せめてタオルで前を隠したらどうだ、見苦しい」
    「何見てんだよ、アーロンのスケベ」
    くだらない2人の父親の会話にティーダは呆れることしかできなかった。
    だがこのままでは全裸でポージングを決める父親を延々と見る羽目になるだろう。真新しいバスタオルを棚から掴むと、ティーダは父親に向かってそれを放り投げた。
    「オヤジ、牛乳!」
    ぼふ、と顔面にバスタオルが直撃したジェクトは渋々といった体でそれを腰に巻いた。いつも無造作に跳ねている赤茶色の髪が濡れて後ろに流されているのが少し他人のように見える。
    「わーったよ!アーロン、おめぇも飲むか?」
    「飲むよな?銭湯じゃアーロンが必ず牛乳買ってくれてたんだもん」
    「ああ、そうだった。よく行ったな、お前のブリッツの練習の帰りに寄るのにちょうどいい位置にあったから」
    「あそこで風呂入っちゃえば家の沸かす必要なかったもんね」
    「俺も若い頃は良く寄ったわ、掃除面倒でアパートの風呂腐ってたからよ。んじゃ買ってくっから」
    「オヤジ、風呂腐らせんなよ…」
    ユニフォームのポケットから小銭を探り出したジェクトは、そのままモグがいる売店への小窓へと向かった。そんな姿をアーロンと眺める。扇風機の音がむわりと湿度の高い脱衣所の風を掻き混ぜていた。
    すぐに冷えた牛乳瓶を3つその大きな手で掴んで父親が帰ってくる。
    各々礼を言いながらそれを受け取って、3人で横並びに腰に手を当てて牛乳を飲むのは本当に美味かった。
    「ビールもいいけどよォ、やっぱ風呂の後は牛乳だな」
    「昔っから牛乳飲むときアーロン腰に手を当ててたよな」
    「お前もそうなってたぞ?」
    「ウッソ!?超恥ずかしいじゃん!」
    「なーに言ってんだ、腰に手を当てて飲むのが一番うめぇんだよ!作法みてぇなモンだろうが」
    冷たい牛乳が喉を滑り落ちていく感覚に今は消滅した故郷へのノスタルジーと、それからこんな異世界に来てまでそれを感じられる感覚に少し眩暈がした。
    熱い湯船でのぼせたのかもしれない、そう自分を誤魔化して、幸福感を感じている自分を否定した。家族で過ごす時間のありがたみを手放しで感受するにはティーダはまだ若すぎた。
    だけど多分、普段とは変わらない仏頂面に見えて、少しだけ微笑んでいる養父はそれがわかっているに違いない。
    空になった牛乳瓶を青い独特のケースに入れてから、身支度をする。
    「あー、腹減ったぜ。まだメシまで時間あんなァ?今夜は何が出るかな〜」
    「ジェクト、まだ髪が濡れてるぞ。ほらティーダも」
    「子供扱いすんなって」
    「アーロン、俺の髪拭いて〜」
    「オヤジは子供扱いされたがんな!」
    くだらない話をしながら着替えるのが、ここでの日常としてもう何度も繰り返されていた。
    「まったく、付き合いきれんな…」
    「んじゃかわりに乾かしてやっから鏡の前座んな」
    髪を拭き、着替えに袖を通す。戦闘の汗を流して、真新しい服を着るのはとても気持ちがよかった。その間にもジェクトがアーロンにちょっかいを出している、これもいつものことだ。子供の頃の自分はそんなジェクトの戯れの全てに付き合わされていたのだから、鬱陶しかったのは当然である。
    だが、一歩引いてその姿を眺めるのは何処か、ジェクトの不器用な愛情表現だと納得出来る気もする。今もアーロンが困ったようにドライヤーで髪を乾かされているところを見るのは嫌いではなかった。
    「君たちって本当に家族なんだね。見ていて微笑ましいよ」
    遅れて脱衣所に現れたブラスカにそう言われたのは少し恥ずかしかったけれど、この世界があるが故に体験できたことなのだと思うとティーダは内心とても嬉しかった。
    もちろん揶揄われるだろうから、実父にも養父にもバレないように。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ♨❤😊💗❤💖❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works