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    ばぶち

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    ばぶち

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    ES No.1クズ男、葵ゆうた(27歳)

    肺も凍えるくらい冷え込む12月。ただこの日だけは体の内から熱が溢れていて鼓動もうるさいくらい高鳴っていて、寒いはずなのに服の下は少し汗ばんでいた
    ---

    『今度ご飯行く?』

    突然だった、あの今をときめくアイドル葵ゆうたからご飯に誘われたのだ、なぜか。
    突然の誘いに脳での処理が追いつかず口からは素頓狂な声が出てしまい、それを聞いたゆうたは軽く笑みをこぼしていたからすこし恥ずかしかった。
    この痴態がなければそのあとは二つ返事で応じて約束を取り付け、その流れでさらっと連絡先も交換してしまった。正直テンポが早すぎて途中は夢かと思っていた。本来なら交換できないと思っていた遠い場所にいる相手がこんなにも近くにまで急接近してきたのだから

    そんなやりとりから1週間と少しが経った今日、約束していた日が巡ってきて、今か今かと彼を待っている。浮き足立った気持ちを抑えることができず待ち合わせにはうってつけな目印と言わんばかりにそびえている時計にばかり目が向いてしまう。だが時計を見ていても秒針の速度が変わることはなくカチ、カチ、と一定のリズムで時を刻むだけだった。

    「おまたせ、待った?」

    周りで流れる音よりも鮮明に聞こえた聴き覚えのある声。声がした方を向けば目の前にゆうたが立っていた。
    目があったかと思えばスッと全体を見てまた目があったかと思えば「かわいいね」と言われた。こんなの真正面から受けて仕舞えば自分でも顔が赤くなってるのが分かった、相手は社交辞令で言ってるんだと言い聞かせても嬉しい気持ちが勝ってしまい、口元が緩んでしまう。
    きっと今の私はどうしようもなくだらしない表情を浮かべている。

    食事もそれなりに楽しく過ごせて、そこで解散かと思った。だけど今、私はバーに来ている。隣では葵ゆうたがグラスを片手に持ってゆらりゆらりと揺らしている。
    行きつけと言われて連れてこられただけあって、ゆうたの仕草一つ一つに慣れを感じ、この場の空気感もあるのか、27歳とは思えないくらい奥深さのある魅力や雰囲気を感じた。
    「もしかしてあんまりお酒飲めない?」
    まるで餌に釣られる魚のようにグラスに釘付けになっていたらしく、ゆうたに声をかけられてハッとした
    グラスに見惚れてました。なんて言えるわけがないのでその場を適当に濁して逃げるようにお手洗いに駆け込んだ。

    数分もすれば多少は気持ちも落ち着き、席に戻ればまたゆうたと他愛もない会話が始まる。仕事の話や、ゆうたの愚痴を聞いたり、恋愛観の話になったり。ほんの少しだけ下心が覗き、結婚の話をしたものの、ゆうたがその話に乗っかることはなかった

    お酒もほどほどに回り、時計を見ればあと30分もしないで終電がなくなるくらいの時間になっていた、本当ならここで焦るものだが、焦りの感情は少しも沸かず、隣にいるゆうたのことばかり考えていた。ゆうたはどう思っているのか、食事だけでよかったのにわざわざ行きつけの店に連れてきてくれたのは何故なのか。
    そんなことばかり考えていれば当然頭には自分への好意の可能性が出てくるものだ。そして回らない頭ではその可能性を強く信じるほかなく。ゆうたが彼氏になった想像が止まらなくなる。表情がどうなってるのかはこの際どうでもよくて、ゆうたと付き合えるのは時間の問題だと心の中でガッツポーズを決めた時、隣でスマホをいじっていたゆうたの手から何かが反射したのを視界の隅で捉えた。スマホケースのアタッチメントかと思ったがゆうたのスマホを見てみてもそんなものはついておらず、気のせいかと思った瞬間、指輪が見えた。しかも薬指に。
    どんなに酒を飲んでいてもこれがどんな意味を示すかなんてわかりきっている。分かっているからこそ先ほどまで気分よく酔っていたのが嘘みたいに冷静さを取り戻していく。ただ、見たものをそのまま声に出してしまっていた
    「それって、指輪…?」
    声に出してしまった以上ゆうたに聞こえないわけがなく、直視したくなくて自分の持つ数ミリしか入ってないグラスに目を向けたがゆうたの視線を感じた
    謎の間が苦しい、これがどうか夢であってくれとも願っていた。でも帰ってきた言葉は思ってもなかった言葉だった
    「あ〜…、見えた?」
    見えた?見えたとは?理解できずゆうたの方に目を向けるとゆうたがなんとも言えない顔で指輪がついている方の手を隠すように肘をついていた。
    なにそれ。まるで見ないでと言われているようだった。そういえばさっきの結婚の話に乗ってこなかったのを思い出した、これが理由なら全て辻褄が合う。
    同時に、自分が寄せていた恋心が絶対に叶わないことも痛感して、胸に穴が空いてどうしようもなく虚しい気持ちになった。でも交際をする前に既婚者だと分かったのは不幸中の幸いかもしれない。
    その後はわからない、早くその場から逃げたくて、こんな事実を知っても尚ゆうたを好きな気持ちが残っている自分からも逃げたくて。ゆうたの顔もまともに見れないまま店をあとにした気がする。

    「終電、なくなっちゃったなぁ…」
    正確にはまだ終電は行っていないが、今いる場所からは走ったって到底間に合わない。皮肉なものだ、さっきまでは終電なんてどうでも良いと思っていたのに。
    何もかも手遅れで、寒さだけが身を包み、とぼとぼと歩いている自身の周りは煌びやかなイルミネーションや照明で照らされていて、綺麗と思う反面一層孤独を感じた。
    こうして、私の葵ゆうたに対する恋慕は冬を越えることはできずに終わってしまった


    一方、取り残される形でバーに残っていたゆうたは追いかけるわけでもなく何事もなかったかのようにグラスを煽っていた。
    グラスを置くと先ほど見られた指輪を自分の指からスッといとも簡単に外し、ジャケットに付いているポケットの中へ雑に入れた。
    「べつに何も言ってないのにたかが指輪で勝手に想像しちゃってさぁ。ま、あの子は付き合ったら後が大変そうだったし、結果オーライかな」
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