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    ozaka05333

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    ozaka05333

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    ※自己解釈による魔動機文明語の文法事項あり
    キースがバレットに魔動機文明語を教わり始めた頃の話。

    テキストでの会話を基に制作しました。
    *Special Thanks*
    TMさん(@MT_466

    ##SS
    ##キース
    ##バレット

    焼き菓子と紅茶「キリが良いから今日はここまでにしようか」
    バレットが本を置き、終わりを告げた。張り詰めていた息を零すが、視線は広げられた本をなぞる。
    まだ、多くの文字を識別することは難しい。どれも似たような形に見える。
    冒険者となって一年。数多の迷宮へ潜り、よく目にしていた魔動機文明語。学ぶ機会もなく放置していたものを、気まぐれというわけではないのだが――言語の習得に興味を示したところ、彼が教師役を買って出たのである。以前記録をつけたらどうだ、という口約束を律儀に覚えていたらしい。自分に学が無いことは分かっていた。教えてくれるのならやる、などと言ったが、まさかこんなに早く現実になるとは思っていなかった。やると言った手前、投げるわけにもいかず、慣れない作業に疲れる。
    彼が提示した教材は子供なら誰でも知っているという絵本だそうだ。彼は題名を聞いても首を傾げる自分に呆れもせず、「話を知っているか否かは関係ない」と根気強く文字を教えていった。
    母音と子音の組み合わせと基礎となる文末変化を眺めていた。
    「キース」
    銀の指がコツコツと机を叩いて微かな音をたてた。いつの間にかバレットが温かいお茶と数枚のクッキーを持って隣に座る。
    「……これは……?」
    目の前に広げられた菓子は一体どこから出てきたのか。俺が書き散らした紙やインクも除けられている。
    「息抜きの為の軽食だ。集中したあとは糖分を摂取することで脳が休まる」
    そう言い、クッキーが入った皿を俺の前にまで動かす。自然と一枚に手が伸び、指でつまんで口元に運んだ。
    「たしかに……慣れないから、疲れた」
    別に菓子に釣られたわけじゃないが、手が止まることもなかった。
    その様子を男は何も言わず、左手を口元に当て眺めている。
    「……なに」
    落ち着かない。視線が自分に注がれているようで、気になるのだ。
    男はわざとではないらしく、「ん、あぁ、すまない。不躾だったな。それ、どうだ?試作品なんだが」と、クッキーを指さした。
    「え、……いいと、思う」
    ――バレットが作ったのか。
    「お前は、できることが多いな」
    俺は今、食らっているだけだと思った。この焼き菓子も知識も。
    「ハニーオレンジクッキーだ。お気に召したようなら何よりだよ」
    彼は目を細めて空になった皿を横に寄せた。
    「元々の仕事は家事を主としていたからな」
    「試作品、なのかこれ……完成品はどうするんだ」
    彼は降ろした手を再び口元当てる。
    「特に…材料が揃った時にまた作る、くらいだな。ハーヴェスに行った時に買った蜂蜜を使ってみたかったんだ」
    珍しいから、と。
    「アシャールに渡す用じゃないのか」
    俺は当然そうであると思っていたが、どうやら違うようだ。それが少し疑問に感じただけなのだが。
    バレットは一瞬目を見開き、直ぐに戻る。
    「無論アシャール様にも渡すつもりではあるが、あの方専用に作ったわけじゃない。配合調整の為の試作品だ。近いうちに皆に渡すさ」
    そう、淡々とした口振りで言う。
    「少し驚いた。正直、俺とアシャール様の関係性に関しては興味も関心も抱いていないと思っていた」
    ――あぁそりゃあ。
    「主従、なんだろ。知ってる」
    分かりきっている。知りすぎている。思い出したくないことまで脳裏に走るくらいに。そう思っていたから、言及しなかった。
    「見る限り……お前たちのいう”主従”はよくわからない」
    俺の知るそれとはあまりにも違う。
    「お前にとって、それは一体なに」
    ――束の間の静寂が辺りを包んだ。
    「主従とは……俺にとって、当たり前のもの、だ」
    男はこちらを見ていない。遠くに向ける眼差しの先には何もなかった。その視線の先を追うことはしない。
    俺は言葉の続きを待っている。
    「お前が知りたいのは、主と従者、上下関係、主と主に付き従う者……ではなく、か」
    「……そうだな」
    一度、息を吐いて吸った。僅かに肩が上がる。
    「俺は」
    言葉が切れる。
    「だれかがだれかを所有することは間違っている、とおもう」
    自分を上から見下ろしているような感覚がした。言葉は遠く知らない音で鳴る。
    「……だから、おまえと、アシャールの”主従”が不思議に見える。……ルーンフォークの”主従”とは、一体なんなんだ」
    彼は少し思案して、俺の前にまだ湯気がたつお茶を寄せる。
    「……ルーンフォークの“主従”を俺が一概に言うことは出来ない。皆個体差があり、忠義を欲する機体もいれば、主を必要としない者もいる。だから、これから言う言葉は全て俺の価値観に基づく主従であることを念頭に置いて欲しい」
    男はそう前置きした後、再び口元に指を当てる。
    「先程『だれかがだれかを所有することは間違っている』と言ったな」
    男は琥珀色の目を伏せる。
    瞳に影が映る。
    「お前はそうなのだろう。否定はしない。だが、俺は、生まれ……いや、目覚めた時から頭に響いていた。“主に従え”、“主人に逆らうなかれ”、と。だから、俺という存在は心身共に主の所有物である、という思考しかなかった。それが普通であり、覆す気もなかった」
    俺は紅茶が波立つ様子を見つめていた。
    「その声に、従ったのか」
    水面に映った顔が揺らいでいた。
    「そうだな。目が覚めたばかりの俺には道標はその声のみだった」
    男は足を組む。重心を後ろにかけ、椅子の前足が僅かに上がった。彼は背もたれに腕を片腕を置き、横柄ともとれる態度で言葉を継ぐ。カシャン、と金属が摩擦で擦れる音が鳴った。
    「俺は主に尽くし付き従うつもりでいたが、俺が出会う主はみな俺の意思を尊重した。俺の考えを聞き、俺に与え、命令を下さない」
    ――俺を“従者”として見ていなかった、と。
    「従者として扱われたかったのか?」
    カップを両手で包む。水面が揺れるさまを俯いて眺めていた。
    「“扱われたかった”、か」
    男は天井を仰ぎ見る。
    「否定はしない」
    男は断言した。
    「声は今も主に蹲えと木霊している。俺は主の所有物であり、主の命令を聞き従順に遂行すればいい存在であるからからには命を下して欲しいと本気で思っていた」
    故に、苦悩が透く。
    「しかし、いつまでも命は下されない。されるのは“お願い”だけだ」
    彼の表情を読み取ることは出来ない。
    彼の椅子が軋む。
    「命令をされ、……聞き、……実行するだけ……それだけでよかったのか?」
    それが、お前の存在理由なのかと。
    それが、お前の生なのかと。
    脚貫に片足をかけると簡単に揺れる。脚の高さが合っていない。
    「そうだ」
    たった一言が、氷のように冷たく、鉄の塊のように重かった。
    「私は、主の命令を遂行するために生まれた存在。そしてそれが“私”の主従、だ」
    椅子を軋ませながら男は組んだ足を解く。緊張感が漂っていた空気が、少しずつ緩んでいった。
    クッと力無く男が笑う。
    「分からない」
    カタン、カタン、と高さの合わない脚が鳴る。
    「お前の考えていることが、見ている世界が、分からない。……すべてが分かるわけじゃない……けど」
    言葉を切る。
    決めあぐねている。
    ”それ”をどう言えばいいのか、考えていた。
    「それしかないような人生は、決められた道は……――辛くないか」
    命令と強制の人生は、自我が入る余地を生まない。
    思考停止はただの人形になってしまう。
    「決められた道は辛い、と感じるのか。キースは」
    男は俺を見た。その琥珀の目には仄かなぬくもりを湛えていた。
    「辛い……というか全てのことがどうでもよくなる。自分で決められないのなら」
    ――この脳をえぐり出してくれれば楽だった。
    「そうだな。選択に自分の意思など必要ないのならば俺じゃなくたっていい。お前じゃなくたっていい。誰でもいいんだ」
    ――自我が生まれなければ疑問にも思わなかった。
    「それが普通だと思っていたんだ。自分は替えのきく存在であると」
    ――中途半端に”人間にしやがった”から苦しい。
    男は再び遠くの虚空を眺めがら目を細める。
    そんな過ぎたものを見るなと言えばよかったのか俺は。
    「本当に、替えのきく存在なら、とっくに使い潰されている」
    俺はその末路を知っている。
    「……そうじゃないのなら、そうじゃないという理由が今までのどこかに在るはずだ」
    本当に使い潰されたことが無いからそんなことを言えるんだ。お前は。
    彼は一度、右手を強く握りしめる。
    「その通り。俺は使い潰されず今此処に在る。理由は安易に推測できる。皆が俺を意思ある者として接したからだろう」
    似た痛みだ、と思った。
    故に相容れないと思った。
    「誰も命令しなかった。命令してくれなかった。更には俺の意見を聞いた。俺を人として扱った。だから、俺は……自分で考える他なかった」
    それをまるで苦痛のように言うこの男を理解することは、俺にはできない。
    そして俺が抱えた苦痛を、この男が理解することもない。
    「……考える、のは、俺も苦手だ。今まで思考を止めていたからな」
    だから言えることもあるんじゃないかと。
    「俺の命は塵屑の価値しかないのに、勝手に死ぬことは許されない……自分じゃなくてもいいのに、そこにいるからそういうものとしているしかない。――そこに、俺はいなかった」
    男を見る。
    お前は”人間にされた”のだろう。お前が望まないままに。
    「その名、誰からもらった?」
    この世に生まれ落ちたのだろう。お前が望まない形で。
    「名は、与えるものがいないと得られない、だろ」
    しかし、名を持つという事実が示す幸運に気づいたほうがいい。
    彼は目を見開き、俺を見た。口を開き、閉じ、また開き、閉じ、目を伏せ、空気を吸う。
    僅かな沈黙の後に
    「前の主。消耗品にわざわざ名前を付けた愚かなほど情が深い人」
    と、震えた声が降った。男の口角は不自然に引き攣り、顔を顰めている。
    苦しい、と聞こえた気がした。言うわけがないのに。
    「何か、他に言いたいことがあるんじゃないか。ゆっくりでいい。茶でも飲んだら落ち着くか?」
    コツン、と男の指が軽くティーカップの傍らを小突く。
    「……俺が思うに、名を与えられて個は生まれるんじゃないか、と」
    彼の椅子がまた軋んでいる。
    「お前のことは何も知らないが、――当然、名を与えた理由があるんじゃないか」
    茶にようやく口をつけた。
    考えが纏まらない。ゆっくりと口を開いた。
    「お前に名があり、名を与えた人がいるということが、お前が消耗品じゃないという、証明にほかならない……と思う」
    だから、お前は消耗品じゃない。
    否定させろ。
    お前を使い潰すことはできない。
    「御尤もだ。俺もその考えに行きついたよ。つい最近に、否が応にも。俺の中には……消耗品として生きることを望むルーンフォークと、思案し、足掻き生きようと思考を張り巡らす”バレット”という存在がいる。後者はきっと……俺が名を与えられた時に産まれたのだろうな」
    彼は落ち着きを払った調子で続ける。
    声に感情をのせることはしない。
    「名を与えられた理由は正直推測が難しい。彼は、如何なるものにも名を与える人だったから」
    男は、指を口元に当てて想いに耽っている。
    「……俺が言うまでもなかったし、俺が言うべきではなかったな」
    余計なことを言ったな。バレットはすでに考えつくしたうえでの発言なのだろうから。俺が出る幕ではない、故に。
    その先を知りたい。
    なぜ、俺とお前でこうも違うのか。
    「………自分の中に芽生えた二つの存在に苦悩している、のか?」
    何が違うのかということを。
    「俺が覚えた違和感……のようなものも、それかもしれない」
    「苦悩は…しているな。どちらに従うべきか未だ分からない」
    それと、と男は付け足す。
    「お前の口から考えを聞くことが出来たのは喜ばしいことだし、俺の思案の再考にも繋がった。キースは、俺とは違う生を背負っている。きっと口に出す言葉を推敲し、己の想いを打ち明けてくれたのだろう。決して無為ではない。有難う」
    彼は居住まいを正した。彼の椅子は高さが揃っているのか、四本の脚が床につく。俺の椅子がまた揺れた。
    「先程、違和感といったな。それは?」
    カタン、と横に揺れる。
    「……アシャールと、お前の関係を外から見ていて、違和感……というか」
    口に出すのを逡巡したが、言った。
    「主従、という言葉が相応しいとは思えない。それはお前が一番考えているのだろう………俺が、口出しするまでもなく」
    どうせ外野の意見だ、と。
    俺がどう見えるのかなんて、究極的にはどうでもいいのだ。
    「俺は、最初、……ルーンフォーク特有の思想と、俺の思想が異なっているのだと、思ったが………そうではないようだな」
    「……そうだな。主従…には見えない…だろうな。言う通り、俺も薄々分かってはいた。お前にはどのように写った」
    男の琥珀の眼が俺を覗き込む。
    俺がどう見えるのかを、この男は問うている。
    「ちぐはぐだ」
    見えたままの感想は、あまりにも無遠慮だった。
    「だから違和感を覚えたんだと思う。………噛み合ってない………というのか………。お前は、尽くそう、としているのだろう。アシャールは、施し、だと思っているんじゃないか。本人じゃないから、多分、違うと思うが」
    それでも見たままのことしか言えない。
    「俺の目には、施しに見える。アシャールは、自分だけ、施しを受けていると思っているんじゃないかと。俺は、見ていて………窮屈に思う、から」
    逃げるように視線を外す。
    主従と奴隷の違いを、俺はよく分からなかったから。
    彼は特に言及もせず、前を見る。
    「一方的、だろうな。お前にもそう見えたか」
    一呼吸おいて、また口を開く。
    「彼女は一人でも生きていける。実際そうしてきたのだろう。だから、俺がしていることは彼女を主と縛り付ける独りよがりな行いだ。従者として当然の行動は、彼女にとっては……蛇足に過ぎないのかもしれないな」
    主従なんて無駄なのだろう、そのような含みのある言い方に。
    「捨てたいか?」
    思わず、原液のまま言葉が出た。
    飾り気のない、音。
    「…………お前も、答えを探している途中なんだろうな」
    「そうだな。模索している最中だ。捨てる、という選択肢はなかった、な」
    「……いいな、そういうの」
    わがままで、よくばりで。
    そういう生き方ができて。
    当たり前のように選べて。
    「お前は捨てずに持っていたいのか………俺は捨てたかった」
    俺は、何も持ってなかったくせに、捨てたかった。持っていないものを捨てることはできないというのに。
    ■しか捨てるものがなかったのに、それすらも捨てられなかった。
    「捨てたかったもの、は……命のことか」
    は、?
    と。
    硬直する。
    バレットと目が合う。
    なんでお前がそれを知っている?
    「言いたくない、あるいは言えない、か」
    「………別に……そういうわけじゃ」
    無い。
    混乱する脳が出した応えは言い訳程度にしかならない陳腐な感情を吐き出す。
    「………言ったところで、なんにもならないだろ。…………重い」
    知らないままのほうがいい。知ったところでどうしようもない。
    過ぎたこと。
    「それは俺も同じだ。ただ、個人的に聞きたいという感情論だな」
    「は、話すのが、苦手だ」
    自分のことを話すのは。
    「ゆっくりでいい。俺も口下手な方だ」
    「――……その、言い当てられた、のかと思った。それを、知られているのかと」
    たどたどしくて覚束ない。
    「死のうとしたことは、ある。だけどそれは………誰かに言うようなことじゃ、ないだろ」
    「『自分の命は塵屑程の価値しかなく、勝手に死ぬことは許されない』と言っていた。俺には、それはまるで……」
    一度、彼は言葉を切った。
    部屋に一瞬の静寂が訪れる。
    「“消えてしまいたいがそれが出来ない”と言っているように聞こえた」
    感情の乗らない声の奥で、男が何を思ってそれを言っているのかは分からない。
    「死のうとしたことがあることを積極的に発言する必要はないだろう。だが、零すくらいなら良いんじゃないか」
    と、彼はまとめた。
    「そうか………でも今は」
    違う、と。
    「昔は、そうだったかもしれないが。今は、そこまで酷くない。それに」
    長い前髪が顔にかかる。
    「……このパーティに入って、なんとなく、わかったことは………ひとはひとに死んでほしいとは思わないということだ」
    ゆっくりと言葉を発する。
    確かめるように。
    あまりに不格好で稚拙。
    「………死ぬなら、……うまくやらないといけなくなった」
    うまく死ぬ方法があればよかったんだけどな、と遠く思った。そんな都合がいいものあるはずもない。
    「それを考えるのは、面倒くさい。ずるずると何も考えずにここまで来てしまった。………だから、この停滞が続くうちは多分、大丈夫」
    「己を納得しうる理由があるのならば、今はきっとそれでいいのだろう」
    だが、と彼は付け加え、目を伏せる。再び開けたその眼には堅い意思が灯っていた。
    「俺はお前が価値ある存在であり、将来、自分が生まれた目的や意味を見つけることができると信じている」
    つまり、こいつは”俺は旅を続けられる”と断言したのだ。
    「お前は強い」
    証拠もなく、ただ、信じたい一心だけで言った。
    「その力と心はいつか、誰かを笑顔にさせ、誰かを救い、誰かを変えさせるだろう。いや、もう既に成しているかもしれないな」
    俺が”他人から望まれるままに生きていける”と言い放った。
    「そして何よりも、俺が悲しい。お前が俺より先に死んでしまったら」
    なんでお前がそんなことを断言するんだ、と。
    言葉が突いて出そうになったとき。
    「俺はお前のことを……友であると思っている」
    お前がまた意味の分からないことを言うから。
    本当に、理解できないことを言うから。
    「長々しいし、キースにとっては浅はかな言葉かもしれない。ただ、本心からそう思っていることを伝えたかった」
    結局、終ぞそれが表面に現れることはなかった。ただ彼は困った顔で力なく笑うだけ。
    「……ひとにそれをいうのなら、俺もそれを返していいということか?」
    信頼には信頼を。
    強さには強さを。
    死ぬな、というのならお前にもそれを返そう。
    そして。
    「俺は、何も持っていない」
    とも、と形容するのなら。
    「もらったものしか、返せない」
    俺もそれを返そう。
    「何も持っていないということはないだろう。少なくとも俺には、強さが映る。お前は強い。腕っぷしだけではなく。ここも、だ」
    銀の腕が俺の胸のあたりを軽く打つ。
    「今この時も自分自身に在り方を問い、思考を巡らしている。お前は他者の言葉に耳を傾け、これまでの生で構築した価値観を見直し、アップロードしようとしている。その行いは容易くできることではない。そして、自分だけでなく、相手にも返そうとしている。違うか」
    指摘されて、見張った。そして、彼の拳が当たった部分を自分でもなぞる。
    「……そうか。そう見えているのか、俺は――俺は、別に返そうとしているわけじゃない……貰ってばかりなのは、性分に合わないだけだ」
    この胸の内をなんと言えばいいのか、分からなかった。
    「対等で在りたい、……そう思う」
    紅茶をバレットの方へずらした。
    「…………だから、自分に返されたくないものなら、俺には寄越すなよ」
    俺に生きろと言うのなら、お前も同様に他者からそれを言われる覚悟があるのだな。
    男は虚を突かれた様子で瞬きを繰り返す。
    「対等でありたい、そうだな。俺も、そう、思っている……」
    男は拳を離し、口元に当て指先で唇をとんとんと軽く叩く。
    「クッキーの返礼は………いらんぞ」
    神妙な面持ちの男は大真面目に言う。
    「前線で働くしかなくなったな……俺にはそれがあるらしいし」
    椅子から立ち上がった。
    「長くつき合わせたな……夜も更けた。また、頼む」
    今日はここまで。
    「ん、ああ…こちらこそ」
    男は椅子に座ったまま俺の眼を追いかけるように視線を上げる。
    「寝るか?」
    「……寝れそうだ。慣れないことをしたからか……疲れた」
    「そうか。ならば少しでも体を休ませるべきだな」
    彼も同様に席を立つ。
    「おやすみ。キース」
    いつぞやの焚火の時と同じように俺の肩を軽く叩いた。
    もう、知らない感触ではない。


    ――――
    役立ててください。

    焼き菓子=知識
    紅茶=価値観
    椅子=立場
    琥珀(アンバー)…樹脂の化石。静電気を帯電する性質を持つ。葉や花びら、木片を閉じ込めて数万年の歳月をかけて地表に現る。鉱物ではないため、砕けやすく、火にくべると心地よい香りを放ちながら300度程度で燃えてしまう。川から海へ流されて漂いながら海面にたどり着くため「アンバー(海を漂う)」と呼ばれた。
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