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    sbms村大集合!テストイベント展示


    裏垢で呟いていた、GAS〼▽▲前提カフェパロです。
    みんな揃った謎時間でみんなでカフェやってます。
    設定詰め込んだ小話みたいな感じで、CP要素は今のところ薄めです。

    思いつきで書いたので、ろくに読み返しも推敲もしてません。
    誤字脱字おかしな表現等々ありましたらそっと心の中で訂正してお読みください。

    とあるカフェダイニングにて スクイザーで念入りに絞り水気を切ったモップで、丁寧に床を拭く。ゴミの落ちているところはないか、汚れているところはないか、テーブルの影、椅子の下、隅から隅まで、一つ一つ、丹念に。
     まだロールカーテンを開けていない、通りに面した大きな窓や『Close』の札がかけられている入口のガラス扉からは、温かな陽の光が僅かに差し込んでいる。時折間近を通る人のシルエットは誰しもが急ぎ足だが、朝の通勤時間帯ほどではない。
    そろそろ、開店の時間が近づいている。
     最後の仕上げにとあちらこちらへ目を配りながら手を動かすが、昨日の閉店後の確認担当も自分であったため、大きな乱れや問題は見当たらない。しかし清潔にしておくに越したことはなく、この業界において、その点の第一印象は非常に重要だ。
     さて次は外を掃除しに行こうかと思案していたその時、突然、ばたんと大きな音が背後から上がる。顔だけ振り返りそちらを見遣れば、立て続けに、どたん、ばたんと繰り返し似たような騒音が奏でられ、先程までの空気に似つかわしくない、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声までもがそこに混ざり合った。
     数十秒の時間をかけながら徐々に大きさを増して近づいてきたそれは、隣の部屋からこちらの部屋に繋がっている扉を開く。
    「くっ、待ちなさいっ‼」
    「あのね、それで待つのノボリくらい」
     一段と勢いを増す怒号。苛立ちの露な声音は、キッと吊り上がった目尻や青筋の浮かんだ額、血色のいい頬等、その主の様相を鮮明に連想させる。対して、さらりとそれを受け流す、少しの焦りも動揺も感じさせない悠々とした声音はどこか愉しげ且つ挑発的であり、同じように馴染みある姿を思い描かせる。
     そんな、いつも通り、と感じる程度には繰り返されている、最早特別ではなく風景のような脳を通過するその映像は、駆け込んできた彼らと全く同じ形をしていた。
    「ちょっ、落ち着いて二人とも!」
     響く彼らの喧しさから同じものを感じとっていたのだろう。ゴムベラを片手に持ったままキッチンから顔を覗かせた青年が、やや大きめの強い口調で二人へと言葉を投げかけた。
     軽い時であれば、それで鎮まることもある。しかしそれは二人の耳、否、先を逃げる一人とは目が合ったので、追いかけているほうの一人の耳にだけ入っていないようだった。逃げるほうが止まらなければ鬼事は終わらず、室内の空気を乱す騒動は止まらない。
    「ただいま戻りました」
    「ん? なになに?」
     ちょうどその時、チリンチリンと軽やかな鈴の音が鳴り響き、二人分の声がさらに室内を賑やかにする。外出していた二人の青年が、騒ぐ彼らの入ってきたほうの扉ではなく、外へと続いている扉から室内を覗き込んでいた。
    「……」
     申し分ないタイミング。部屋の中を駆ける二人の進路は、ちょうどそちらへ向かっている。自分の脇を通過するまで、あと数秒。
    心の中で数を数える。背後で口元を緩ませ笑んだ空気の音が微かに上がったため、思考は伝わっただろう。
    「……」
     数が零になる。それまで動かず静観していた自分の横を逃亡者が通り、こちらの手元も彼自身の足元も、死角になる瞬間。
     手にしていたモップの柄を握り直し、そこ以外は瞳すら動かさないまま、そっと自然な動作で床へ糸束を滑らせる。
     慌ただしく跳ねる足。その片方が床から離れて再度地に着く瞬間に、音もなくそこを掬った。
    「わっ⁈」
    「おおっ⁈」
     追ってくるほうの彼に気を取られていたのだろう。咄嗟に立て直すことのできなかった彼の体勢は大きく崩れ、前方に思いきり傾く。当然全力で追いかけていたほうの彼もそんな突然の状況の変化に対応しきれるはずはなく、急ブレーキをかけようという意識すらままならないまま、同じように前の背の行く末をなぞった。
     キッチンのほうの彼と、外との境で立ち止まっていた一人が、瞳を大きく丸くする。二人は、共に床へと勢いよく倒れ伏す彼らを同時に想像させられていた。
    「よっ」
     しかしそんな二人の予測は、いい意味で裏切られる。
     いつの間にやら、外から返ってきた二人のうちの一人が扉を離れ、騒音を撒き散らす二人の進路上に立ちはだかっていた。片手に何やら中身の詰まった重そうな袋を下げたまま、もう片方の腕で転がりかける身体を一瞬だけ支える。そのまま抱え込むのではなく弾くようにしてその身体を押し、強引に方向を変えて、前方ではなく横へと倒れ込ませた。続くもう一人へも、同様に対応する。
     殺せなかった速度や勢いのまま思いきり二人が倒れた先は、広々としたソファー席の一角。長い手がテーブルにぶつかり、そこに綺麗に並べられていた冊子がばさりと床に雪崩れ落ちる。
     衝撃は和らげられているものの、反動に呻く二人。そんな彼らを見下ろしながら、立っているほうの二人は瞳を細め、速やかに収束させた互いを称えるように軽く握った手の背を合わせた。
    「タイミング、ばっちり!」
    「さすがクダリ。お見事でした」
     こつん、と合わさった関節部分。その手はすぐに下ろされて、下げられている荷物の持ち手を一つずつ分け合った。
    「重かったでしょう。お疲れさまです」
    「ううん、平気。二人とも、ノボリのお掃除、変わってね」
     その言葉に、モップを手にしていたほうの彼がそれを座席の背凭れに立てかける。そして返事は聞かないまま、間に袋を下げて二人並んでキッチンのほうへと歩き出した。
    「今日は、一体なんの喧嘩でしたか?」
     横目で彼らのやり取りを見ながら、先にキッチンに面したカウンターまで戻ってきていたもう一人の帰宅者は、カウンター越しにキッチンにいる彼へと大きな袋を手渡しながら尋ねる。
    「さあ。入ってきた時にはあの様子だったよ」
     それを受け取りながら苦笑する青年は、ありがとうと代わりにアイスティーの入ったグラスをカウンターに置いた。
    「インゴ様とエメット様のところに伺ったところ、お願いしていたもの以外にも良さそうなものがあったので、幾つか仕入れてきてしまいました」
     同じようにありがとうございますと言いながらグラスを手に取る青年はもう先程の騒ぎを気に留めておらず、グラスに口をつけつつ、視線で袋の中を指し示す。がさりと袋の口を開いた青年はその中身にざっと目を通し、注文品が揃っていることと追加で購入された品とを確認して、一つ頷いた。
    「ノボリ兄さんが良いと思うならきっと良いものだと思うから、いいんじゃないかな」
    「ふふ。わたくし、また思いついてしまったのです」
     こくりと液体を呑み下した青年は、そう言って楽しそうに口端を持ち上げ、弓型を作る。
     それを受けた彼もまた同じように表情を綻ばせて、じゃあ、お店が終わった後に聞かせてね、と嬉しそうに微笑んだ。










      A〼編



    「なにか、お悩みですか?」
     先程からメニューを真剣に眺めては、ページを捲っては戻し、また捲っては戻しと行き来を繰り返している一人の客に、ノボリは声をかけた。
    「もし宜しければ、わたくしがお手伝いいたしますよ」
     にこりと人好きのする笑みに、睨むように見つめていた瞳をメニューから上げた客は、それを承諾し、依頼する。紅茶の種類が多くて迷っているという客に、彼は頷いて見せる。
    「なるほど。本日は紅茶をご所望なのですね。でしたら、尚のことわたくしがお力になれると思います」
     そう言うと、ノボリはどれが気になるかと客に尋ね、その一つ一つの茶葉と特徴をわかりやすく簡潔に解説していく。
    「そうですね。こちらはとても穏やかな風味で、仄かに柑橘の香りがいたします。こちらはコクが強く、ミルクを合わせるのがお勧めですね」
     この店は一般的な喫茶店に比べ、紅茶の種類が非常に豊富である。それは、彼に起因していた。
     紅茶の専門家としての資格を持つ彼は、茶葉の種類やその淹れ方、適した飲み方について幅広い知識を有しており、こだわりを持って提供されるそれらは常に客達を唸らせている。今のように、好みのものを選択する補助を頼むこともできれば、彼に全てを任せて注文することもできる。彼の紅茶を口にした者は、自然と、非常に高い確率で後者を繰り返す常連になっていくのである。
    「お客さま、当店は初めてでございますか? 実は当店のスイーツは全てわたくしの弟の手作りでして、わたくしのお出しする紅茶に合うものばかりなのですよ」
     手を合わせ微笑したノボリは、客の持っていたメニューとは別に一枚テーブルに残されている表を手に取り、見やすいようにメニューの横へと添える。そして、その中の一つを示した。
    「自慢のものばかりです。どれも美味しいのですが、先程選ばれた紅茶ですと、こちらがとてもよく合います。宜しければ、ご一緒にいかがですか?」
     ケーキやタルト、焼き菓子等の写真が並び、可愛らしい書体で一つ一つ名前と味を連想させる簡単な説明書きが添えられているそれに、客がまた目移りしだす。くすりと笑んだノボリは、反対に気になるスイーツから合う紅茶を選ぶこともできるし、店の入り口のショーケースで現物を見ることもできる、テイクアウトも可能であると、幾つもの方法を提示しつつ客を惑わせた。
    「ありがとうございます。それでは、ご用意いたしますね」
     じっくりとした接客に見えて、その実五分もかかっていない。自分が選び注文したものへの期待で瞳を輝かせる客にこっそりと笑みを深めて、ノボリはカウンター越しの視線に気づかない振りをした。


    「おや、先程の。それはそれは。ありがとうございます。ええ。そうでしょう。わたくしの自慢の弟なのですよ。ぜひまた、ご来店くださいまし」
     会計の際に、ひどく興奮した様子の客から尋ねる前に矢継ぎ早に告げられた感想と感動を聴きながら、ノボリは相槌を打ち、テイクアウトで注文されたケーキとティーパックを包んでいく。ちゃっかりポイントカードも作らせると、会釈して退店する背を見送った。
     ちょうど客も途絶え、珍しく今店内にはスタッフ以外誰もいない。
    「クダリ、お疲れさまです。先日作っていただいたケーキ、とても好評ですよ」
     カウンター越しに声をかければ、キッチンで作業をしていたクダリが手を止め、振り返った。
    「ああ、この間ノボリ兄さんが考案してくれたやつだね。我ながら、ノボリ兄さんの紅茶に合った良い出来だと思ってるよ」
     さっきの人、二つも買っていったねと暗に見ていたことを匂わせるクダリに、それを察していたノボリも、ええと首を縦に動かす。
     クダリはこの店のパティシエとして、スイーツ全般の製作を担当している。仕込みや生地の作成、デコレーション等、スイーツに関連する工程をすべて一人で請け負っており、今は数日持つ焼き菓子を追加しているところだ。
     元々は一般的なショートケーキやチーズケーキ等、シンプルながらも質と味のいいスイーツばかりを作っていたのだが、ノボリが紅茶との組み合わせを意識し客に提案し始めると、そのコンセプトは味や質の良さはそのままに、彼の紅茶をより一層引き立てることへと変わっていった。
     例えば間に挟む果実ソースの種類を変えるだとか、果実とジャムの比率を調整するだとか、使用するチョコレートの原材料の産地を合わせるだとか。
     ノボリはノボリでクダリの作るものを更に良くしたいと、こんなスイーツが合うのでは、こんな組み合わせは面白いのではと色々と提案した。閉店後に二人一緒に勉強をしたり研究をしたり、試行錯誤を繰り返し共同で作り上げてきたものが、今店頭に並んでいるスイーツたちなのである。
    「それより、ノボリ兄さん。あんまり人前で自慢だとか大きな声で言わないで……聞こえてるから……」
     薄らと紅潮した頬を晒し、もごもごと突然籠った声でそう言うと、クダリは無意識にノボリから視線をずらし、下方に向ける。その反応に彼の照れを察したノボリは、カウンターに身を伏せ被さるような体勢を取りながら、逃げた視線を追ってその表情を下から覗き見た。
    「おや。聞こえるように言っているのですが」
     上向く瞳に捕まったクダリは、う、と思わず息を詰まらせる。口端までもが持ち上げられて弧を描いていく様に、ごくりと静かに喉を鳴らした。
    「堂々と惚気ても、パティシエとしてと捉えていただけるので、誰にも咎められませんからね」
     自慢だ自慢だと、よく客の前で口にする兄。そこに純粋な感情だけが含まれているわけではないということは、当然理解している。自慢の、にかかる言葉は、弟でもなく、スタッフでもなく。
    「……わざとなの」
     パートナーという立場としての、自分に対して。
    「……ワインを使うもの、思いついた」
    「ふふ。良いお誘いです、クダリ。アルコールはお店では提供していませんから、夜に上で、ゆっくりと」
     そういって、軽く染まった熱が囁き、ちらりと居住空間にしている店舗の上を見遣ったその時、チリンチリンと、鈴が鳴った。








      G〼編



    「あ、いらっしゃい! また来てくれて、ぼく嬉しい」
     何回か来店し顔見知りとなっている客の姿に、クダリはにっこりと笑みを咲かせ、いつもの席へと誘導する。綺麗に並べられたメニューの中から一つを拾い上げ、着席した客の前にとあるページを開いて差し出した。
    「今日は? いつもの? それとも……え?」
     珈琲ばかりが集められているそのページには、様々な銘柄と様々な淹れ方、飲み方が記載されている。その中の一つを指差し注文した客が、追加で何かを彼に告げていた。
    「あー、あれ? うん、わかった。たぶん、今なら大丈夫。ちょっと聞いてみる」
     紅茶の専門家として活躍する彼がいる一方、クダリは、珈琲の専門家だった。知識量としては当然引けを取らず、自身の分野で彼は誰も右に立たせない。
     喩えスイーツが紅茶に合わせて作られているとしても、それは公にはされておらず、一定数珈琲派の人間はいる。相乗すればより引き立て合った美味しさを感じられるものの、そのままでも彼のスイーツは非常に美味であるため、珈琲に合わせて午後のティータイムのひとときを過ごす客は少なくない。
    「お待たせ。ノボリ、いいって」
     そのため、ノボリの紅茶とクダリの珈琲の出番はちょうど半分ずつ程度である。そしてクダリは、珈琲ならではのパフォーマンスも一つ習得していた。
    「じゃあ、用意してくる!」
     待ってて、と意気込んで一度カウンターの向こうに姿を消したクダリは、慣れた手つきで準備を始める。
     数分の後に再度席を訪れた彼が両手に持っていたのは、二つのカップに淹れられたカプチーノと、別の容器に入れられたふわふわとしたミルクフォームだった。
    「ノボリが来るまで、ぼくの見てて」
     そう言ってクダリは座席の脇に屈み込むと、スプーンで泡を掬い取り、カップの中の液体の上へと優しく乗せる。そのまますいすいと滑らかにスプーンの先端や平らな面を動かし、細かく巧みな動作であっという間に泡を何かの形へと変化させていく。
     楽しそうに感嘆の声を漏らしながら客が見つめる視線の先で形作られたのは、カップの縁に手をかけ中から顔を覗かせているような、愛らしい一匹のバチュルだった。
    「うん、完璧!」
     クダリはラテアートを得意としていて、カプチーノ注文時のオプションとしてそれを振る舞っている。リクエストに応じてなんでも器用に作れてしまうため、所謂SNS映えを気にする若い女性に大変好評だ。客に作る際に自分の分も作っては自身もよくSNSに載せているため、それを目当てとして定期的に訪れる客も存在する。
    「すみません。お待たせいたしました」
     背後から聞こえた声に、クダリは顔を上げる。そこには、コックコートを着たノボリが立っていた。
     クダリのラテアートともう一つ。この店には隠れた名物が存在している。それが、シェフをしているノボリの作るラテアートだった。
     ノボリは軽食からしっかりとした食事まで、スイーツ以外の料理全般を担当している。そのため特にランチタイムは忙しくフロアに出てくることはできないのだが、それが落ち着いたティータイムなどの手の空いている時間であれば、運が良ければこうしてフロア対応できる時があった。
     本日のこの常連客は幸運だったようで、ちょうど彼は小休憩も終えたところだったのである。
    「ああ。いつもながら、クダリの作品は大変可愛らしいですね」
     クダリのラテアートを見たノボリは、目元を僅かに綻ばせる。それに目敏く気づいたクダリは瞳を線にすると、彼の手を取って自身が使っていたスプーンを握らせた。
    「待ってた! ノボリ、はいこれ」
     少し泡の残ったスプーンを押しつけたクダリは、テーブルの端に手をかけて客席の脇に完全にしゃがみ込み、斜め下方から彼を見上げる。この後彼が見せる、少したどたどしい手つきも、真剣そのものな眼差しも、集中するあまり呼吸を止めてきゅっと引き結ばれる口元も、全て余すことなく瞳に納めるには、その場所が最も適しているのだと知っていた。
     反対に自身の口元は緩み、期待に自然と笑みが零れる。微かに鼻歌まで漏れていることに気づいたのは、客がくすりと笑んだ空気の振動からだった。
     たっぷりと掬われた泡が、器に盛られる。そこからは、ただただ胸が締めつけられるばかりだった。
    「んっ……」
     ノボリが作る料理はどれもこれも人気があり、味だけでなく綺麗な盛りつけや細かな細工は、目を楽しませると定評がある。
    「……ん、ぅ……」
     しかし、一体何故なのか。あんなにも繊細な彩りを作り出すことのできる彼は、この作業だけが酷く不得手だった。
     瞬きが繰り返されていたかと思うと、瞳に力が入って細まり、一度鼻から吐き出された溜息のような息が、落ち着けと暗示しているかの如くゆっくりと大きく吸われる。雰囲気には緊張というよりも困惑の色が滲み、彷徨って泡の上を行き来した手がその形を崩せば、呻くような声が喉から絞り出された。
     乞われれば拒まず挑むし定期的に練習はしているものの、出来上がる前に泡が壊れてしまうその様は、宛らメタモンのようで。
    「っ……! 申し訳ございません、また……」
     それ以上どうすることもできなくなってしまった状況にスプーンを離すと、ノボリは静かにソーサーの上へとそれを置く。そして僅かに視線を落としテーブルの上の二つのカップを見比べるように瞳を動かしては、今度こそ深く溜息を一つ吐いた。
    「なかなか、クダリのように上手くいきませんね……」
    「でもこの前より上手。ほらここ、手みたい!」
     やや落ち込んだように見えたその瞬間、勢いよく立ち上がったクダリは、ノボリの腕に自らの腕を絡め、もう片方の手でカップの縁を指差す。そこには、言われて見ればそうかもしれないと微かに感じる程度の、少し盛り上がった泡が残されていた。
    「ね!」
    「っ、はい……」
     力強くそう断言されたノボリは、再度瞬きを繰り返しながらそこを見つめる。本当に、そこをそうするつもりで泡を動かしていたかどうかなど、夢中であったため覚えてはいない。
     そうであったのかもしれないし、そうではなく偶然であるのかもしれない。どうだっただろうかとほんの少し前の記憶を手繰り思考を巡らせるノボリは、真横で、可愛い、と呟いて客の死角で一瞬だけ頬に唇を触れさせるクダリに気づかない。何故か彼がやけに上機嫌であるということも、気に留まっていない。
    「……お客さま」
     ぽつりと呟かれた言葉と共に、彼は自身が作ったほうのカップをテーブルから持ち上げ、クダリが作ったほうを客の前に残す。
    「宜しければ、そちらをご賞味ください。わたくしも、次はもう少し真面なものが作れるよう努めておきますので」
     そう言って軽く会釈する彼に客が何かを言う前に、クダリが、じゃあそれぼくにちょうだい、と弾んだ声を上げる。構いませんがと少し不思議そうにしながらも、クダリにそれを手渡して、ノボリはキッチンへと戻っていった。
    「ああ見えて、ノボリ、すっごく悔しい」
     客席の隣に立ったまま、クダリは独り言のようにそう囁き、両手でソーサーごと持ち上げたカップの縁にキスをする。
    「真剣に頑張ってるのも、できなくてがっかりしてるのも、すっごく可愛い」
     口づけた部分を、ちゅう、と啜るような音がして、それとそこに付着する泡とが、何故か甘みを連想させた。
    「また来てね」








      S〼編


    『あのね、助けてくれる?』
     特にこれといった行事でも、祝日でも記念日でも、ましてや語呂合わせで騒げる日でもない、何の変哲もない平日。その一言は突然某SNS上に現れて、瞬く間にアクセス数を伸ばしていった。
     物騒にもとれるその言葉と共に載せられていたのは、一枚の写真。そのアカウント元であるとあるカフェダイニングの店内と、数人のスタッフと、その奥のカウンターに所狭しと並べられた、大量の箱。写っている青年は投稿者とは別の人物達で、画面の真ん中で転びかけるような体勢をしている一人の青年を、別の青年が慌てた様子で腋窩に腕を回して支えている。その向こうにもう一人、カウンターの近くに立った青年が箱を見ながら何かを考え込むような表情をしていた。
     それに対する反応は様々だ。
     初めて目の当たりにした者は、一体どうしたのか、何事かと心配したようなメッセージを送っている。一方、何度か目撃したことがある者達は、喜びや揶揄うようなメッセージを伝えていた。
    『今日一日、ぼくお店の前にいる。買いに来て』
     続いて先程の投稿に繋げられた投稿にも写真が添えられており、そこには、クッキーやシフォンケーキ、エッグタルト、ポーチドエッグに、オムライス、キッシュ、フレンチトースト等、可愛らしいテイクアウト用の容器に詰められているスイーツや料理が沢山写されていた。
     そこまで見れば、何も知らない者であっても、多少何かを察することはできるだろう。よくよく見れば、一枚目の写真に写っていた青年は、今にも泣き出しそうなほど悲痛に表情を歪めている。支える傍らの青年に対し抗う様な仕草も写っており、その不自然な体勢は転びかけていたのではなく、制止を遮って地に伏し頭を下げようとしているのだということがわかる。
     その後投稿者が変わり、更に続けてメッセージが綴られていた。
    『発注ミスがあったため、本日急遽お店の前でテイクアウト祭りを開催いたします! 写真のもの以外にも多数ご用意しておりますので、ぜひいらしてください。来てくださると、ホール担当の彼がとっても喜びます♡』
     その投稿には一枚目と同じ写真が貼付されており、そこに写っていた青年が赤い丸で囲まれている。そして、更に赤い字で、『本日売上目標を達成できなければ、猫耳尻尾の刑に処します♡』とも書き込まれていた。
     それに対し、常連と思わしきメッセージも複数寄せられており、『またやったのw』『久しぶりのお祭り嬉しい♡』『絶対寄る!』『エッグタルト食べたいので取り置きお願いします』等々、概ね肯定的な言葉が行き交っていた。


    「あ、来てくれた。スコーンとオムレツだよね」
     仕事の休憩の合間なのかスーツ姿の客を見るなり、クダリはそう言って用意していたビニール袋を手渡す。その客は常連の内の一人で、本日開店と同時に発信したお知らせに返信して、欲しいものを時間指定で予約していた。クダリはその客のことをきちんと認識しており、他にも何人もいる同様の客やその注文内容を、メモもせずにすべて記憶している。
    「え? うん。ノボリ、半分泣いてた。しょうがないよね、自業自得」
     心配するように尋ねられた言葉に淡々とそう答えると、紙幣を受け取り、腰に下げているポーチから釣銭を拾い上げる。掌に乗せたそれを客に見せながら、指差して共に金額を確認した。
    「なんでノボリがミスしたのに、ぼくが外なのか? あのね、お店普通にやってるから、中のほうが大変」
     不思議そうに続けて尋ねられた疑問に、クダリは呆れたように溜息を吐いて店内を視線で示す。普段はノボリとクダリの二人でフロアの業務全般を担当しており、手の空き状況によって紅茶や珈琲担当の彼らも同様の業務に入る形で、仕事を回していた。
     しかしこの状況であるため、フロア担当は一名減り、尚且つテイクアウト用のラッピング作業も入ってくる。SNSでの宣伝効果により客足も伸びるため、おそらく中は目の回るような忙しさだろう。
    「だからぼくは、こっちで楽してる。あ、こないだ美味しいって言ってたクッキーある。日持ちするよ。いる?」
     クダリの言葉に納得しくすくすと笑む客に、小分けにされた袋を差し出しながら尋ねると、客は更に笑いながら頷いた。その時別の客が通り過ぎざま今日はプリンがあるかと尋ねていき、その客が夕方またこの道を通ることを知っているクダリは、大きく頷き遠ざかっていく客に大きめの声で呼びかける。
    「プリンは今作ってる。帰りに寄る?」
     そして応じる返事に、ひらひらと手を振った。
    「いいよ、取っておく。じゃあまたね」
     

     そんなふうに客を捌きつつ、一息つけたのは午後二時を回った頃だった。ランチは落ち着き、しかしティータイムに移り変わる間の、僅かな時間。
    調理担当のノボリが合間に食べられるようにと作ってくれたタマゴサンドを頬張り、珈琲担当のクダリが淹れてくれていたアイスコーヒーで流し込んでいると、背後で鈴の音が響き、店の扉が開く気配がした。
    「お疲れさまです……」
     そこから姿をみせたのは退店する客ではなく、すっかりしょげている本日の騒動の元凶で。
    差し出された小さな器を受け取りながら、クダリは溜息を吐きつつ、大袈裟に肩を竦めて見せた。
    「うん、疲れた」
     器の中には冷たいアイスが盛られていて、溶ける前にと遠慮なくそれを口にする。
    「……、表で立ちっぱなしは負担でしょう……変わります」
    「ノボリのせいだけどね」
    「……すみません。次がないよう、気をつけ……」
    「無理でしょ。これ何回目?」
    「っ……」
     おそらく、彼もまた小休憩を与えられたのだろう。忙しく動き回っていた最中から、その分でこちらの補助に回ろうと考えていたに違いない。
    「……すみ、ません……」
     フロア担当をしている自分達は、それぞれ違った役割も与えられていた。ノボリは食材関係の在庫管理と発注担当、そして自分は備品関係の在庫管理と発注担当だ。
    「……」
     ノボリは普段慎重に確認をしているが、少し迂闊な面もあって、時折こうして大きなミスをする。その度にこうして大量消費のためのテイクアウト祭りが開催されており、最早不定期のイベント扱いされていた。
    「……」
     気をつけていないわけではないことは、知っている。やらかす度に必死になって償おうとして、後でひっそりと酷く落ち込んでいることも知っている。紅茶担当のノボリに冗談で言われる仮装や芸だって、本気で言われれば文句も言わず実行するだろう。それくらい責任を感じていることくらい、わかっている。
    「大丈夫」
    「……え?」
     そっぽを向いたままそうぽつりと口にすれば、また泣き出しそうだと感じさせていた声音に、困惑が混じっていた。
    「誰も、怒ってない」
    「っ、は……?」
    「お客さんも、お祭りって楽しんでくれる。ぼくが手伝って売り切れば、問題ないでしょ」
     楽をしているだなんて、格好をつけた言い訳だ。本当は、自分が一番ここでこうしていることが適任だと、自負しているから。
     客の好みや購入履歴だって大体は覚えているし、SNSを通じて予約された品物だって把握できる。その情報を元に更に購買意欲を煽ることだってできれば、押しすぎず引き際を見極めることだって造作もない。
    「あのね、根詰めすぎ」
     彼のフォローをすることに適している人間なんて、自分以外いない。
    「ほどほどにして、ちゃんと寝て」
     こっそりとやっているつもりなのであろうが、彼は共に働く専門性の高い彼らに影響されて、夜な夜な勉学に励んでいる。それは、努力家な彼らしいとは思うけれど。
    「これくらいなら、許してあげる。でも、もし倒れたら許さない」
     あと、勉強するより、割り振られてる仕事完璧にするのが先、と小言を重ねれば、やけに大人しく、零れ落ちるようなか細さで、静かに名前を呼ばれた。
    「……クダリ」
     思わずそちらに目を遣れば、そこには見慣れない彼の顔。
    「なにその顔。鳩が豆鉄砲を食ったみたい。面白い」
    「なっ⁈」
     顔を顰め、反射でか毛を逆立てるかのような勢いの反応を見せるが、それはほんの一瞬のことで、彼は自制し再度声の調子を落とす。
    「……すみません。ありがとう、ございます……」
    「わかったら、ちゃんと休憩して」
    「……はい」
     空気が和らぐ。
     ご馳走様と空になった器を返せば、彼は珍しく素直に首を縦に振った。


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    思いつきで書いたので、ろくに読み返しも推敲もしてません。
    誤字脱字おかしな表現等々ありましたらそっと心の中で訂正してお読みください。
    とあるカフェダイニングにて スクイザーで念入りに絞り水気を切ったモップで、丁寧に床を拭く。ゴミの落ちているところはないか、汚れているところはないか、テーブルの影、椅子の下、隅から隅まで、一つ一つ、丹念に。
     まだロールカーテンを開けていない、通りに面した大きな窓や『Close』の札がかけられている入口のガラス扉からは、温かな陽の光が僅かに差し込んでいる。時折間近を通る人のシルエットは誰しもが急ぎ足だが、朝の通勤時間帯ほどではない。
    そろそろ、開店の時間が近づいている。
     最後の仕上げにとあちらこちらへ目を配りながら手を動かすが、昨日の閉店後の確認担当も自分であったため、大きな乱れや問題は見当たらない。しかし清潔にしておくに越したことはなく、この業界において、その点の第一印象は非常に重要だ。
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