みみたこ 今日は土用の丑の日らしい。一人暮らしの高校生だった頃は気にも留めなかったイベントだが、大人になった今だってまったく興味がない。食べるときなんて、仕事の接待とかそういう機会しかない。プライベートで食べることなんて、まずありえないと思っていた。
しかし、俺の目の前にはごはんの上にいっぱい散った錦糸卵の上に小さく切った鰻と紅ショウガと枝豆が載ったどんぶりが置いてある。鰻重よりはだいぶフランクなうな丼、というところだろうか。その丼の向こうではダーホンが笑っている。
「ダーホン、これ……」
「今日土用の丑の日だし、ミーくんと鰻食べたいなって思って、スーパーで鰻を見に行ったんだけど高かったんだよね。だから、一尾を二人で半分こしたんだ。ゴメンね」
顔は笑顔だが、少し申し訳なさそうに眉根を寄せる。別に謝る必要なんてないと思う。俺はもう専門学校を卒業して就職しているけど、ダーホンはまだ院生なわけだし。バイトと正社員では収入に雲泥の差がある。ダーホンに無理して鰻を二尾買ってほしいだなんて思うはずがない。そもそも俺は土用の丑の日にも鰻にも興味はないのだ。
「いや、別にいいよ。俺、元々鰻に興味ないし」
「えっ、ミーくん鰻ダメだった?」
「どういう発想の飛躍してんの? 土用の丑の日だからって鰻食べようとかそういう発想なかっただけ。鰻がダメとかそういうわけじゃない。だから、俺のためにダーホンがこういううな丼的なもの用意してくれるのは嬉しいから」
「そか、よかった! これね、オレと妹が小さい頃に土用の丑の日に母さんが作ってくれたんだよね。オレと妹は一尾も食べられないから半分こねって。大きくなってからは鰻重になったんだけど」
ダーホンの家って普通に金持ちなんだよな……。ダーホンの口からサラッと飛び出る過去のエピソードからすぐにそういうことを察してしまう。だったら、俺と一緒にしょぼいうな丼食べてないで、家族と鰻重を食べればいいんじゃないだろうか。
「……ダーホンこそ家族と鰻重食べなくていいの? 俺と二人じゃ鰻半分しか食べられないじゃん」
「なんで? オレはミーくんと鰻食べたいって思ったから、これを作っただけだけど。でも、しょぼくてゴメンね。ミーくんも鰻重が良かった?」
「そんなことないって! ダーホンがこういうの用意してくれるの嬉しいって言っただろ。だから食べる」
そっか、俺と一緒が良かったんだ。俺と一緒が……。ダーホンはかなり前から俺にぞっこんだってこと、ずっとわかってるはずだけど、嬉しい。絶対口には出さないが。
「そか、よかった! じゃ、早く食べよ!」
一転して笑顔になったダーホンが両手を合わせる。さすがダーホン。言葉を詰まらせることがない。
次は俺がダーホンに鰻重でもおごるかな……。二人でいただきますをしてから、ダーホンお手製のうな丼を食べながらそう思った。
「実は今年の土用の丑って二回あるんだよね! ちなみに土用の丑に食べると吉とされているものって鰻だけじゃなくって、『う』がつく食べ物ならなんでもいい! っていう説もあるんだ。それでね……」
無心でダーホンの土用の丑うんちくを聞き流す。俺が鰻重をおごる機会は存外早く来るのかもしれない。
221016