特に意味は無い贅沢な日常 伊地知が五条の自宅を訪ねるようになって数ヶ月が経った。
自宅と言っても、都内にあるマンションの部屋を複数所持しておりそこを不規則なルーティンで使用しているらしい。
そのうちの三戸程、伊地知はお邪魔した事があるのだが、本人の口ぶりではもう数戸所有しているようでそんなに持ってて管理とか大丈夫なんだろうかと思ったが余計な事は言うまいと口には出さなかった。
五条本人曰く、基本寝に帰ってるようなもんだから生活に必要な最低限なものしか揃えて無いと一番初めに某マンションの部屋を訪れた際に言われた伊地知が実際にその室内を見れば、確かにシンプルというよりも殺風景な
まるでいつ自分がいなくなっても大丈夫なように、とさえ感じてしまう瞬間があって伊地知は居心地が悪いと思ってしまった。
数日後、伊地知が再び五条の部屋に行ける機会ができ訪れた際リビングのテーブルに置いていいかと聞いて見せてきた品物を見て五条は「なにそれ?」と思わず笑いを滲ませながら聞いてきた。
伊地知が手に持っていたのは百円均一で買った手のひらに乗る程の鉢付サボテンの造花で
「いいけど、それどうしたの」
「買ってきました」
「買ってきたの?お前がわざわざ?なんで」
五条はケラケラと笑いながらテーブルの中央にそれをちょんと置く伊地知の背中に問いかければ、相手は置いたサボテンをじっと見た後
「少し、生活感が欲しくって」
そう答えた伊地知の言葉に、こんな置物ひとつで生活感なんか出るわけないじゃんと思いつつ満足げな表情を浮かべている伊地知を見て「ふ~ん」と言うだけに留めた。
ずっとそこに置いておくのだろうかと五条は思っていたがそうでは無く伊地知が帰る際にはそのサボテンも持ち帰り、家に来た際に目につく場所に置いておくという、五条にとっては謎の行動を伊地知は訪れるたびに行っていた。
「ねぇ毎回なんでこんな事してんの?」
某月某日のお昼前、黒を基調としたリビングでガラステーブルの真ん中に置かれたサボテンを人差し指でちょんちょんとつつきながら五条は声を出した。
ソファに座らずカーペットにあぐらをかくようにして、だらけた格好を見せる五条の斜め後ろでソファに座ってタブレットを操作していた伊地知は返事をせず
むっと下唇を突き出すようにして不服だという表情をし振り返る五条の視線にも気づかないまま伊地知はタブレットを操作していた。
「せっかくの休日だというのに急ぎで確認しなきゃいけない書類を送られてきた伊地知潔高君、進捗はどーかね?」
わざとらしい嫌味口調で聞いてきた五条に「あともうちょっとです」とあしらうような口調につまんないの、と五条はテーブルに突っ伏すようにべたぁと頬をくっつけるとその状態で動かした視線の先に見えたサボテンをひと睨みした。
「お前はいいね、僕より愛されてるんじゃない?」
作り物のサボテンに話しかけてももちろん返事は無い、久しぶりに互いの休日が重なったというのに、これじゃあ休日の意味が無いじゃないかといじけた感情を転がしている五条の耳にタブレットの画面をトントンと叩く音が届く。
その音を聞きながら目を閉じて、時間にして数分過ぎた頃
「五条さん」
不意に名前を呼ばれ頬をテーブルにくっつけたまま目を開けると自分の様子をのぞくように少し高い視線で眺めている伊地知と目が合った。
「終わったの?」
「はい、お待たせしました」
「別に、待って無いし。僕より仕事が大事な誰かさんとか待ってないし」
そう言って視線をテーブルへ流す五条に困ったような笑みを見せてどうしたものかと戸惑う伊地知の様子を視界の隅で感じていると、正座をして自分の隣に並んだ伊地知がサボテンに手を伸ばして少しだけ位置を変えて置きなおした。
「なぁ」
「はい」
「それ、どんな意味あんの」
「え?」
「偽物のサボテン」
「造花なんですが」
「偽物じゃん」
五条の言葉に伊地知は「まぁ、そうなんですけど」と小さく返した後
「前に言いませんでしたっけ?少し生活感が欲しかったので」
「僕の部屋は生活感が無い?」
会話の流れで特に考えもせずにこぼした五条の言葉に伊地知はサボテンを見たまま
「そうですね……なんだか、気がつかない間にいなくなっても最初からそうだったような気になりそうで」
そう言ってふっと目を伏せた伊地知に五条は静かに視線を向ければ眼鏡の奥にある瞳がゆらりと揺れる瞬間を見た。
どんな感情でそんな事を思ったのか、わからずに五条はじぃっと相手の顔を見つめ続ける。
「僕が消えるって?」
「感覚の話です。あくまで」
五条はすっと顔を上げると伊地知の顔をまっすぐ見つめる。
「それでサボテンとかわかんない」
「深い意味は無いんですよ、ただ五条さんは絶対チョイスしないでしょう」
そう言って少し恥ずかしそうに笑う伊地知の表情に「変なヤツ」と言いながら五条は相手の肩に額を乗せる。
じわりと伝わる温度と香り、この部屋に染まりきらない存在が
自分以外の誰かが、此処にいるという感覚に五条の胸が今更ながらにざわついて震える。
「ほったらかしにされた分、甘やかしてくれないと立ち直れないなぁ~」
わざと大きな声でそう言うと伊地知の肩が小さく揺れる。その揺れかたで自分の言葉に声も出さずに笑っているのだと顔を上げれば予想通り拳で口を押えるようにして伊地知はくすくすと笑っており
「こっからはタブレット触るの禁止な」
「わかりました…一応確認だけしてもいいですか?」
そう言ってちらっと視線をタブレットへ動かす伊地知に「言い訳には僕を出せばいいから」
五条はそう言うと大きな口を開けて伊地知の唇にかぷりと甘く噛みついた。