半田くんのほんとうの初恋 半田桃の初恋の相手はお母さんだ。お母さんと結婚したいと言い続けてきたし、今後も言い続けると思っていた。ドラルクと出会うまでは。
(吸血鬼だ……)
もうすぐ高校一年生になる、中学最後の春休み。半田はいつか吸対に入るため春休み中もだらけたりせずジョギングに励んでいた。お母さんに心配をかけないよう、あまり夜遅くならないうちに帰るようにしているのだが、その日は新しいコースを見つけようとして遠回りしたために、すでに夜になっていた。
その吸血鬼は公園でポーズをとり、アルマジロに畏怖~ともちあげられていた。ふふんっと得意げにしている吸血鬼はまだ少年で、おそらく半田と同年代かその下くらいだ。か細い体をしていていかにも弱弱しい。
「きっとこの街でもうまくやれますよね、ジョン。こんなに畏怖可愛い私なんですから」
「ヌー!」
「ありがとう、ジョン」
吸血鬼とアルマジロがそんな会話をしているのが耳に届いた。半田は思わず足をとめた。吸血鬼があまりにも優しげな表情でアルマジロを見ていたからだ。半田を見ているときのお母さんみたいだった。
「……どちらさまですか?」
「あ、ああ、ごめん」
そんな吸血鬼と目があって、半田は慌てた。ぶしつけに見つめてしまったことを詫びる。
「いーえ! 私の畏怖さに目を奪われてしまったんでしょう! しかたないことですとも!」
「いや畏怖さは感じていないが」
「何ィー!?」
「ヌァー!?」
「うわっ!?」
吸血鬼が驚き死した。リボン付きの砂になってしまい、アルマジロが泣き出す。しかしすぐにナスナスと再生した。こういう吸血鬼もいるのか……。
「この真祖の直系たるドラドラちゃんの畏怖さに気付かないなんて……」
吸血鬼はぶつぶつと言い始めた。それで半田は納得した。良い血筋の吸血鬼のようだから、それが理由でダンピールの本能がはたらいて、目を惹くのだろうと。そう、自分がお母さん以外に目移りするなんてありえないのだ。
「たしかに特別な感じはする」
「! そうでしょうそうでしょうとも! ふふん!」
「さいきんこのへんに越してきたのか?」
「ええ。今まで住んでた城が退治人の冤罪で爆破されましてね、その退治人の家に転がり込んだのですよ」
「え、だ、だいじょうぶなのか、それは……」
「だいじょうぶですよ。その退治人には弟妹がいましてね、ふふふ……」
「……? まさか……!?」
「若い人間なんてドラドラちゃんクッキングでいちころなんですよ! 胃を掴んでしまえばこっちのもの! ヒョーホホホ!」
「…………そうか」
吸血鬼は高笑いをし、そのうしろでアルマジロも同じポーズをとった。どうやら友好的な吸血鬼だ。吸対に連絡する必要はないだろう。
「私はドラルクといいます。こっちは使い魔のジョン」
「ヌー!」
「ああ、ぼ……俺は半田桃だ」
「半田君! よろしく!」
「あ、ああ……」
愛想のいい笑顔をむけられて、半田は困惑しながらも頷いた。困惑していたのは、先ほど彼がアルマジロに向けていたほうの笑顔が見たい、という感情がわいてきていたからだった。
そうして半田は吸血鬼ドラルクと出会った。半田はなんとなく公園に足が向かいがちになったが、あまりドラルクと出会うことはなかった。たまに出会うと、ドラルクはジョンに畏怖~と持ち上げられる遊びをしていたり、ガチョウに追いかけられて泣いていたり、ちびっこたちに泥団子にされていたりした。ドラルクはすぐに死ぬ。だから自然と、半田が助けることも多かった。
「やぁ、半田君、今日もありがとう」
「……別に」
ドラルクに笑顔をむけられると半田はそわそわした。それは友好的な笑顔だったが、やっぱりジョンにむける笑顔とは違う種類のものだった。
やがて春休みが終わって、高校一年生になると、半田も忙しくなってあまりあの公園には行けなくなった。行ってもドラルクは不在で、会うことのできない日々がつづいた。連絡先はいちおう交換していたのだが、どうにも気恥ずかしく、スマホを眺めては溜息をつく時間ができて、お母さんに心配されてしまった。しかしお母さんは何を誤解しているのか、期待のこもったまなざしも向けてきて、半田は戸惑ったものだった……。
そんなある日、高校生になってから出会ったロナルドの家に遊びにいくと、ばったりドラルクと出くわした。
「あ!?」
「おやおや半田君! ひさしぶり!」
「? ドラ公、半田と知り合いなのか?」
「ちょっとね」
「……なんでドラルクがロナルドの家に!?」
「そりゃここが私の家だから」
「ヌー!」
「居候だろうが! あ、ジョンは我が家だと思っていいんだよ!」
ドラルクたちは仲がよさそうにぽんぽん会話をしている。半田はぽかーんとその様子を眺めた。ずり、と肩にかけたカバンが落ちて、床にどすんと落ちる。
「半田? どうした? カバン落ちたぞ」
「ロ…………」
「あ?」
「ロナルド貴様ァーッ!!」
「なんでっ!?」
半田がロナルドにプロレス技をかけると、ドラルクはけらけら笑った。
「笑ってんじゃねぇドラ公てめぇっ!」
「砂ァ!」
「おいロナルドやめろふざけるなッ!」
「だからなんで!?」
半田のプロレス技から抜け出したロナルドがドラルクを殴り、半田がロナルドを殴るという循環が発生した。ロナルドにいくら悪態をつかれても、ドラルクは楽しそうにしている。
「ロナルド君って学友とはそういう感じなんですねぇ」
(あ……)
ドラルクは、半田が初めて見た、ジョンにむけるようなあの笑顔をロナルドにむけていた。半田がずっと見たかったものだ……。でも……。
「……ロナルド。許してやる」
「なにをっ!?」
半田はロナルドを解放した。ひとり勝手にすっきりした表情でカバンを拾う半田に、ロナルドはやべぇ奴を見る目で見てきた。失礼な。
――ずっと見たかったドラルクのあの笑顔を、半田は自分に向けてほしいのかと思っていた。でも今日それが見られて、やっとわかった。半田がほしいものはドラルクのその感情ではない。そして半田がドラルクに向けている感情は、お母さんに対するそれとも、すこし異なるものだったのだ。
ロナルドはドラルクに関することについてはライバルではないことがわかった。だから許してやる。
「ドラルクッ! 見ろ、新種のセロリ人形だ!」
「あばばばばっ!?」
「あはははは泡ふくゴリラ面白い、でもなんで私に見せるんです? てか半田君キャラ変しました? 高校生デビュー?」
「そうだ、高校生デビューして俺はロナルド打倒を誓った! お前には同志の匂いがする、仲間にいれてやろうッ!」
「変なのに懐かれたなぁ」
ドラルクは楽しそうに笑っている。半田の胸に充実感がひろがった。今は、これで良い。半田はきっといつか、もっと良い笑顔を、ドラルクに向けてもらうのだ。
お母さん、見守っててくれ。吉報を持ち帰ってみせるからな。
完