モブオミ+しんおみ 最初からいやに距離が近い隊員だとは思っていた。
黒龍に入隊するときには隊員全員の前で誰に憧れて入ったのか,黒龍で何をしたいかを宣言するのが習わしだった。そこで「自分は副総長に憧れて黒龍に入りました!」なんて言われればそりゃまぁ目をかけたくもなるってものだ。
背は自分よりも高いがそれでも一つ年下だというその男を、ここ最近武臣は可愛い後輩として、そして自分の手足として働く側近として置いていた。
真には「ちょっと贔屓しすぎなんじゃねぇの」と文句を言われたが、お前だけには言われたくないと思った。
真の周りには勝手に人が集まってくる。ワカやベンケイも元のチームがあるから交流関係は広い。対して自分は友人と言えるのは真だけだったしチームにも個人的に仲の良い隊員というものがいなかった。
自分だって黒龍の副総長、ワカやベンケイが前のチームから連れてきた副隊長のような側近というものが欲しかったのだ。
ただ面倒なことにそいつを構えば構うほど真の機嫌は悪くなっていった。
俺の部下ということは真にとっても部下のようなものなのだからお前もそうすればいいのにと言ってみたことはあるが「俺はどっかの誰かさんと違って、無責任に可愛がったりしねーの」とぶーたれていた。
これに関しては「この人たらしが何言ってんだ」と鼻で笑ってやった。
それから何となく真とはギクシャクしてしまっていて、気まずさを感じつつもどうしたらいいかわからずそのまま放置していた。
そうこうしているうちに、その男から「相談したいことがあるから集会のあと武蔵神社の裏に来てほしい」と言われたのである。
帰り際、真に「お前も帰らねぇの」声をかけられたが「野暮用だ」とごまかした。不満そうだったが最終的には「ふーん……」と不満げな様子でバブを鳴らしながら帰っていった。
表には照明があるとは言え、夜の神社。その裏ともなれば薄暗い。
待ち合わせの場所に着くと男が立っていた。
「で、相談ってなんだ? 他の奴らには言えないようなことか?」
「はい。副総長にしか相談できないことなので……」
それにしても薄暗い。数メートル先に立っている相手の顔もまともに見れないほどだ。
「なぁ、もっと明るい所で話さねぇか? ファミレスとか、話聞かれたくねぇならカラオケボックスだって……」
「副総長」
ずい、と男が一歩こちらに近づいた。
「副総長って総長と付き合ってるんですか」
「は……」
付き合っては、いない。
いや、もしもそうだったらどれだけ良かったか。
真のことは好きだ。……もちろん恋愛的な意味で。
だがあまりにも近すぎて一緒にでかけたりお互いの家を行き来したりおおよそ恋人同士がやることは人お降り降り幼なじみの間に済ませてしまっていた。だからあえてその先へ進もうして関係が壊れるのが怖かった。
それに今は集会以外でここ二週間まともに口を利いていない。
真と喧嘩したことは長い付き合いで多々あるが、こんなに長く口をきかなかったのは初めてだった。
「……ただの腐れ縁だっつの」
だから、武臣はそう答えるのがやっとだった。
「じゃあ今は誰ともお付き合いしてないんですね?」
「いや、その……おい、一体何の話だ」
「俺じゃだめですか」
「は?」
「副総長、俺と付き合ってくれませんか」
また一歩、男がこちらに近づいた。
その表情が髪で隠れて見えない。
ジジ、と蛾が誘蛾灯に当たって落ちた。
「はぁ? お前頭沸いてんのか? どう見たってお前も俺も男だろうが」
「……はぁ」
男がやれやれといったふうにため息をつく。
ベッタリとした気味の悪い感情が肌に張り付くような感覚を覚えた。
「……すみません。副総長、ぶっちゃけ返事いらないです」
「は?」
瞬間、男に懐へと踏み込まれバランスを崩した武臣は思わず尻もちを着く。
首元に何かを押し付けられ痛みが走ったのと、バチンッと音がしたのは同時だった。
目の前にチカチカと星が舞った。
「あ、あっ………」
「あー、やっぱパチモンかこれ。一発で気絶しねーじゃん」
男の手にはバチバチと火花を散らすスタンガンが握られていた。
いつもヘラヘラと腰の低い男だったのに「ガラクタ掴ませやがって」と誰に言うともなし舌打ちをする様子はまるで別人のようだった。そのあまりの変わりように武臣が引いていると、気がついたのかいつもの笑顔でクルリと笑いかけた。
「あぁ、すみません痛かったですよね。……でも副総長が悪いんですよ」
男の手は首元から髪へ、そのまま黒髪を持ち上げすんすんと匂いを嗅がれるとぞぞぞと武臣の肌が粟立った。
嫌悪感しか沸かないその行為に今すぐにでも押しのけてやりたいのに、体は弛緩して力が入らない。
武臣はせめてもの抵抗で覆いかぶさってこようとする男を睨みつけた。
「そう、その目…… 高嶺の花だって諦めようと思ってたのに、そんな綺麗な目で俺のことを見るから……俺は、俺はッ……!」
「っ……!」
男は武臣のズボンのベルトに手を掛けると慣れた手付きで、膝下まで一気にずり下ろした。
羞恥で思わず男から顔を背ける。
「はは、とっくに総長のものになってるかと思ったけど、そうじゃないならさっさと既成事実作っちゃえば良いですよね」
手首を地面にぐいと押し付けられ組み敷かれる。男の意図がわかり、体をそらそうとするが上手くいかない。
「こ、んなことっ……! バレたら、お前だってタダじゃすまねぇぞっ……!」
痺れる喉から絞り出すような声で抵抗する。
男は意にも介さぬようにふっと口角をあげた。
「俺は別に良いですよ? それに『可愛がってた後輩に連れ込まれて襲われました』って総長に言いつけられるんですか?」
「っ……!」
「きっと失望するでしょうね。黒龍の面汚しだって、気持ち悪いって」
「あ、……ぁっ……」
男のその言葉に、真が『触るな。気持ち悪ぃんだよ』『テメェを副総長に選んだのは間違いだったな』と武臣を突き離すイメージ映像が脳内に浮かんだ。
そうだ、もしこのことが知られたらあいつの隣に立てなくなる。
タダでさえあいつの側にいるだけの自分が、真の足を引っ張ることになる。
「……そんな悲しそうな顔しないでください副総長。俺はずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーっとあなたのこと見てましたから。総長が見限ったって俺はあなたを――――」
男の顔が近づく。怖いのに、体がすくんで抵抗ができない。
男の唇が触れそうになったときだった。
「グハッ!!!」
瞬間、男の体は吹っ飛んでいた。
「ふっー……誰が誰を見限るって?。……武臣! 大丈夫か!」
男と武臣の間に立ちふさがるように、そこには真一郎が立っていた。
「し、真……」
ホッとしたのもつかの間、自分の醜態を見て武臣は思わず顔を伏せる。
膝までずり降ろされたズボン。
自分のトップクは先程押し倒されたときにぬかるんだ地面に押し付けられてぐちゃぐちゃになっているため、傍から見れば情けないことこの上ない。
『気持ち悪ぃんだよ』と自分を突き放す脳内の映像と眼の前の真一郎がだぶって見えた。
どうしよう、どうしよう。
こんなの気持ち悪いと思われるに違いない。
あんなに「揉め事の種になるから特定の隊員を贔屓するな」ってベンケイにもワカにも釘を差されていたのに。
真の足を引っ張って、真に嫌われたら、自分は副総長なのにこんな情けない真似晒して。
そんな嫌な想像ばかりがぐるぐる回って声が出ない。
「はひっ、ひ………ひっ……」
息が吸えない。吸っても吸っても肺に入ってこない。
きゅうと胸が締め付けられて、眼の前がチカチカしてぐるぐる回って、
「武臣!」
バチンッと真に両の手で頬を挟まれて正気に返った。
「大丈夫だ。落ち着け。深呼吸しろ」
ふわりとまだぬくもりが残るトップクを肩に掛けられる。
「遅くなって悪い。意地張らずにもっと早く来るんだった。……こんなことでお前のこと嫌いになんてならねぇから。な?」
そのままにトップクごと真に抱きしめられて。
……制汗剤とバイクオイルが混じったような特有の香りに包まれると、武臣の思考は徐々にクリアになっていった。
「……怖かったよな。ごめんな。もう大丈夫だから。……ベンケ―、ワカ! 武臣頼む!」
ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。
真の言葉ひとつで、あれだけパニックになった心が嘘のように凪いでいく。
「悪い。ケジメ付けてくるからちょっとだけ待っててくれ。……さぁて、覚悟できてんだろうなぁ?」
真がパキンと拳を鳴らした。
■■■
バキッ
ドゴッ
ゴッッ
「あんなに喧嘩強い真、見たことねぇぞ…‥」
「オー、真ちゃんもやればできるんジャン」
「ベンケイ……ワカ。何で、お前ら先に帰ったんじゃ…」
「あの後三人でファミレスで駄弁ってたんだけどさ。、真ちゃんずっとソワソワして落ち着かねぇから『そんなに気になるなら迎えに行けば』って俺らも一緒について行ってみたら案の定な」
「ったく、お前はもう少し警戒心持て。……ほら、立てるか?」
「あ、あぁ」
ベンケイに手を差し出される。
腰が抜けて立てずにいたのでありがたく手を借りて立ち上がろうとしたときだった。
「おい!」
うまく足に力が入らなくてぐるりと目の前が回った。
ベンケイの腕に抱きしめられなければ、正面から頭を地面にぶつけていただろう。
「大丈夫か!? ……いや、大丈夫じゃねぇな」
「あ、あれ……? なんで俺っ……」
ガクガクと膝が震える。
そのままベンケイに真のトップクごと包みあげられるように姫抱きにされた。
いつもなら恥ずかしい真似辞めろとか、降ろせとか色々言ってやるのに
「う、ぅっ……」
「おーおー、大丈夫か? ……怖かったよなぁ」
「泣け泣け。どうせ俺らしかいねぇから」
「ひぅ、グスッ……グスッ‥…」
さっきまで平気だったのに真やベンケイたちの顔を見た途端、恐怖と安堵が一気に襲ってきて堪らなくなった。ベンケイが胸を貸してくれて、ワカが頭を撫でるもんだから涙が止まらなくて。
二人が茶化さずに甘えさせてくれるのが有り難かった。
拳を真っ赤に染めた真が薮から出てきたのはそれからすぐだった。
「おう、済んだか?」
「……あいつノビちまったんだよ。これじゃ謝罪も懺悔もさせられねぇじゃねぇか……全然俺の気は済んでぇねぇんだけど……チッ」
元々真は喧嘩が得意な方でも相手を殴り倒すこと自体が好きな訳では無い。
だから普段、気絶するほどまで相手を殴るようなことなんてしないのに煮えたぎるような憎悪を目に湛え、舌打ちをする真に武臣は純粋に恐怖を感じた。
「真、殺気抑えろ」
「ぁ?」
「真ちゃんカムカム。武臣怖がってるから」
「……あっ」
ワカの言葉で我に返ったのか慌てて真は武臣の方に向き直り、目線を合わせた。
「あー……ごめんな、武臣。俺、頭に血ぃ上っちまって……怪我してねぇか?」
「だ、だいじょぶ……」
「そっか……。良かった……」
ほっとした表情を見せる真は、いつもどおりの真だった。
その手が武臣の頬に触れ、ぴたと動きが止まる。
「真?」
こてんと首を傾げる武臣。
当の真一郎にしてみれば、目の前に泣き顔で自分の特攻服を着て、姫抱きにされている愛しの幼なじみがいるわけで。
真一郎の中で何かがプツンと切れた。
「彼トップクは反則だって……!」
「し、真! 鼻血! 鼻血出てるっ!」
「最後まで締まらねぇなこいつ……」
「さっきまで格好良かったのにネ……」
バタバタと色々あったものの、真のバブに乗せてもらって家まで送ってもらった。
真は何も言わなかったけど、寄り添っているだけで安心できた。
「……ありがとな、真」
「? ……んー? 武臣、今何か言ったかー?」
「……バーカ。何でもね―よ」
■■■
「で、どうなったんだ」
「何が?」
例の事件が合ってから三日後、いつものように集会をしたが件の男の姿は当たり前だが何処にもなかった。
『後片付け』をやったのであろうワカとベンケイに尋ねると
「お前は知らなくてい―んだよ」
「あぁ。東京の土はしばらく踏めねぇってだけだからな」
そう、何ともなしにはぐらかされた。
なお真一郎が飛び抜けてブチ切れていたため逆に冷静を装えていただけで、内心は2人とも腸が煮えくり返っていたことを武臣は知らないのである。
閑話休題。
「俺も反省しねぇとな。もう少し武臣のことかまってやりゃ良かった。それでヤキモチ焼いてあんな野郎と一緒にいたんだろ?」
「は?」
「昔からお前、俺が他のやつとつるんでるとすーぐ張りあって拗ねてたもんな」
変わってねぇなぁ、と真に頭を撫でられた。
……ヤキモチとは。
そういえば後輩として可愛がっていたくせに、武臣はあの男の顔や名前すら今や思い出せなくなっていた。
思えば別にあの男でなくても良かったのだ。
あいつとつるんでいると、真が機嫌悪そうにして、それがなんとなく面白くってそれで。
「え、あ」
……気づいてしまった事実に顔から火が出そうだった。
「え、まさかお前自覚なかったのか?」
「いやだって、だって……」
「お前さぁ、真ちゃんにその辺の恋の駆け引きとか無理って分かってるでしょ」
呆れたようにため息を吐くベンケイ。
そしてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるワカ。
気づいたなら言ってくれ!とも思ったがこの2人に言われたらそれはそれで小っ恥ずかしい目に合うのは目に見えている。
確かに最近、真は総長としての振る舞いばかりでこちらを構ってくれないのが気に食わなかった。
真が自分よりも他のやつの方が大事にしているように見えたから。
つまり、あれだ。自分が一番じゃないことが嫌だった。
なんだこれ、独占欲丸出しじゃんか。
恥ずかしくて死にそうだ。
武臣は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
「これに懲りたらもう少し素直になれよ」
「いでっ!」
ベンケイにデコピンをされ涙目になりながら顔を上げると、そこには優しい笑顔でこちらを見つめている真がいた。
「俺の一番は武臣だから。もうよそ見すんなよ」
「……うん」
「よし。いい子だ」
わしわしと髪をかき混ぜられる。その手つきは荒っぽいがどこか優しさを感じられて。
「真……助けに来てくれてありがとな」
「おう。……お礼にチューしてくれても良いんだぜ?」
「……調子乗んなっ」
「いっでぇ!!」
照れ隠しで一発殴ったら、殴られた場所を擦りながらも嬉しそうな顔をする真。
そんな真を見て武臣も少し微笑んでしまうのであった。
「ったく、こっち向け真」
「え」
真の頬を撫でこちらを向かせる。
そのままちぅ、と触れるだけのキスをした。
「……へ!? は、ちょ、ま、……え、今の……!」
「お、お礼のチュー……」
「〜~ッ! も、もう一回!」
「ばーか」
真っ赤になって叫ぶ真に今度はこっちがしてやったりと武臣は笑うのだった。
「あー、ゴホンゴホン」
「お二人さん、俺達いること忘れてんねー」
「「……あっ」」
こうして、とりあえず幼馴染カップルは無事仲直りすることが出来たのである。
めでたしめでたし?