昔書いた承花小説ー芸術家は愛妻家が多いイメージがあるよね。
ーでも意外と、不倫してる事が多いらしくて、先生が亡くなった後、作品が愛人から出てくる事とかあるらしいよ。
ーだけど芸術家は熱意を持ったたった1人の人間しか愛さない。一途の愛が作品を作りあげるんだよ。
誰かがそんな事を口にする。
ー
空条承太郎は現代を代表する著名な仮名作家であった。数々の賞を受賞し、40歳という若さで書壇の常任理事を勤め、日本でも両手で数えられるトップ10に入るような作家である。
190を超える身長と筋肉質な身体を持つ見た目の反面、彼の書く作品はどこか儚く美しい細字作品が多い。
個人で教室を持っており、何人か弟子もいる。今日はその稽古の日だった。
「先生、本日もありがとうございました。」
「貴重な体験でした。」
各々がそんな事を口にして出て行く、その中の1人で私に話しかける人物がいた。
「先生、今日もありがとうございました。とても為になりました。」
その声の主は花京院典明という男だ。20代後半とまだまだ若いが期待の新株だ。
「あぁ。」
「ではこれにて。」
「待ちな。……最近中々良い作品を手に入れたんだ。作品数が少ないと言われていた作家の貴重な遺作だ。見ていかないか。」
と帰ろうとする彼を引き留める。
「……しかし、まだ先生はこれから御予定があるのでは。」
「構わん。君が興味があるなら来たまえ。」
(またそんな事を言って、この人は僕を誘惑する)
「折角の先生のお誘いを断るわけがありません。是非お邪魔させてください。」
こんな事は建前である。それは勿論、作品を鑑賞するという目的もある。だがしかし、本日の命題はその先だ。
なぜなら僕らは「許されない」関係にある恋人だからだ。
空条承太郎の手が背中に触れ、腰を伝い腹まで到達する。その指先の流れから彼の使う手の動きというものを実感する。
そうか、こんな手触りで触れるからあんなに色気のある線が出せるのだと、愛しく美しい彼の描く線が自分の中に取り込まれていく感覚がある。
しかし、彼には妻子がいる。家庭がある。唯一1人の人間への愛が作品を完成させるとも言われる中で、自分がその弊害になっているという事に罪悪感と自分に対し憤慨する気持ち、そして彼を独り占めできる満足感、そんな感情が沸き起こり、不甲斐ない自分に少し泣きそうになった。
次第に身体が熱くなり朦朧としてくる意識の中、うすら輝くエメラルドの瞳を見て花京院はそんな事を思った。
息を荒くし、罪悪、尊敬、愛慕、心酔を込めた薄紫色の瞳が私を見つめてくる。
花京院と居ると居心地が良かった。好印象を持つ礼儀の良さ、紙と向き合った時に急変するその真剣な瞳、動かす筆の線には私が居るようで目で追うだけで愛おしく感じ惹かれていった。
そんな想いが募り、私は彼に告白をした。
彼は最初は私と己との立場もあったのだろう、否定したが押し通せば困った表情を見せながら快く快諾してくれた。
恋人関係になり、彼と身体を重ねる程その快感を実感した。
立場と建前上、見合いもし家庭を持った。妻や子供を愛してはいるが熱烈な恋愛を経験した訳では無い。真の芸術家とやらからは逸れようとも、
今目の前にいる花京院典明を愛す。
普段とは違うふとした瞬間で魅せる柔らかい表情で笑いかけ、自分に応えてくれる。
承太郎にとってそれは何かを捨ててでも手に入れたかった幸福だった。
ふと目が覚める。あの後眠ってしまったようだ。隣を見ると承太郎が居ない事に気付く。居間から光が漏れているのを発見し、布団から身体を起こしそこへ向かう。
凛として静かな夜の空気はどこか不安になる。先程見た夢の影響もあるのだろうか。
部屋に向かうにつれ、ほのかに漂ってきた墨の香りに彼の存在を感じ、安堵する。
「起きたのか、身体は大丈夫か。」
「はい。問題ありません。今は作品を書かれていたのですか?」
「あぁ。」
「何か依頼された作品ですか?近い公募展は無かったような…」
床には書き損じの紙が大量に散らばっている。そこに書かれている言葉をふと口にする。
「奥山の 菅の根しのぎ 降る雪の 消ぬとか言はむ恋のしげきに」
古今和歌集の詩だ。
「さっき、ふとした夢を見たんだ。何かを目指し私は砂漠を旅をしていた。
何人か仲間も隣居たが顔はよく分からなかった。しかしどこか懐かしく、悲しいようなそんな夢だった。
その時にちょうどこの詩を思い出して作品にしようかとな。特に何に出す訳でもない。」
「懐かしく、…悲しい…」
そんな事を呟くのが精一杯だった。なぜなら花京院も同じような内容の夢を見ていたからだ。
誰かは分からないが仲間と共に砂漠を旅をしていた。唯一違う点で言えば誰かとの闘いの中自分が腹に穴を開け死んだ事だ。
内容が似すぎている。だがこの事を口にしたら何かが終わってしまうような気がして、そっと口をつぐんだ。
「この作品は君に贈ろう」
「えっ?!いや先生の作品を無償で頂くなんてそんな…しかも未発表の作品で…」
「君の為に選んだ詩で、君の為に書いたものだ。私はこれを贈りたい言っているんだが?貰ってくれないのか?」
ーあぁ、またずるい言い方だ。
「…ありがとうございます。……大切にします…」
強く儚く生きる線を見て彼を感じる。それに加えてこの作品にはどこか懐かしいような、温かみや想いがとても感じられる。僕はこの作品を両手で覆い胸の中に仕舞った。
ー
それから何十年も彼との関係は続き、時は経ち彼は雲の上へ飛んでいってしまった。
有名な先生でありながらも作品数が多い訳でもなく、その私生活も謎が多かった為、没後多くの研究者が彼についての研究を始めていた。
僕、花京院典明と空条承太郎が不倫関係にあった事は他の誰も知らない。僕らだけの秘密だ。永遠に明かされる事は無いだろう。
私は彼に師事しながら多くの事を学び、彼の技術を自分の腕で受け継ぐ事の出来た自信もある。師匠超え、それが目標であったが、生きている間に彼を超えるような作品は書けない気がするな、と壁に掛けられた一つの作品を見てため息をつく。そういえばあの時、僕は夢の事を一つも語っていないのに何故「君の為に選び、君の為に書いたー」と言ったのだろうか。
まぁ、居ない今聞くことも出来ないが。
しかし一つの点において、僕は彼を超えられる。
真の芸術家は1人の人間しか愛さないからね。