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    あったかマレロロ

    #マレロロ
    #ロロ・フランム
    rolloFlamm.
    #マレウス・ドラコニア
    malleusDraconia

    眠れぬ君へ花の香りを「フランム」
     微かな物音に混じり、自分を呼ぶ声がした。私は手にしていた本から顔を上げ、声の方へ振り向く。
    「起こしたかね」
     少し眠そうな目を瞬きさせ、その男はツノをゆっくり前へ傾けた。起きたのならそのまま自分の学園へ帰れと言いたいところなのだが、夜もだいぶ更けた。どんなに小さな物音も、誰かの眠りを妨げてしまいそうでどうにもはばかれる。
    「眠れないのか」
    「明日までに目を通しておきたい資料があってね」
    「ほう、その手に持つ本を?見たところ、古い小説のようだが」
     ベッドから抜け出した彼は、私の後ろに立って手元を覗き込んだ。私はため息をつきながら、隠すように本を一度閉じる。
    「今に始まったことじゃない。字を見ていれば、そのうち嫌でも眠くなるのだ。卿は先に休んでいたまえ」

     しかし、彼は首を縦には降らず、追い払う私の手を取って顔を近づける。
     そして耳元に口を寄せ、囁いた。
    「眠れぬというのなら———フランム、僕といけない事をしようか」


     と、いう事で現在、二人で火にかけられた鍋を見つめている。
    「寒いだろう。あちらで待っていてもいいんだぞ」
    「断る。卿に任せていたら鍋を爆発させそうで不安極まりない」
    「失礼な。鍋を爆発させるなど……ほんの二度ほどしかないのに」
     心底、一人で任せなくて良かったと思う。こいつは何ゆえ自信満々に胸を張っているのだ。

     鍋に入っているのはミルクである。
     弱火にかけられた鍋はくつくつと音を立てて、静かな部屋に満ちていく。
    「何故これが『いけない事』と?」
    「実はヒトの子に教わったんだ。星のよく見える日に、ちょうど寮の近くを通りかかって。眠れない夜には誰にも秘密で、これを飲むのが一番だと」
    「あぁ、なるほど」

     そういう事か、と少し熱くなった頬を手で隠す。……いけない事、などと紛らわしい言い方をしおって。
    「どうした、フランム。そんなに顔を赤くして」
    「別に。赤くなどしていない」
    「ふふ……学園の生徒会長ともあろうお前が、僕の言葉に何を考えてしまったのだろうな?」
     からかうような言い方に、恥ずかしさと怒りで耳まで沸騰する。おかげで振り下ろした拳はぶるぶる震え、上手く力が入らなかった。その様を見て、彼がまた笑う。鍋は相変わらず、小さく音を立てている。
     声をひそめて、その中をゆっくり温めていく。

    「もう頃合いだろう、火を止めたまえ」
    「そうだな」
     つまみを捻ると、小気味良い音と共に火が消えた。戸棚からマグカップを二つ出して行儀よく並べてやる。ふんわりと湯気を纏ったミルクが丁寧に注がれ、その表面が淡く光を放っていた。
    「そうだ。フランム、この部屋に蜂蜜はあるか?」
    「蜂蜜?」
    「あぁ、よく合うらしい」
     記憶をたどり、少し前に空けた瓶の存在を思い出す。下の戸棚を開けると、丸い形をしたそれがすました顔で鎮座していた。

    「良い香りだな」
    「花の街で採れたものだからな。一般的な物より華やかな香りなのだよ」
     スプーンからこぼれる蜜が、黄金のように輝く。そのままマグカップを混ぜれば、からんと金属のぶつかる音が響いた。

    「さぁ、召し上がれ。熱いから、よく冷ますと良い」
     手渡されたカップから、甘い香りが漂う。何度か息を吹きかけて、そっとその淵に口を付けた。

     まろやかな甘みが、口いっぱいに広がった。
    「はぁ……」
     存分に味わって飲み込めば、胸が、それから腹がじんわりと温められる。思わずほうと息を吐けば、花の香りが身体を包んで、そのうち手足の指先も内側から熱くなってくる。
     小声で話す鍋。相槌を打つ小さな火。すっかり温まったミルクに、黄金色の蜂蜜。
     全てが自分を包んで、深いところに溶けていく。

    「何だか、贅沢だな」
     ぽつりと呟くと、彼は一瞬きょとんと目を瞬きさせた後に微笑んだ。
    「ささやかな贅沢が、お前にはもっと必要だと僕は思う」
     ぼんやりした頭に響いたその声に、私はまた、ほっとした心地で頷いた。

     マグカップがほとんど空になった頃には、私の瞼は空けていられないほどに重くなっていた。
    「もう大丈夫そうだな」
     ひとりでに浮かんだカップを見送り、ベッドに潜り込む。

    「おやすみ、フランム。良い夢を」
     大きな手が私の頭を撫でる。低く穏やかな声が、私を夢の中へと手を引いていくようだった。
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