冬見の夏を 政略結婚。
今どきの時代、そんな言葉など古臭いと人は言う。けれど、個性婚こそそんな“古臭い“言葉と同義の、何の価値も、感情もない――。
「――季節が、」
巡る頃にはきっと第一子が産声をあげるだろう。そういう契約と約束の元、誰かに『売られた』と後ろ指さされながら私はここにいる。
他者になんと言われようとも、この道は私が選んで決めた。だってこの人は、縁談を持ち掛けていながら私に選択を与えたのだから。
「……過ぎるな」
「そう、ですね」
何を話していいものか。不器用なこの人は、籍を入れても未だにこんな様子。世間じゃ実力を露わにする威厳たっぷりのヒーローでも、家の中ではこんなにも狼狽える。
努力家で、家庭を顧みないのかと思えばそうでも無い。何だかんだ、帰路の途中で土産を用意してくれるのだから。
優しいひとだと、最近知った。
「……冬は、好きか」
言い淀んだと思えばこんな言葉。パチクリと、目を瞬かせてどうした事かと言い淀む。
けれど、答えは決まっていた。
「いいえ」
「……そう、か」
「はい」
冬は、きらい。“個性“のこともあって余計に寒くなってしまうから。
身を縮こませるのは好きではないから、しゃんと立つようにしているけれど。肌寒い日も、凍えそうな日も、思い浮かべるのは燃え上がる灼熱の日々。
「私は」
そんな日々の真ん中に陽炎もかくやと言わんばかりに立つのは、独りぼっちの寂しい背中。
大きくて、手が届かないくらい広くて遠いのに、まだ更にその先へ行こうとする。
そんな姿に、遠い逸話を思い出して重ねてしまった。
「夏が、好きです」
「夏」
「はい。夏です」
だからこそつい、言葉に漏れた。けれど止めるつもりもなく言い切る。意外とばかりに復唱された。
「暑くて、イヤになってしまうこともあるけれど」
燃え盛る太陽に焼かれて、蝋も氷も溶けてしまう。けれど、そんな中でも更に燃え続ける背中を、ひとりにしたくはなかったから。
「でも、傍で……冷やしてあげられるなら」
窓の外に向けていた視線を、遂に上げた。綺麗な空の色。夏の、透き通った綺麗な貴い夏空。
引き込まれてしまいそうで、瞳なんていつも見れたものじゃなかった。
「私は、夏が好きです」
あなたのようだから、なんて。そんな言葉言えないけれど。
恥ずかしいことを思ってしまった。少しだけいたたまれなくなって、視線を逸らす。少しして、僅かに言い淀んだ声が聞こえた。
「……これまで、夏は大嫌いだった」
暑さはこの人の大敵だものね、と解釈する。“個性“で上がった熱が冷めるには時間を要する。だから、私が。
「だが……お前の言葉に、悪くないと、……思った」
「………そう、ですか」
「俺は」
続ける言葉が息を飲む。緊張、しているように感じた。
「冬は……好きだ」
「冬」
「俺にはないものであって……欲したといっても過言ではなかった。だが……お前の、言葉を聞いて、もうひとつ、試したいことが……出来た」
不思議に思って顔を上げる。たどたどしく不自然に切れる言葉に言い淀んでいるのは感じたけれど。
見上げた先には、視線を逸らす横顔。恥ずかしげに、なんだか、顔も、赤く。
珍しいものを見られたという気持ちが沸いたと思えば、大きな手のひらが背中に添えられた。
そこからじんわりと熱が染み込む。温かい。優しい、ぬくもり。
「……あたたかい」
「………寒、ければ。……お前を暖めてやることも、出来るか」
「……ええ。とても、暖かいわ」
「そうか」
そういえば、初めてこの人と過ごした冬もこうやって温めてもらった。
あの時は、“個性“を使っていなくても暑苦しいひとなのかと思っていたがどうにも違って。
あんな時から、この人は他者に心を配れるひとで。
自然と、口角が上がった。
「……冬も、好きになれそう」
「俺も、夏を嫌う理由が減った」
「冬の景色も、もっと美しく見えるかしら」
「……休暇が取れれば、良い温泉宿を用意しよう」
「素敵ね」
静かに、ただ、この膨らみのような幸せを包んで。
寄り添うにはきっとまだ、時間がかかるかもしれないけれど。
あなたと私が好きな季節を、いつか産まれる子どもたちにも知ってほしい。
確かにあった、鳳仙花のような幸せを。
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「暖かい……」
「寒ぃからな。これなら芯から温まるだろ」
洗濯物を畳んで、片付ける為に移動していた廊下。末子の部屋の前で聞こえてきた幸せそうな声たちに、ふと視線をやった。
細く細く、閉めそびれた襖の隙間。ふわふわな緑色の彼と、我が家のヒーローが寄り添っている。
あれほどまで嫌悪していた左側……左手を彼の背に当て、くっつく頭同士。懐かしいものを、思い出した。
「轟くんは、本当に優しいね」
「……んな事言うのは緑谷だけだよ」
「ふふ。そっかぁ」
蕩けるようなふたりの声に、こちらもなんだか幸せな気持ちになってしまった。思い返されるのは、あの日の膨らみのような優しい空間。
やっぱりあの子は、あの人の子ね。
気付かれないように足音を殺して、そそくさと通り過ぎる。
冬美と夏雄にも教えて上げようかしら。いや、やっぱりだめね。二人だけの秘密なら、まだ。
「また、季節が巡るわね」
鮮やかで穏やかな季節よ、いってらっしゃい。