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    wamanaua

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    wamanaua

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    グエスレ。バレンタインの話。

    チョコレートシロップづけ 言わずもがなハッピーバレンタインであった。
     スレッタ・マーキュリーはバレンタインというものに異様な憧れがあった。もちろん彼女はあの水星で漫画とアニメを親に育ったので、学園の楽しそうなこと全般に憧れがあるのだが、その中でもバレンタインは相当ビッグであった。あとクリスマス。ところでこの学園では信仰は自由だそうだが、煙突がないのでサンタは来れない。ついでにサンタには宇宙を飛ぶトナカイもない。
     バレンタインといえばチョコレートを配る日である。そう思っていたので、彼女は地球寮の皆に相談した。とりあえずリリッケに。すると彼女は困った顔で答えた。
     なんとこの学園にはバレンタイン禁止条例があるのだという。
    「何でですか!?」
    「前は、バレンタインのチョコだか告白だかをめぐって、2月になると決闘祭になっていたそうです。それがあまりにもヒートアップして、学業や命に関わる事態にまでなったそうで」
    「学園側はバカやってんじゃねぇと全面禁止にしたそうだ。まぁ隠れてやってる者もいるのだろうが」
     答えを引き継いだアリヤがうんうん、と頷きながらいった。
    「地球寮では表立って何かをすることはないが、朝食にチョコレートパンケーキを出すことは可能だ」
    「えーんでもアリヤさん! わ、私はみんなにチョコを配るとかもらうとか……!」
    「気持ちだけありがたく受け取っておこう」
    「そんなー!」
    「がっかりでしたね〜スレッタ先輩……」
     そんなこんなでスレッタ・マーキュリーのバレンタイン大作戦は計画すらされずにおわた。地球寮のみんな、ミオリネさんとかエランさんとかにチョコレートを贈りたかったのに。仕方ないから感謝だけ伝えようかな、あと朝はパンケーキを焼くのを手伝おう……。
     彼女はそんな風にトボトボと日常に戻った。そういえば今日は難しい単元だったな、と気分をさらに落ち込ませて。

     一方その頃、ジェターク寮はにわかに活気だっていた。バレンタインを復活させるべきだ、と。
     それも全て彼らが愛するグエル・ジェタークのためである。
     彼があのムカつく田舎のクソ狸に懸想しているのは皆が承知しているところだった。しかしあの狸は人の気持ちを解さないため、どんだけ側から見りゃあわかりやすくても「あの人わけワカンナイデス」で終わってしまうのである。グエルの方もプライド高めコミュ力低めの男なので、何も進展しないのである。
     それをバレンタインデーが一気に解決してくれる! グエルが薔薇の100本や200本を贈り地球寮を芳香で埋めて、とてもじゃないが居住環境じゃなくなって逃げてきた狸を捕獲、グエルの部屋にぶち込んであとはじっくり鍋で煮ればいい。もしくは狸に適当言って、どうにかこうにかグエルに贈り物をさせ、いい感じの雰囲気が漂う中を捕獲とか……。
     ジェターク寮の生徒は彼のことが大好きで、彼のためになりたかった。それはきっと、彼女との仲をとり持つことなのだ。いてもたってもいられなくなった彼ら(の一部過激でうるせい奴ら)は、3つのチームに分かれてそれぞれ頑張ることにした。
     とりあえずバレンタインプランを幾つか抱えたAチームが、副寮長へ相談にいった。
     そして怒鳴られた。
    「バレンタインは禁止されている! にいさんだってそれは分かっている、変なことに巻き込むな! そして、あんなクソ獣ド腐れ水星女に何かをしてやる必要があるのか!? あると思うなら今から会社に連絡して貴様を放逐させてやってもいいんだぞ!?」
     もう最悪である。パワハラもいいところ。しかし副寮長に相談したのが悪いとも言える。彼はにいさんをめちゃくちゃにした水星女が大嫌いなのだ。あんな女皮剥いで捌いて灰で煮て川に流してやりたいのだ。副寮長に相談しに行ったAチームはこの後地獄のマークを受けることになる。つまりそれ以外のチームはフリーである。やったね。
     Bチームは愛する寮長、グエル・ジェタークに聞きに言った。バレンタインは何をするつもりなのかと。そしてあしらわれた。
    「バレンタイン禁止条例に逆らった者が毎年どんな罰則を受けているのか、知っているのか? ……自分たちは今生二度とバレンタインに関わらず、チョコレートと花を見ず、異性に靡かず、勉学と武道と経営とモビルスーツと付き合っていきますと宣言させられ、だだっ広い廊下の掃除、教員のパシリ、会社への報告……。いいか、この俺に二度と言わせるな。バレンタインなどな、学園にいる限り関係のないものなんだよ」
     そんなぁと不平をいう前にBチームは目の前から追い出されてしまった。
     しかし彼らは勝手に理解していた。きっと水星女と何か思い出を作りたいに違いない。絶対そう。間違いない。
     はるか遠い過去の西暦2000年代では、そもそもこの時期、卒業年度である3年生は学校に来ていない場合が多い。自宅で次の進路……それは進学であったり、就職であったり、または別のこと……に向けての準備をする期間のためである。なのでこうしてバレンタインにもしかしたら学校で何か貰えるかも!? と思えることこそが奇跡なのだ。
     彼に奇跡を起こしたい! だってグエル・ジェタークのことが大好きだから!
     しかしBチームはそう思うばっかりで何かができるわけでもなかった。あとのことは神に祈ったあと、全てCチームに託した。
     しかしそのCチームは考え込み、困り果てていた。彼らはどちらかというと穏健派である。学校の条例に逆らってまで何かをすべきだろうか? 当人のグエル・ジェタークが何もするなというのならば、そのままであるべきなのでは? そもそも、水星女の意見ってのはどこに行くのだ? 
     うんうん唸るなか、一人の学生が、これならば、と案を出した。そして試す価値はあるだろうとなった。
     その勢いでスレッタ・マーキュリーに話をしにいった。
    「バレンタインに興味ない?」
     怪しい勧誘のようだった。しかし、彼女はバレンタインに興味があった。
    「あります! とっても! でも禁止されているんじゃないんですか?」
    「そう、バレンタインの日付近で何かをあげ渡しするのさえ危ない。しかしせっかくの学園生活、一度ぐらいバレンタインをねぇ」
    「そう! そうなんです! 私、あこがれているんです! バレンタインに!」
     目を輝かせる彼女に、Cチームの代表はひとまず安堵した。あとはうまいこと話をもっていかせられるかどうかである。
    「そう……いやね、そうじゃないかと思ってたんだよ。噂でさ、なんかそういう、やりたいことリストを作ってるって聞いて、協力したくて」
    「あ、ありがとうございます……! で、でもどうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」
    「いや……吸いたくてね、青春という香りを……」
    「青春というかほり……!」
     全部嘘である。いや、青春の香りは少し吸いたい。幸せなタイプに偏ったものをグエル・ジェタークから。
    「あのバレンタイン禁止条例、ちょっとした抜け道があるんだ」
    「抜け道?」
    「お弁当だよ。みんなご飯は食べなきゃいけないだろ? おやつだってさ。毎日特に考えなく、チョコレートだって食べる。それをバレンタインの日だけ特別に禁止なんて、できないんだよ、いくらなんでも。だから、お弁当を作りすぎてしまったので……とわければ、ね?」
    「そっか、お弁当だと言い張って、チョコレートを渡せば……!」
    「無理くり言えば大丈夫なのさ。無理くり言えばね」
    「そっか! そうかぁ! じゃあ、朝ごはんのチョコレートパンケーキも、代替案じゃあなくて、バレンタインなんだ、秘密の!」
    「よく知らんけど、そうだよ。特別なバレンタインだ」
    「やったあ! うれしい! 教えてくれてありがとうございます! それじゃあ」
    「それを我が寮長にやってほしい」
    「え?」
    「それを我が寮長、グエル・ジェタークにもやってあげてほしいんだよ、スレッタ・マーキュリー」
    「……え」
     な、なんで。明らかに困惑する彼女を見て、Cチームの代表といえども心苦しくなった。彼女、ほんとに寮長のこと、どうでもいいんだろうな……。こんなことやらせちゃって申し訳ないかもな……。
    「あの、聞きたいんだけど、うちの寮長のことどう思ってる?」
    「よ、よくわかんないです。怖かったり、暴れたり、怒鳴ったり、勝手に戦ったり、変です」
    「ごめんね……」
    「でも最近は、その、怒鳴らないので、大丈夫です! でも意味わかんないです。なんかこっち見る目が、へ、変です。あんまり会いたくないです」
    「ごめん……」
     寮長にもごめん……。
     なんだか、このまま霧散させても、いいんじゃないかなぁと、この音声を忍びながらちょっと離れたところで聞いているCチーム面々は思ってしまった。脈がないんじゃないかなぁ。もう無理じゃないかなぁ。怖いらしいしさ……。
     だが、代表は違った。なぜ代表に選ばれたかというとそれだけ責任感が強く、また寮長への思いも強かったからだ。ここ最近ちょっと落ち込み気味の彼に、なんとか素敵な思い出を作ってから卒業させてあげたい……。正直この時期になるとミオリネは誕生日を迎えていて、スレッタとの結婚の準備に入ってるんじゃないかとか、そういったメタネタはどうでもいいのだ。多分ミオリネは3月31日が誕生日だ。いやそんなことはいいのだ。ともかくグエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリーをなんとかしたい。できなくってもいいから何かしたい。
    「実はここ最近元気がないんだ、寮長。ご飯も全然喉を通らないんだ。悩んでいるらしくて」
    「そ、そうなんですか。昨日も食堂で見かけたような気がするんですが、カレー食べてたような」
    「それ影武者なんだよね。それでね、そんな寮長もきっと……何か驚くようなことがあったら……好物を差し入れてもらったら……嬉しくってパクパク食べちゃうと思うんだよ」
    「好物……カレーですか? 一昨日も凄い辛そうな緑のを食べてましたよね」
    「それも影武者なんだよね。そう、チョコレート、チョコレートなんだよ。チョコレートパンケーキが大好物なんだ」
    「そうなんですか!? じゃあそれを焼いてあげてくださ」
    「君に差し入れてもらえないかなぁ!? お弁当としてさぁ!?」
     ええー!? そりゃ水星女も驚く。しかし押し切るしかなかった。最初から無理な話をしているのだから。
    「どうして私が!? 絶対嫌がられます! 田舎者のどんくさが焼いたパンケーキなんて食べないですよ!」
    「田舎者のどんくさが焼いたこげこげでも生なまでもパンケーキが好きなんだよ! お願いします! 寮長を助けてください! このままだと栄養失調で死んでしまう!」
    「病院に行かれては!?」
    「治らないんだよ! 病院では!」
     なんせ恋の病だもの。
     あーだーこーだそーだと言って、そして彼女に様々なお礼をすることを約束し、なんとかパンケーキをお弁当として差し入れてもらえるようにした。代表も、後に「あのとき自分が何を喋っていたのかとか覚えてないんだよね」と語った。神がかっていたとしか思えない。
     ともかくガッツポーズ。このことは全ての協力メンバーに即座に伝わった。こうなったらもう、やるしかない。綿密に計画を立てて、水星女がグエル・ジェタークに弁当を渡しやすい環境を作らなければ。
     計画を話し合い、試し、そしてあっという間に当日。

     グエル・ジェタークは朝からついていない、と感じていた。今日はバレンタインデーである。この学園にはバレンタイン禁止条例があるが、それでも食事内容は制限されていない。毎年この日には朝食、夕食にささやかなチョコレート菓子が出るのだ。それを楽しみにしていたのだが。
    「なんで、こうも、忙しいんだ、俺は」
     今朝はやけに寮生から呼ばれる。先輩これなんですか、これ教えてください、これどうなんでしょう、あっ副寮長もこれよろしくお願いします〜副寮長〜副寮長今日は逃しませんよ〜。
     おかげで朝食を食いはぐれた。取り巻きのペトラとフェルシーも異様にそわそわして、近くにいたりいなかったり。こんな日もあると授業をうけてようやく昼になり、食堂に向かおうとしたのだが、そこでも寮生からの相談が道を遮った。どれも妙に緊急性が高く、見過ごせないものであった。グエル・ジェタークはちょっとばかし人に優しい。おかげで今日も割りを食っている。
     学園には食堂が複数存在するのだが、いつもメインで利用しているところは、入れた時にはもう席が無かった。いつもなら譲ってくれるような寮生が一斉に目を逸らす。こんな日もある。こんな日もあるが、ちょっと寂しい気持ちにもなる。そんな時にやけに元気に話しかける寮生がいた。室内の隅を指さして元気に小声、どうかしている笑顔。
    「寮長! あの席あいてます! あそこ!」
     確かにぽっかりとあいている席があった。あそこは半個室のようになっていて、二人がけのテーブルがあるのみ。もう一方の椅子に誰か座っている……かは分からないが、しかしいつもなら人気のスペースのはずだった。もう一度寮生の顔を見る。妙な笑顔。
    「あんな狭苦しいところに?」
    「ええ! どうぞ! いってらっしゃい!」
    「……何か企んでるのか?」
    「まさか! 俺たちのグエルくんに何を企むっていうんです」
     怪しすぎた。しかし腹も減りすぎていた。気力不足で押し切られ、連行され、席に座った前にいるのは、この髪色豊かな学園においても赤すぎる女。いつだって、今日だっておどおどとしていて、俺の前で笑わない女。
     スレッタ・マーキュリー……何故、いや。思わずグエル・ジェタークは頭を抱え込んだ。
    「あのっこっこんにちは!」
    「……あいつら、はかったな……」
    「は、はかりませんよ。はからなかったです、体重は」
     返事もせず席を立とうとして気がついた。入り口付近のテーブルは全部寮生が抑えている。こちらを見ないように、しかし何かがあったときに即対応できるように、腰を浮かせている。
     嫌がらせか? 彼にはこんなことをされる覚えなど……おそらくなかった。多分。ないと思う。なんかやっただろうか。その時言えよ。
     朝からこれを計画されていたのか? それとももっと前からか? 彼はもんもんと考え込んでしまい、スレッタ・マーキュリーの唐突な動きに対応できなかった。
     目の前に、突如現れた、箱。アルミニウムの緩やかなカーブ。
    「あの! 最近! ごはん! 食べてないって!」
    「は?」
    「みんな! 心配! してて! か、影武者まで立ててるって!」
    「影武者?」
    「だから、あの! これ! 食べやすい奴! です!」
    「なに?」
    「パンケーキ! ……あっ!」
     今日、あれなので、秘密にしててくださいね! チョコレートだってこと!
     小声で耳にそう囁かれるので、彼は飛び上がって天井を突き破らないように身体を押さえるので必死だった。
     チョコレート? このアスティカシアで? 俺に?
     スレッタ・マーキュリーから?
    「……あ」
    「あ?」
    「あり、がとう」
    「えへへ! どういたしまして!」
     早速食べましょう! 最近食べてないんならお腹減ってますよね。大丈夫しっかり味見しました! チュチュ先輩でも美味しいって言ってたので絶対大丈夫です!
     少し離れたとても近くで、寮生達がガッツポーズを決めたり紙吹雪を床に散らしたりしているのが見え隠れする。奴らが余計な気回しをしたのは分かった。分かったので、もう、有り難く気持ちを頂くことにした。
     寮生達からの学園生活全て分のバレンタインプレゼント、それがスレッタ・マーキュリーとのこの時間なのだ。
     弁当箱が開かれると、ちょっと薄っぺたいパンケーキが重なり合っているのが見えた。普段ならけして食べないものだ。ここ最近辛いものばかり選んで食べていたし。しかしだからなんだというのか。これはあの魔女がくれたバレンタインのチョコレートだぞ!
    「自分で食べれます? あ、あ、あーんとか」
    「してくれるのか」
    「しません!」
     慌てる彼女に、彼は笑った。笑うしかなった。笑いしか出ないから。
    「だよな。いい。そんなことされたら午後の実習で事故る」
    「そっそれは……失礼じゃないですか!?」
    「何を言われたと思っているのか知らんが、俺はお前からそんなことをされたら絶対に駄目になる」
    「元気にするためにあげるのに」
    「だから、これでいい」
     有り難う、スレッタ・マーキュリー。
     グエル・ジェタークは早いところ食べることに決めた。いつ何時この場所に弟があらわれるか分からない。ミオリネ・レンブランに邪魔されるかもしれない。野次馬にこれをスクープされ、罰を受けるのは……多分避けられないだろうが、それでもよかった。
     なんかもう、全部良くなった。これが青春におけるバレンタインのチョコレートである。俺は今日まで体調が悪くて全然ものを食べられなかったんだ。それを突然好きな女がパンケーキを差し入れてくれたんだ! そんなことがこの人生にも起こるんだ! この俺にも!
    「スレッタ・マーキュリー、礼は何がいい」
    「え? それは寮のあ! いや、えーっと……そんな、い、いらな」
    「ホワイトデーのお返しだ、何がいい」
    「えええ? ……でもその頃って、もう卒業してるんじゃ」
    「会いに来る」
    「ええ」
    「会いに来る、絶対に。だから、考えていてくれ。何がいいのか」
     グエル・ジェタークはもう味なんてものが分からないほど、すべてが煌めいて見えていて、というか泣いてるんじゃないか俺は? 視界がブヨブヨだぞ? と、めちゃくちゃになりながらパンケーキを貪った。
     そんな様子を見て、スレッタ・マーキュリーはこのお昼時間になってから、はじめて笑った。
     慌てたり笑ったり食べたり、あっ今噎せた。きっとこれがバレンタインなんだなぁ。
     なんだかこんなパンケーキより、もうちょっとしっかりしたチョコレートを渡してみたかった。そんなことまで思った。
     自分もまたお昼時間で、食事をとるべきである。それも忘れて、グエル・ジェタークがパンケーキを食べきるまで見続けていた。
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    wamanaua

    DOODLEオルグエ。
    お題「記憶喪失になった恋人に、何も伝えず関係をリセットするべきか悩む話」
    バチクソ人間不信でラウぴとかにすこぶる冷たく当たるグエぴがいます。
    花霞 あなたはいったい誰なのですか? と真顔で聞かれるのはさすがにこたえる。
     オルコットが負傷した。パーティー中、整備不良か恨みか何か、天井から照明が落ちてきて、それから俺を庇ったせいだった。普段ならケガをしようがピンシャンしている男だったが、あたりどころが悪かったらしい。俺に覆い被さって動かなくなったオルコットの背をさすりながら、彼の死んだ息子や妻に祈っていた。どうか彼を救ってください。そして彼を連れて行かないでください、と。
     幸い命は助かった。ただ記憶が無事ではなかった。病院で目を覚ました彼を見て思わず流れた涙は、俺のことなんぞちっとも覚えていません、という態度にすぐ引っ込んでしまった。
     まるでフィクションのような記憶喪失だ。自分のことは覚えていない。過去もよく分からない。ただ身に染み付いた動作がある。フォークは持てる。トイレには行ける。モビルスーツは知らない。ガンドは知らない。ジェタークも知らない。俺のことなんかさっぱり。地球も、テロも、亡くした家族のことも……。
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