取り立てずとも「あー……上手くいかん」
この日、南方は慣れないお菓子作りを行っていた。
作っているのはべっこう飴。砂糖と水だけで作れるのであれば自分でも何とかなるだろうと作り始めたはいいが、加熱が足りず砂糖のざらざらとした食感がのこってしまっていたり、逆に加熱しすぎて焦がしてしまったりとなかなか思い通りの出来にならない。小学生でも出来ると書かれたレシピを恨めしそうに見つめる。
何故こんなことになっているのかというと話は一ヶ月前まで遡る。バレンタインだとかいってホットチョコレートを作って渡してきた恋人に三倍返しのリクエストはあるかと聞いたのだ。
そしたら、当の恋人である門倉は「ワシは手作りしたけぇ当然南方も手作りのを返してくれるんよね?」なんて言ってきた。
手作りかと思わず遠い目をしそうになるも、可愛い恋人にねだられれば普段は料理なんてしない南方とて作らないわけがない。そうした結果、こうして一人台所で苦戦する羽目になっているのだが。
三度目の正直と焦げた砂糖を洗い流し、鍋へ砂糖と水を入れ加熱する。流石に二度も失敗すれば火加減、時間共になんとなくわかるようになってきた。黄金色に色付いてきたところで慌てて火を止め大きくかき回し、予め用意しておいた型に木べらを使って流し入れる。今度はなんとか上手くいったようだ。
飴が固まる前にと種無しの干し梅を型の中へ沈める。梅の酸っぱさがあれば甘いものをさほど食べない門倉とて食べやすいだろう。
そうして室温で冷め固まった飴に、これまた慣れないラッピングを施すと立会いに出掛けた門倉が帰ってくるのを待つのだった。
◇◆◇
門倉が家に帰ったのは日も落ちてだいぶ経った頃であった。玄関を開け「ただいま」と声をかければすぐに「おかえり」と返ってくる。部屋に漂うどこか甘い香りにいつぞやとは逆だななんて思いながら靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
「今日、ホワイトデーじゃろ」
「おん」
「じゃけぇ作った」
南方から手渡されたのは梅が入ったべっこう色の綺麗な飴。ホワイトデーにその菓子が持つ意味を分かっての選択であろう。可愛らしく包まれたそれは、南方が自分で包んだのかと思うと思わず門倉の口角が上がる。
「あと飴だけじゃ三倍に足らんけぇこれも」
そう言ってオマケとばかりに出てきたものは米焼酎の小さめのボトル。南方が贔屓にしている酒造のもので価格も飴の材料費とあわせてちょうどホットチョコレートの三倍程度。足りない分は身体でなんて言っていた割にはあまりにも律儀で門倉はつい首を傾げる。
「ちょうどやけどええの?」
「何が」
「足りん分は身体でって言うとったやつ」
一体何を聞かれてるのか分からないといった様子の南方に門倉が答えてやれば、そういえばそう言ってたなんて笑う。
「別にそがいに取り立てんでも門倉は抱かれてくれるやろ?」
続けられた言葉に門倉はつい目を逸らした。この男は一見健気なようで傲慢なのだ。そういう所が割と好ましいのだが。なんて考えながらも答えあぐねた門倉は目を逸らしたついでに話題も逸らすべく、貰った飴を南方に見せ尋ねる。
「なぁ……これ食べてええ?」
「ええよ」
すぐに返ってきた南方の答えを聞くと門倉はラッピングを解いて飴を一つ口の中へほうり込んだ。優しい甘さが口の中へと広がる。
「この酒も甘いもんに合うけぇどうぞ」
ころころと口の中で飴を転がしていると南方は用意していたらしいグラスを差し出してきた。そう言うのならと門倉はグラスを受け取り、早速貰った焼酎を注ぎ口をつける。すっきりとした飲み口は確かに砂糖の甘さとも相性が良い。
「うまい」
「そうじゃろ」
得意げに笑う南方を他所に門倉はがりりと奥歯で飴を砕いた。今度は中から顔を出した梅の香りと酸味が口に広がる。梅といえば嘘を喰らう白い者を連想させるが、これからはこの甘い記憶が浮かぶのも悪くない。
「南方」
「ん?」
「ワシも好きやぞ」
突然の門倉の告白に南方は驚いたのか僅かに目を見開いた。だけどすぐに菓子の選択の意図を汲んでのことだと気付いたのか嬉しそうに顔を綻ばせる。
「門倉がいっとう好きじゃ」
なんて言いながら南方が抱きしめてきたものだから、門倉は戯れるように唇を重ねた。それはそれは甘い口付けだった。