「魔法舎の幽霊」 それは夜も更けた頃、廊下の先に現れた。虚ろな目に生気のない顔つき、色彩が乏しいそれは、やはり幽霊と呼ばれる類のものなのだろう。
「……入る?」
自室の扉を開けて、晶は母を招き入れようとした。ほとんど反射的に出た言葉で後先をきちんと考えた行動ではない。今にして思えば軽率であった。
母の幽霊はこちらを見ない。俯いてつま先をじっと見つめ、やがて背後の壁に溶けるようにして消えてしまった。
***
翌朝、晶は食堂でスノウとホワイトに昨晩の出来事を話した。話を聞いた彼らは互いを見合わせ、悲しげに目を伏せる。
「言い難いのじゃが、それはそなたの母君ではないじゃろう。魔法舎の結界を運良く掻い潜った精霊の悪戯じゃ」
晶は驚かなかった。既にこの世界でホワイトという幽霊と出会ってはいたが、母はこの世界の人物ではないし、存在するわけがないのだと、よくわかっていた。だから落胆は全くなく、むしろその精霊に興味を持った。
「なぜ精霊はそんなことをしたんでしょうか?」
「わからぬ。じゃが、嫌な気配はない。むしろ祝福すらされておる。晶よ、今のそなたはちょっとした無双モードじゃ。今日からしばらく運が良い出来事が続くかもしれぬ」
「その精霊はかなり力が弱っていると見える。我らもこの魔法舎のどこかにいることは察知できるが、如何せん弱過ぎて正確な位置を捉えようとすると、周りの魔法使いの力に隠れ、わからなくなってしまうほどじゃ。まあ、案ずることはない。じきに理の中に還る」
「母の姿をした精霊はしばらくしたら消えてしまうんですか……?」
「そなたが見るのも辛いというのなら、我らこの手でそのときが来るのを早めてしまっても構わぬ」
「……いえ、大丈夫です」
(つづく! かも!)