黒猫の眼 ヒミツ、編 ボクはクロネ。大帝国劇場に住み着いている黒猫だ。
中庭には犬がいることが多いから、ボクは専ら屋根の上での生活だ。
ここでの生活は面白くて、ボクはとても気に入っているよ。
月が綺麗な夜だった。ボクは天から優しい光を与えてくれる満月を見上げ、うん、と伸びをする……と、気配。
こんな遅い時間に出入りするなんて、心当たりはひとりしかいない。すなわち、白スーツの男、加山だ。
裏口に滑り込むように姿を消したその影を見やり、ふと思う。
(加山って、何者なんだ……?)
改めて思うと、ボクは加山のことだけはさっぱり分からない。劇場に出入りするニンゲンは、花組の女優たちに雑用をする大神、事務の三人娘に支配人と副支配人、あとは舞台の裏方たち。たくさんのヒトがいるが、加山だけは何をしているのかさっぱり分からない。
(大神と仲良さそうだけど……どんな関係なんだ?)
無性に気になってきた。そこでボクはひとりで加山の身辺調査をすることにしたのだった。
……とは言っても、ボクができるのは劇場の出入りを確認したり話を盗みぎくことくらいだ。
ボクは昼も夜も周囲の気配に集中し、高い場所から加山の姿を探す。
——こうして分かったことは、加山の出入りする時間に規則性は一切なく、日によっては一日に何度も出入りしているということだった。
(……ますます変な奴だ)
夜になると加山はしばしば大神の部屋を訪れる。窓のそばで耳をぴんと立てて話を聞くが、他愛のない話ばかりで収穫はない。
こうして、何も分からないままに時間だけが過ぎてゆく……
月の姿が見えない夜。辺りは暗く、窓から漏れる僅かな光だけが頼りになるこの日、ボクは屋根の上で丸まりながらも周囲の音を聞き逃さんと集中していた。
……と、
「やあ」
突然すぐ近く……というよりも真上から声が降り注ぎ、
「にゃっ……!?」
思わずボクは飛び上がる。すぐさま見上げた先にあった顔は暗くてはっきりとは分からないが、先程の声、聞き覚えがあった。
(加山!?)
そう、ボクが探りを入れていたニンゲンが、目の前に現れた。
慌てふためくボクを軽々と抱き上げ、まじまじと見てくる。暗闇の中できらりと光る眼が、少し、怖い。
「お前、俺のことが好きなんだな?」
「にゃ!?」
にやりと笑う加山に、ボクはじたばたすることしかできない。
「最近いつも、俺のこと見ていたよな」
(ち、違うよっ!)
ボクはお前の正体を調べていただけで……と言ってもニンゲンにボクたちの言葉は通じない。このままでは何をされるか分からない、ボクの背に冷たいものがはしる。
だが、
「好意は大変嬉しいが……俺には大神がいるんでな」
(……え?)
続く加山の言葉に、ボクは目を丸くする。その間にボクを屋根の上に下ろすと、加山はそのまま窓から大神の部屋に飛び込んでいった。
ひとり残されるボクは……
(加山と大神は、そいうい関係なの!?)
衝撃を受けていた。確かにとても仲が良いとは思っていたけれど、まさかそこまでの仲だったとは、ボクも見抜けなかった。
結局加山のことはよく分からないままだけれど、凄いヒミツを知ってしまった事実に、ボクは少々戸惑っている。
暫く考え、
(まあ、ふたりがいいなら、それでいいのか)
そう思うことにしてその場で丸くなる。見張りのために最近しっかりと眠っていなかった。すぐさま眠気が迫ってくる。
(ニンゲンのヒミツは深堀しちゃダメだっていうし)
微睡ながらそれだけ思うと、気づかぬうちにボクは深い眠りに潜り込んで行ったのだった。
「にゃー……ん」