学ぶにあたって 私の本丸で、堀川国広は初期の初期からいた刀だった。顕現した順番としては三番目。そんなこともあり、苦労したときも、楽しかったときも、長くを共にした刀だ。
だからだろうか。彼は私の機微には聡かった。
「主さん。何かありましたか?」
「んー?……いや、最近物騒だからさぁ。せっかくここには戦の先生が多いんだし、刀とかの扱い方を習ってみるのも良いかなぁ……なんて思ったりしてた」
特に悩んでいる様子も見せなかったはず。よく聞く、『女性の一人歩きが……』だとか『不審者が……』だとか。それに加え、最近では『審神者を狙う輩が出た』という噂も飛び交っていた。
――物騒だなぁ……。自衛の為に何かした方が良いのかな?
そんな、軽い感覚で。それくらいの考え事だったのに、こうして気付いてくれるのは堀川だからだろう。
「なるほど……。確かに、自衛は良いかもしれませんね。主さんは女性ですし、身を守る術を持つのは大事だと思います」
「やっぱりそうだよね。うーん……やってみようかな」
「良いと思います!始めましょう、主さん」
少し考えた後、満面の笑みで肯定を返してくれる彼に安心する。ちょっとした考えだとしても、“是”と言ってもらえるだけで、背を押してもらえる気がしたのだから。
それに今、幸いなことに話を進められそうなのだ。思い立ったが吉日。どうせなら、このまま決めてしまっても良いかもしれない。さて、誰に頼んだものか――。
「女の人が使うなら、短刀の方が使いやすいのかな……。でも薙刀のイメージもあるんだよなぁ……」
「うーん……。折角ですし、兄弟に頼んでみるのはどうですか?初期刀で主さんも言いやすいでしょうし、兄弟も喜ぶと思います」
「そっか!まんばちゃん……うん、良いかも」
“まんばちゃん”こと山姥切国広なら、私のこともよくわかってくれているだろう。教え方の得意不得意はあるかもしれないけれど、私自身を理解してくれている刀の方が、私の限界をわかっているかもしれない。
「あ、僕もお手伝いしますね!」
「本当?助かるよ」
「任せてください!兄弟と一緒に主さんを強くしますから」
「ん?……うん、よろしく」
引っ掛かった言葉に疑問を持つ。私を強くしてくれるらしい国広兄弟。
――最初の目的は、自衛だったと思うんだけど……。
そう思いながらもひとまず返事をすれば、堀川の瞳が爛々と輝いているように感じた。
「いいですか、主さん。まず、体力や筋力を上げなければ、刀を振り回すことは難しいと思います」
「うん。刀って結構重いんだよね、確か」
「はい。なので、筋肉にまつわることや体力作りなど、身体を鍛えるのは山伏の兄弟が見てくれます」
初め、堀川から独自のトレーニングメニューを言い渡されるのだと思った。自分一人でも出来るようなものを。堀川から目的を告げられた点では、考えていたことがあながち間違いではなかったことがわかった。けれど疑問が一つ。いつ山伏に許可を取ったのか。『自衛出来るようになりたい』と話をしたのは、今この場のはずなのに。
「……え?山伏、手伝ってくれるの……?」
「はい。『拙僧も手を貸そう』と言っていましたから」
「待って。いつ?それいつ言ってくれたの?」
「それから、刀の握り方や扱い方は山姥切の兄弟が」
「無視だ」
ツッコもうとしても、こうなった堀川は話が返ってこないことが多い――気がする。いや、もしかしたらいつ決まったのかはわからないけれど、先に決定事項を言いたいだけなのかもしれない。
――少し大人しく聞いていよう。
居住まいを正して、堀川を見る。続きをしっかりと聞けるように。
「そして、刀の扱いがある程度出来るようになったら、僕が闇討ちや暗殺のやり方を教えますね!」
「待ってすっごく良い笑顔で言ってくれたけど待って⁉」
“大人しく聞く”と決意した意思は、一瞬で打ち砕かれた。考えてもみてほしい。今、すごい言葉が聞こえた気がした。
――闇討ちと暗殺のやり方が教えてもらえる?……いやいや、そんなことあるわけない。
頭を左右に振って、考えを振り払う。そうだ、一般の審神者にそんなことが――。
「大丈夫です。足音を立てずに歩く方法や、気配を消す方法、一発で急所をつく方法までしっかり教えますから!」
「それ、いち審神者がやることじゃないんじゃ……」
「いいえ、主さん。何かあってからでは遅いんです。殺られる前に殺るのが、一番良いんですよ」
「…………あぁ、うん。そうだね」
背筋が凍りそうな、冷ややかな微笑みでそう言われてしまえば、私は肯定を伝えるしかなく。『過剰防衛なのでは』と思うところはあるけれど、『確かにそうだ』とも思ってしまった時点で、きっと私は堀川に考えが近いのかもしれない。頭を過る様々な思いはあれど、今は一旦考えるのを放棄した。
ひとまず言えるのは、これが私と堀川の関係です。
“うちの堀川と私”
どうやら私は、暗殺が出来るようになるまで強くなるらしい。