きみを攫うは夏の青「ロナルド!!そっちに行ったぞ!!」
背後から響くショットの声に、おう!!と。任されたと応えるべく、後ろも見ずにただそれだけを告げた。
蠅叩きを片手に、するするとまるで蛇のように。器用に石段を駆け上がっていく下等吸血鬼を追いかけながら、昏闇が深くなる石段を踏み込んだ。
歴史を刻んだ古びた石段。乱暴に駆け上がる度に、からん、と石が鳴った。
古くからこの地にある常夜神社。普段であれば丁寧に踏み締める石段も、緊急事態とあってはその配慮も難しい。
目の前の下等吸血鬼を逃せば、市民に害が及ぶかもしれない。
一刻も早く退治しなければ、と。
目の前にぶら下げられた大義名分を言い訳に、多少の無礼は目を瞑って貰いたい。
神様の住む社。それを目の前に一体何の許しを乞うというのだろう。
脱線しかける思考を振り払って、目の前を擦り抜ける下等吸血鬼へと蠅叩きを容赦無く振るった。
パァンっと石段へと振り下ろされる蝿叩きは、確かな手応えをその手に伝えた。
ざらりと石段に舞い散る灰が、下等吸血鬼の絶命を告げる。
それに、は、と。無意識に詰めていた息を一つ、吐き出した。
夜なのにじとりと肌を蝕む空気の暑さに、ぽたりと汗が滴り落ちる。
日中の暑さは連日のように、猛暑、猛暑と騒ぎ立てられる程で、夜ですら熱中症に注意しなければならない。
肩に掛けただけの赤い上着すらも、最近では暑くて仕方がないが、退治人ロナルドとしてのシンボル故に、脱ぐという選択肢は考えていなかった。
けれども、昨今の夏の暑さは尋常ではない。近々、メギドと相談して衣装の新調が必要かもしれないな、とは思っていた。
顎から滴り落ちる汗を手の甲で拭いながら、ふと視線を街の方へと向ければ、石段の下にそこに住む人達の営みの灯りが見えた。
街中にあるとはいえ、人通りの少ない神社。夜ともなれば昏がりが満ちる。
祭りでもあるならば、辺りには提灯がぶら下がり、此処は大層明るくはなるが。
そうでもない限り、人々の営みを守る為、夜に明かりは灯さない。
夏の半ば頃にはきっと此処は、人々で賑わうだろうが、それはまだもう少し先の事だ。
さて、良い加減。夕涼みに呆けている場合ではない。
まだ通りの下の方では、他の退治人達が下等吸血鬼の駆除に奔走している事だろう。
自分も戻って、それに加わらなければ、と。
石段を降りようとした所で、不意に。視界の端をにょろりと何かが擦り抜けた。
「――、まだいたのか!?」
まさか、まだ潜んでいる奴がいたのか、と。思わず小さな舌打ちを零しながら、引き返しかけた踵を戻して、再び石段を駆け上がった。
境内の昏がりに紛れ込まれたら、人間の目では追うのは厄介だ。
如何に夜目の効く退治人とはいえ、流石にそれは厳しい。
思わずちりりと灼く焦燥に、ぶんっと振るう腕に力を込めて、石段を一気に駆け上がった。
けれども。
――りん、りりん、と。
境内に一歩足を踏み入れた瞬間、耳元で聞こえた甲高い硝子の音に、思わずその蒼天の瞳を瞬いた。
「……、……あ、れ?」
じりじりと焼け付く様な太陽と抜ける様な真っ青な青空。
ミーンミンと木陰のあちこちから響く蝉の声が、其処彼処から木霊する。
容赦の無い夏の日差しを受けて、熱を照り返す石畳が、むわりとした熱気を伝えて、肌が炙られる様だ。
闇に慣れていた瞳に、真昼の太陽は眩し過ぎた。つきん、と目の奥が痛みを訴えるのを思わず顔を顰めて、光に慣れるまでの一瞬のそれに耐えた。
さぁと少しばかりの風が吹き抜ける度に、りん、りりん、りりりん、と。
境内の中に吊るされた無数の風鈴達が、涼の音を奏でている。
右へ、左へ。小さな色硝子の器に吊り下げられた短冊達が、ひらひらと。風が吹く度に揺れて、澄んだ音を響かせる。
燦々と降り注ぐ太陽の光を反射して、赤青黄色に緑に紫に、色取り取りな色硝子達を煌めかせていた。
それが夏特有の真っ青な青に良く映える、と。
じりりと灼く熱で僅かに呆けた頭が、そんな事を考えた。
自分はさっきまで、一体何をしていたんだったか。
何かを追いかけて、此処まで来たのではなかったか。
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴の音に。
ミーンミンと鳴く蝉しぐれに。
思考が阻害されるような、そんな感覚を覚えた。
「……そ、うだ……下等吸血鬼……」
そう、そうだ。自分は取り逃した下等吸血鬼を追いかけてきたのだ。
……しかし、何故、こんな真っ昼間に?
下等吸血鬼は夜の生き物。太陽の下でなど活動しない。
ましてや、こんな真夏の太陽など、奴等にとって弱点以外の何者でも無いというのに。
何でそんなものを、今此処で追いかけているのか。
真昼に退治人服で、しかも片手には蝿叩きを持って。
……可笑しいのは、自分の方では無いだろうか。
思わず、握り締めていた蝿叩きを見下ろして。
どうして、此処にいるのか、自分の所在すらも、焼け付く太陽の暑さに見失う。
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴の音が、焼け付く太陽が。
ミーンミンと。
鳴く蝉しぐれに、顎を伝い落ちる汗が。
夏特有の真っ青な青空に、全てが呑み込まれていく気がした。
「……もし、そこの方」
りん、と響く風鈴の音。その無数の音をすり抜けて、不意に女性の声が耳に届いた。
それに思わずハッとして、そちらへと視線を向ければ、白いワンピースを纏った麦わら帽子の女性が立っていた。
その姿は異様に白くて、真夏の陽射しにその白はよく映えた。
「……え、あ……すみません、何でしょうか?」
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴の音で、思わず呆けていたのだと、今更ながらに自覚する。
けれど、同時に疑問が蛇の様に首をもたげる。
さっきまで、そこに“居た”だろうか、と。
突然、ふっと湧いて出た様な……そんな違和感を覚えながらも。けれども、自分がただこの暑さで呆けていただけなのかもしれない、と。
そう自分に言い聞かせ、ふと浮かんだ疑問をふるりと小さく頭を振って、追い払った。
短い時間だったとはいえ、棒立ちのまま立っていた自分は邪魔だったろうか、と。
見知らぬ女性に対し、いつもの善性が思わず前面に出て、ロナルドは不意に謝ってしまった。
その言葉に女性は僅かに小首を傾げ、ふわりと笑った。
よく見れば、その女性はベビーカーを押していた。
強い日差しから我が子を守るよう、シェードを下ろしたその中で、小さな赤子の手足だけがちらりと見えた。
「いえ、ご気分が優れなさそうでしたのでお声を掛けました。……大丈夫ですか?」
もし、体調が優れないなら日陰にお入りなっては、と。
続ける女性の言葉に、自分はそんなにも青白い顔でもしていたのだろうか、と。
心配される事に慣れていないそのむず痒さに、慌てたようにひらりと両の手を振った。
「い、いえ……すみません。大丈夫です!ご心配をお掛けしました」
見ず知らずの女性に心配を掛けまいと、ロナルドは慌てたようにへらりと笑う。
それに女性は、そうですか、と小さく頷いた。
「……え、と……俺なんかより、貴女の方が大丈夫ですか?お子さんも随分小さいようですし……こんなに陽が強くては、外での散歩も大変でしょう」
真夏の太陽は、容赦なく境内を照らしている。連日のように猛暑と騒ぐ昨今では外での散歩など自殺行為にも等しい。
赤子にとっても散歩は大事だろうが、何もこんな日差しの強い日でなくとも、と。
ちらりと心配するようにベビーカーを見下ろしても、中の赤子はぴくりとも動かない。
それに、どこかざわりとするような不安を覚えた。
「……あぁ、私は大丈夫ですよ。この子も、ぐずりもせずにとても良い子なんです」
女性はふわりと優しそうに笑うと、そっとベビーカーのシェードを少しずらして、中の赤子を見せる。
薄い夏掛けの中で、赤子がもぞりと動く。顔はよく見えないが、小さな手の平を此方へと伸ばしてくるので、ロナルドは思わずそっと人差し指を差し出した。
小さな、本当に小さな紅葉のようなふくふくとした手が、差し出された人差し指をきゅっと掴む。
その力は思ったよりも強く、ロナルドはその微笑ましさに思わず瞳を綻ばせた。
「――ちゃんと、生まれていれば……貴方のように立派な大人になったでしょうに」
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴の音に紛れるように、ふっと零された女性の言葉に、え、と。
思わず、何かの聞き間違いなのかと、顔を上げようとした所で、さぁっと突然強い風が駆け抜けた。
りん、りりん、りりりんと。
けたたましく鳴り響く風鈴が、まるで耳鳴りのよう。
吹き抜ける突然の強い風に揺られて、沢山の短冊達が狂った様に踊り狂っている。
夏の陽射しに灼かれながら、滴り落ちるその汗は、ひやりと冷たく背筋を伝う。
ふわりと揺れた夏掛けが、隠していた赤子をその陽の元へと晒す。
その小さな顔には、あるべき筈のものが、一つもなくて。
小さく真っ平らな肌色しか見えなかった。
「――――――ッ!!!!」
瞬間、背筋を走り抜けた危機感が警鐘を鳴らす。
赤子が掴んでいる指を咄嗟に引こうと反射的に腕を振り払おうとしたが、それよりも早く、ぎゅうっとその小さな手が指を締め付けて、振り払う事が出来ない。
これは、赤子では無い“ナニカ”だ、と。
そこにあるべき、眼も鼻も口も眉すらも無く、のっぺりとした肌色だけがそこにあった。
けれども、確実に此方を“観て”いる。
針の様に突き刺さる程の視線に晒されて、危険を訴える肌が総毛立つようだ。
到底赤ん坊の力とは思えない力で握り締めてくるそれに、ロナルドは思わず瞳を剥いた。
「――――、なに、何でっ……!!」
離せ、と。何で、と。
頭が混乱の渦に叩き落とされる。
思わずパニックになりかけながら、ひゅ、と緊張で狭まる気道に、微かに喉が鳴る。
この目の前のモノが一体何なのか分からず、けれども、姿形は赤子のそれをしているものに対して、拳を振り下ろす事は選択肢の範疇に入ってはいなかった。
必死に指を引こうと、もう片方の手で掴まれた手を引こうと握り締めるが、どういった訳かびくともしない。
普段、散々同居人からゴリラだと馬鹿にされている自分が、赤子の力に負ける筈が無いというのに。
訳がわからないその状況に、ただ混乱だけが渦を巻いて広がっていく。
――怖い、何これ、どうしたら良いの。
下等吸血鬼相手ならば、どんな対応をすれば良いのか、骨の髄まで染み込んでいるというのに。
目の前の存在に対して、どう行動すれば良いのかが、全く分からない。
心底怯えた瞳を赤子に向けた退治人に、赤子は顔なき顔で、ただにたりと笑ったように見えた。
「――ひ、!?」
しゅるり、と。何かが赤子の身体から抜け出して、掴まれた指を伝って、あっと思う間もなくロナルドに巻き付いた。
ざらりと鱗で覆われた細長い何かに、瞬間的に首元に巻き付かれた。
咄嗟にもう片方の手でそれを掴んだが、ひやりと冷たいソレは、するりと指を擦り抜け、捉える事が出来なかった。
ざりりと軟い首筋を滑る冷たいそれは、鱗に覆われた白い蛇だ。
これは、先程境内に入る前に見たにょろりとしたナニカ、だ。
瞬間的に思い出される記憶に、背筋が思わず凍り付く。
必死に蛇を捕まえようと足掻くけれど、しゅるりと首元に巻き付くそれは、次第にその力を強めていく。
此方を窒息させる程の強さではまだないが、じわじわと締めてくるそれに、僅かに息が詰まる。
真綿でじわりと獲物を痛ぶるように……恐怖に固まるロナルドを弄んで、蛇はその顔をロナルドに近付け、その頰を赤い舌でペロリと舐めた。
ぺちゃりとするその感触に、ひ、と。
僅かに締められる喉から、引き攣れたような悲鳴が上がった。
「……ねぇ、退治人さん?私の赤ん坊。可愛いでしょう?」
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴は、優しい声で怯える退治人に声を掛けた。
そっと耳元に唇を寄せ、くすりと笑う女性の声に、蛇に巻き付かれたまま、何を言っているのか、と。怯えた瞳を震わせた。
「この子もね、生まれたかったと思うの。……だからね。貴方の魂を頂戴?……貴方の魂は、とっても綺麗。真夏の澄み切った青空のよう。……きっと、とても良い子に生まれると思うわ」
――だから、貴方の魂を頂戴、と。
りん、りりん、りりりんと。
鳴り響く風鈴が。
ミーンミンと。
木霊する蝉しぐれが。
まるで耳鳴りのよう。
じわり、じわりと締め付けてくる冷たい蛇の肌が、首の柔らかな場所を這い回ってくる。
くすくすと、耳元で笑う女性の声が、ただ無邪気に笑う。
「――――ッ、が、ぁ……」
途端に、ぎゅうっと締め付けてくる蛇の力に、喉元が締め付けられる。
必死に蛇を引き剥がそうと踠くが、片手ではどうやっても引き剥がせない。
ギリギリと歯を食いしばって、首に巻きつく蛇に抗うが、人ならざる其れに敵う筈も無く。
かは、と切れる息に、はくりと口を動かすけれど、酸素を取り込む事は出来なかった。
ヤバい、このままじゃ、堕ちる――
じりじりと視界の端が黄色に染まっていく。
りん、りりん、りりりんと。
風にそよぐ風鈴の色硝子が、真夏の青空に反射して、きらきら光っている。
ゆらゆらと揺れる短冊達が澄んだ音を奏で、夏を唄っている。
じりりと灼く太陽は、けれども、哀れな退治人を助けはしなかった。
「――人のものに手を出そうとは、これはまた、無粋な輩だね」
りん、りりん、りりりんと。
響く風鈴の音を掻き消して、良く見知った声が、聴こえた気がした。
途端に、ぱんっと。一度だけ響いた拍手の音に、何かが弾けるように、蛇の動きが止まった気がした。
かはり、と。首を締め付ける力が弱まった事で、解放された喉が、失った酸素を取り戻すようにはくりと動いた。
何が起こっているのか、分からないまま、見上げた真夏の青空の中に、一つの黒い影を見た。
じりじりと灼けつくような太陽と、雲一つない真っ青な夏空の中で、黒いマントを纏った青白い顔の同居人が、其処にいた。
あれ、なんで?……だって、太陽が、まだ……
真夏の日差しはただ、燦々と。
青空を背に立つドラルクの姿を見上げながら、ロナルドの意識は、そこでぷつりと切れた。
「……ド、くん……ロナルド君!!」
覚醒は、突然訪れる。
じとりと肌を汗が伝う。夜だというのに、むわりとした熱気をはらむ空気は、冷め切らぬまま。
夏の陽射しの名残を残しながら、陽炎のようにゆらりと揺れた。
よく聞き慣れた同居人の声がすぐ真上から降ってくる。
じとりと汗ばむ首元に、ヒヤリとした何かが宛てがわれている。
背中に感じるじゃりりとする石の感覚に、あれ?――と。
どういう状況か分からず、数度ぼやりとする瞳を瞬けば、此方を見下ろす顔色の悪い同居人の顔が見えた。
「おー、ようやく起きたか。ジョン、ロナルド君が起きたよ」
「ヌヌヌヌヌン!ヌヌッヌヌー!」
ぱちり、ぱちりと。状況が分からず、目の前で何処か安堵したような顔で見下ろしてくるドラルクとジョンの様子に。
ロナルドはのろのろと横たわっていた身体を起き上げた。
髪から背中から、ぱらぱらと砂粒が零れ落ちていく。
くらりとする目眩を覚えながら、ふるりと頭を振れば、再び首元にヒヤリとする何かを押し当てられた。
「……きみ、退治中に熱中症で倒れたんだよ。神社の方に行ったきみが帰ってこないってショッさん達が言うから見にきたら、境内の中で倒れてるんだもの。びっくりしちゃったよ」
いつもステンレスボトルで冷やしている氷嚢をロナルドの首筋に押し当てて、ドラルクは僅かに肩を竦めてみせた。
……あぁ、そういえば。下等吸血鬼を追って神社の石段を駆け上がっていたんだっけ、と。
何処かぼやけてはいるが、此処に至るまでの記憶を思い出した。それで下等吸血鬼を倒して、その後は……
……あれ?――と。
そこから不意に、記憶が途切れている。
ぷつりと、まるで頁が切り取られたかのように。何も思い出せない空白に、胸の何処かがもやりとした。
熱中症で倒れたというドラルクの言葉を疑う訳ではないが、本当にそうだったろうか、と。
ふと胸を過ぎる疑問に、僅かに小首を傾げた。
何か、忘れている?
脳裏に過ぎる真夏の青空と、りん、と澄んだ音を鳴らす風鈴の音。
そして、その青を背に立つ黒い……?
駄目だ。そこより先は、まるで霧でも掴むかのように消えてしまった。
手放してしまった何かをもう一度手繰るように。
思い出そうとするけれども、くらりとする頭では、それ以上を辿る事が出来なかった。
「ほらほら、余計な事考えてないで、帰るぞ若造。下にタクシーを呼んだからな。熱中症で倒れたんだ。今日の仕事はもうお終い。マスター達からも直帰しろとのお達しだよ」
――立てる?と。
膝に付いた砂埃を払いながら、立ち上がったドラルクが白い汚れのない白い手袋で手を差し出してくる。
それを見上げながら、手放してしまった何かを思い出す事を断念した。
「ヌヌヌヌヌン、ヌイヌヌヌヌ?」
「えー、ジョン、心配してくれるの?ありがとーなー♪」
「全く、手の掛かる五歳児だこと。きみ、帰ったらまず真っ先に風呂だからな。砂まみれゴリラなんだからな」
ドラルクの手を取って、じゃりりと石畳を踏み鳴らし、いつもの様に帰路に着く。
一言多いドラルクを砂にしながら、心配してくれるジョンに、デレっと笑うロナルドは、先程あった事など、もう覚えてはいなかった。
理不尽に砂にされた姿をなすなすと文句を零しながら戻し。先を歩くロナルドの背を見送りながら、ドラルクはちらりと境内の昏がりへとその赤い瞳を向ける。
光も指さない社のその片隅に、幾つもの細かく引き千切られた白い蛇の亡骸が転がっていた。
それは夜の闇に紛れ、朝には他の生き物達によって跡形も無く消えていくだろう。
勝手に人のものに手を出そうとした不遜な輩には丁度良い末路だ。
あの真昼の青空は、私だけのものだ。誰にも掠め取らせてなるものか、と。
ゆらりと燻る仄暗い執着をその赤い瞳の中に宿し、ドラルクは瞳を細めた。
「おい、何してんだよ、クソ雑魚砂おじさん。お前が直帰だって言ったんだろ!」
中々着いてこないドラルクの様子に、石段の前までジョンと先に行ったロナルドが振り返る。
その瞳に揺れる真昼の青は、未だ綺麗なまま。
何も知らない昼の子は、ただ真っ直ぐに同居人へとその瞳を向けた。
そんなロナルドへといつもの様に、享楽主義者の顔を貼り付けたドラルクは、へらりと笑った。
「待ってよー、ロナルド君。私、きみを迎えにここに登ってきて疲れてるんだよ。そんなに急いだら死んじゃうよー」
「あぁ?こんな短い階段で!?どんだけ雑魚なの!!死んだら置いて先にタクシーで帰るからな!!」
「私が呼んだタクシーなのに!?」
仄暗く揺らめく執着は、享楽の仮面に隠して。
シンヨコの竜は今日も、隣を歩く真昼の青空を見上げては、その赤い瞳を眩しそうに細める。
いつか、いつか。
その青を我が手に捕まえるまで。
真夏の青空になどくれてやるものか、と。
りん、と響く風鈴の音に、ちらりと睨みを利かせながら。
ドラルクは何事も無かったフリをして、先に行ったロナルドの後を追うのだった。