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    mochikinakoro

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    mochikinakoro

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    帰終さんのムービーを見て、三パターンくらい考えて書きました。
    一個目は鍾離不在
    二個目は一番鍾ウェン
    三個目は鍾ウェン味は薄いけど、個人的にはお気に入り

    辞世の言葉〜帰終さんの言葉を魈君が聞いてたver〜

    「あなたが魈君ね」
    帝君に助けられ、名を与えられてからしばらくのこと。帝君の下に馳せ参じれば、朗らかな声に名を呼ばれた。
    「貴方は」
    「はじめまして。私は帰終。よろしくね」
    差し出された手は温かくて、その温度を忘れることは今後無いのだと思う。


    「魈君、久しぶり」
    帰終様にお会いするのは、帝君にお呼びだてされた時か、留雲借風真君に呼ばれた時が多かった。彼女は留雲借風真君とは友人のような間柄らしく、よく我には理解し得ないカラクリで競っては、帝君の頭を悩ませているようだった。
    「お久しぶりです、帰終様」
    「そんなに畏まらなくて良いのよ。私は貴方の主ではないのだから」
    手招きをしながら笑う彼女は、いつでも楽しそうだった。表情がコロコロと変わる彼女はいつでも皆の中心にいて、彼女の朗らかさは周りを笑顔にしていたのだと思う。
    「今日はどうしたの?」
    「留雲借風真君に遣いに走らされました」
    「そうだったのね、お疲れ様。留雲は丁度お茶を入れに行ってしまったのよ。一緒に待ちましょう」
    ろくに話したことのない彼女と二人きりなのはどうにも据わりが悪い。何を話せば良いのか分からず黙っていると、彼女は我の手を取った。
    「いつもありがとう。私たちがこうして穏やかに暮らせるのは、あなたたち夜叉のおかげだと理解しているわ」
    「我はそのようなことを言われても良い身ではありませぬ。我は……、我は多くの夢を奪ってきたのですから……」
    そうだ。自身にはこの優しさを受け取る権利など無い。自身は恨まれるべきなのだから。
    「ふふ。でも、私が感謝するのは、私の自由でしょう?」
    彼女は嫌な顔一つせず、我の手を両手で握り込む。
    「受け取る受け取らないはあなたの自由よ。だから、私も勝手に言うわね。いつもありがとう。私の大切な民を守ってくれて。ーーの支えになってくれて。これからも、彼を支えてあげてね」
    はい、なんて言えるはずがなかった。我なんかよりも、帰終様の方がよほど帝君の支えになっているのだから。
    「我が貴方をお守りします。ですので、帰終様こそ、帝君のおそばにいらしてください。きっと、それが一番、帝君の支えになるはずです」
    そう告げた時の彼女の笑みは、本当に美しかったのに。


    「帰終様!」
    「しょ、くん」
    息も絶え絶えな帰終様はそれでも我の顔を見るといつものように微笑んだ。
    「人という存在は、塵のようにちっぽけで軟弱。ちっぽけだから、いつ自分達が天災や事故で死ぬのか、いつも怯えている。怯えているから、もっと賢くなろうと、いつも努力している。私には分かるの」
    何の、何の話だろう。段々と帰終様の体は塵の塊と化していく。
    「だから、彼の、ーーの力には遠く及ばないけど、私達は技術と知恵を使えばいいと思ったの。同時に彼の力と私の頭脳があれば……、この街は素晴らしい場所になるはずだった」
    彼女はするりと我の頬を撫でてから、ふわりと微笑んだ。
    「ーーに伝えて。やっぱり、あなたとは共に歩めそうにないわ。錠前の事は……」
    帰終様は言葉を切り、そして。
    初めて見るような、寂しそうな顔で笑った。
    「錠前のことは、忘れて、と」
    そう言うと、彼女は完全に塵の塊と化し、動くことも言葉を発することも無い。
    「帰終、様……。帰終様、帰終様!!」
    我がどれだけ叫ぼうと、彼女は微動だにしない。
    「金鵬大将! 残滓を抑え込む、手伝ってくれ!」
    浮舎の声が響き、我は槍を握った。
    他の夜叉たちと残滓を抑え込んでいると、帝君と留雲借風真君が到着した。二人は動かぬ帰終様を見て、絶望に瞳を染めた。
    「帰終……」
    帝君は塊と化した帰終様の体に触れる。すると、それは簡単に崩れ落ち、風に運ばれていってしまった。
    「帰終……!」
    あの時の帝君の慟哭は、帰終様の手の温かさと同様、永遠に我の記憶から消え去ることは無いのであろう。

    帰終様の最期のお言葉を我は帝君に一字一句違えることなくお伝えした。お伝えするべきか否か、我には判断が付かなかったが、帰終様が伝えてほしいと願ったから伝えた。帝君は、伝えてくれてありがとうと我に微笑んだが、その瞳の奥の、殺戮の色は魔神戦争が終わるまで消えることは無かった。


    「ふーん。それで、君はボクにそれを伝えて何を望んでいるの?」
    暇だから何か思い出話でもしろと言ってきたのは彼なのに、中々に酷い言い様だと思う。
    「ウェンティが言ったのだろう。何か思い出話でもしろと」
    「それはそうだけど、そんな話が出てくるとは思わないでしょ?」
    確かに、我は何故、この話を彼にしたのだろう。する必要も無かっただろうに。
    「塵の魔神、ハーゲントゥスか……。民や仙人に慕われる、優しき賢き魔神だったと聞いているよ」
    「ああ。彼女は本当に民を正しく愛していた。それこそ、ウェンティのように」
    口にしてからハッとした。そうか、この話をしたのは、彼を見ていたら思い出したからか。
    「彼女はお前と似ていた。誰にでも等しく向けられる笑みも、忙しなく変わる表情も、皆の中心で周りを明るくする性格も」
    「そっか」
    そうやって、必要以上の言葉を言わないところも。
    帝君はこの隣国の風神を嫌っていたと思う。何故嫌いだったのかなんて我には分からない。ただ、帰終様に似ているからなのか、性格が合わないのか、もっと違う理由があるのか。
    にも拘らず、この風神はあっという間に帝君の心に入り込んでいた。いつの間にか、帝君の彼に向ける瞳の色も変わっていた。
    ただ、帰終様に向ける瞳と同じではない。帝君の瞳にあるのは、帰終様に向けていた色と酷似しているのに、何かが違う。
    『バルバトス……?』
    500年前の災厄を機に風神は姿を現さなくなった。帝君が民や仙人に風神のことを尋ねていたのは知っている。そして、何の情報も得られぬ度に、瞳から色を消すのも。
    『俺は、神座を降りようと思う』
    帝君がおっしゃられた時、我はそれが彼の意志ならばと頷いた。
    『不躾ながら、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか』
    すると、彼は笑ったのだ。散り際の帰終様と同じような表情で。彼が何と言ったのか、不敬ながらはっきりとは覚えていない。ただ、あの表情には似合わない、帝君らしいお言葉だったのは事実だ。
    『お前も、自由になると良い』
    自由とは何だろうか。隣国の、もう会いに来なくなった風神の謳う、自由とは何だろうか。
    我には分からない。こうして、実は生きていた風神と話をしている今も、自由が何かを我は知らない。
    だが、知らなくて良いのだと思う。
    「君は、本当に思慮深いね」
    穏やかに笑う風神は、表情だけで周りの空気を変えてしまう。
    「ありがとう、話してくれて」
    彼は静かに我のそばに寄ると、そっと背に手を回してきた。
    「君だけは、彼のそばにいてあげて」
    彼女と同じことを言わないでほしい。お願いだから、いなくならないでほしい。
    手放すことに慣れた振りをしていらっしゃる帝君に、本当に手放すことをさせないでほしい。
    「ウェンティが、そばにいてくれれば良いだろう」
    震える声で願えば、彼はふふっと笑う。
    「約束はできない。だって、神でさえ死ぬ世界だからね」

    ああ、どうか。
    これ以上、帝君が手放すことがありませんように。
    それが、我と、きっと帰終様の願いなのだから。



    〜鍾離がギリギリ間に合ってたver〜

    「これが盟約の印であり、私からあなたへの挑戦状でもある。私の全ての知恵を、この石錠に閉じ込めた。もし、これを解く事が出来るのなら」
    俺は結局、その言葉の続きも、お前が何を思っていたのかも、何も知ることが出来ない。

    初めて出会ったお前は、酷く真面目くさった表情をしていた。今考えると、あれは俺と対等に渡り合うために作った表情だったのかもしれない。
    「人という存在は、塵のようにちっぽけで軟弱。ちっぽけだから、いつ自分達が天災や事故で死ぬのか、いつも怯えている。怯えているから、もっと賢くなろうと、いつも努力している。私には分かる」
    帰終と盟約を交わした後、二人で作った帰離は随分と穏やかな国になった。そんな場所で、民を見ながら彼女は囁く。
    「だから、ーーの力には遠く及ばないけど、私達は技術と知恵を使えばいいと思ったの。同時にーーの力と私の頭脳があれば……、この街は素晴らしい場所になるはずよ」
    普段は笑顔を絶やさないお前の、ふとした時の、未来を見据えるような瞳が好きだった。その瞳の真髄を見たいと、いつでも思っていたんだ。
    「此処がもっと琉璃百合で覆われるころには、きっと実現出来ているわ。そのためにも、今出来る最善を尽くしましょう、ーー」
    ああ、そうだな。
    その時は、伝えることが出来るだろうか。
    盟約ではなく、契約をしようと。共に、この地を永遠に治めるための契約を結ぼうと。
    お前は、笑って受け入れてくれるのだろうな。

    そう思っていたんだ。

    「帰終様が」
    その時、俺は報告をしてくれた仙人に何と告げたのか覚えていない。おそらくは、意味不明なことを言っていたのだろう。仙人の顔が酷く歪んでいたから、恐ろしい顔をしていたのだろうとも思う。
    「帝君。妾も」
    留雲借風真君が共に行くというから、返事もおざなりに同行を許可した。
    「帰終」
    到着した時には全てが終わっていた。帰終は既に塵の塊と化し始めていて、手遅れなのは一目瞭然。
    震える脚を叱咤して彼女に歩み寄れば、彼女は酷く寂しそうに笑った。その表情とは裏腹に、瞳は俺を通して、遠い未来を見据えているようだった。
    「やっぱり、あなたとは共に歩めそうにないわ。錠前の事は……」
    そこで一度息を吸ったかと思えば、彼女は未来ではなく、目の前の俺に焦点を合わせたのだ。そして、ふわりと顔を緩める。
    「忘れて」
    彼女はそれだけいうと、完全に動かなくなった。その体に触れれば、脆くも崩れ去っていく。残滓に溢れた場には相応しくない程に透き通るような風が、彼女だったものを攫っていき、俺の前には虚空が広がった。
    ああ、なんで。
    なんで、お前が。お前がいなくて、俺はどうすれば良い。お前と共に守るはずだったこの帰離の地を、俺一人に守れというのか。
    お前を慕い、日々努力している民に、俺は何と告げれば良いんだ。お前を易々と死なせてしまった俺を、民が許すはずがないだろう。俺だって、俺が許せないのだから。
    あの日。お前と出会ってしまったあの日、盟約なんて交わしたからだろうか。盟約ではなく、契約を結んでさえいれば、お前は死ななかったのだろうか。
    「帰終……!」
    明日も、その次の日も、この無意味な戦争が終わる遠い未来でも、お前は俺の隣にいると思っていたのに。

    もういない。彼女は、二度と戻らない。
    あの日々は、二度と己の手には戻ってこない。そんな思いを、もう他の誰かにさせてはいけない。

    俺は契約をした。他でもない、もういない帰終に。
    お前の代わりに民を守ると。
    民の明日を守ると。
    民の未来を守るのだと。

    そして、俺は自身に言い聞かせたんだ。
    明日は約束されたものではないのだと。


    「これはモンドのお酒だけど、君も飲んでみる?」
    理解が出来ないと思った。神の地位に就きながら、執政を放棄するその姿が信じられなかった。
    こんなやつが戦争で勝ち残った?帰終は死んだのに?誰よりも民を愛していた帰終は死んだのに、こんなやつが生き残って、七執政の座に就いたとでもいうのか。
    「せっかくあの戦争が終わったんだ。今度は七執政で集まって酒宴でも開こうよ」
    嫌いだった。適当で、良い加減で、神の自覚すら無いような態度の隣神が、俺はずっと嫌いだった。

    「失ったのは自分だけだとでも?」
    何かの拍子に、バルバトスは俺の頬を思い切り殴ってきた。その細腕からは信じられないほどの強さに、俺は驚いたものだ。
    「君だけじゃない。此処にいる皆、失って失って、失い尽くした上で此処に立ってるんだ。君だけが失ってきたわけじゃない!」
    酒宴の最中だったと思う。啜り泣く者や、下を向いて拳を握りしめる者がいたのを覚えている。
    「それでも、君はボクのように無力だったわけじゃない!君は自分の手で守ってきたものも多くあって、守れなくとも最善は尽くしたはずだ!ボクのように見ているしか出来なかった訳じゃないだけ、君は恵まれてるんだよ!」
    真っ直ぐに俺を見つめる翡翠は、あいつに似ていた。
    「見ていることしか出来ない辛さを君は知らない。見捨てたくないのに、見捨てなければならない辛さを君は知らない。自身のために、誰かが自らいなくなる辛さを君は知らない。君だって知らないことは多くあるだろう。ボクだって、君の辛さを知らない。知らないことは、知ろうとしなければならない。知ろうと努力して、相手を受け入れなければならない。それを放棄するようなのであれば、君はこの座には相応しくない」
    誰かがバルバトスを止めようと名を呼んだ。それでも、バルバトスは俺の襟首を掴んだまま睨むのをやめなかった。
    「良い加減にしろ、岩神モラクス。君が辛いのは分かる。だからといって、周りがそうじゃないと思うのは間違ってる」
    その瞳は、俺が焦がれていたものとは確かに違った。違ったけれど、新たに焦がれるには十分な強さを含んでいたと思う。
    「すまなかった」
    俺が謝れば、バルバトスはにっと笑みを浮かべてから、他の執政たちの杯に酒を注いでいった。
    「ごめんごめん。ボクのせいで。さ、飲み直そ」
    そんな空気ではなかったはずなのに、バルバトスがそう言えば皆が笑うのだから不思議だ。
    あの日を境に、俺はバルバトスが嫌いではなくなった。
    多少の戯言には付き合えるようになった。酒宴に誘われれば首を縦に振った。流石に印を捏造された時は殴ったが、それだけで済ませたのだから感謝してほしい。
    他の執政たちとも酒宴や生誕会を重ね、確かな絆を紡いでいた。
    そんな穏やかな日々で俺は忘れていたんだ。
    明日は当たり前ではないのだと。何度も自身に言い聞かせたはずなのに、俺は。
    「死んだって」
    その言葉に大いに動揺した。死なないと思っていたから。また皆で杯を掲げられると思っていたから。
    「まあ、そうだよね。ボクたちにだって、永遠があるわけではないのだし」
    嫌だと思った。
    もう失いたくはなかった。
    少しだけ寂しそうに眉を下げるバルバトスを、俺は腕の中に閉じ込めていた。
    「どうしたの」
    「俺と契約しろ、バルバトス」
    俺の背を優しく叩きながら、バルバトスは俺に契約内容を問う。
    「いなくならないと、契約してくれ。それが無理なら、せめて……、せめて、最期に言葉を交わすと、契約してくれ」
    彼は困ったように笑ったのだ。
    無理だと言いながら。


    「それで、今更なんでそんな話を?」
    杯に口を付けながらバルバトスはちらりと視線を寄越してきた。中の酒は璃月で作られる最高級品で、彼の舌を大層満足させているようだ。
    「何処かの誰かが、五百年振りに姿を現したからな。しかも、この様な日に」
    窓の外を見やれば、灯が宙に浮いている。幻想的で何とも美しい。
    「塵の魔神、ハーゲントゥスだっけ。彼女の話は、モンドでも聞くことがあったよ。賢く、愛に溢れた魔神であったと」
    「ああ」
    彼女は今の璃月を見て、どう思うのだろうか。
    良い国だと、微笑んでくれるだろうか。
    「良い国だね」
    窓の外を見つめながらバルバトスが呟いた。その瞳には慈愛の色が湛えられている。
    「ボクは、契約は結んであげられない」
    「分かっている。あの時は、俺もどうかしていた」
    「でもさ」
    バルバトスはふにゃりと笑う。
    「可能な限り見に来てあげるよ。君と、君の大切な人が愛したこの国を」

    錠はまだ解けない。一生、解けることはない。
    だが、お前のことは、少しくらい理解できただろうか。


    〜結構時間が経ってから帰終さんの最後の言葉を聞いたver〜

    「我らが来た時には、もう既に……」
    跪く少年に、モラクスは可能な限りの笑みを作り上げた。
    「お前は悪くない。彼女だって、全ては覚悟していたことなはずだ」
    すると少年は地面に額を擦り付ける。
    「申し訳ありません。我らがあと少しでも早く辿り着いていれば、帰終様は……!」
    「もう良い!」
    その声色に、少年は顔を上げ、モラクスの顔を見つめる。
    「もう良いのだ。誰も悪くない。そういう運命だったにすぎない」
    その表情は、まるで子どもが泣くのを我慢しているような顔だったと、少年は今でも忘れられない。

    塵の魔神ハーゲントゥス。またの名を帰終といった彼女は岩の魔神モラクスと盟約を交わしていた。盟約の内容は民には伝えられていない。だが、その盟約のおかげで国が豊かになったのは事実であった。
    「帰終」
    モラクスが彼女を呼ぶ時の声色はいつだって穏やかで。戦中の殺戮の色は鳴りを潜め、ただ親愛の情だけが二人の間には存在していた。
    「ーー」
    名を呼ばれるたびに、モラクスは幸せそうに薄く笑うのだ。
    「帰終、この戦争が終わったら、俺と。いや、何でもない」
    その言葉の先は誰も知らない。ただ、はにかむような笑みを浮かべた彼女だけは、先の言葉を見通していたのかもしれない。
    そんな二人はあっさりと別れを迎えた。
    魔神戦争に彼女は巻き込まれ、夜叉やモラクスが到着した時には、彼女は既に塵になってしまっていた。
    「帝君。洗塵の鈴を賜ることは叶いませんか」
    歌塵浪市真君の申し出に彼は首を縦に振った。彼女が作り上げた、モラクス気に入りのカラクリを、あっさりと歌塵浪市真君に譲り渡した。
    「帰終のカラクリに、我が手を加えても良いでしょうか」
    留雲借風真君の申し出にもモラクスは首を縦に振った。彼女を覚えておきたかった。忘れないでいてほしかった。愛される彼女をそのままにしておきたかったのだ。

    だが、別れの言葉すら言うことが出来なかった。
    それはモラクスの心にずっと伸し掛かっている。

    『ーー』
    魔神戦争も終わり、随分と穏やかになった時代、一人で帰離の地を歩いていた時のことだ。何も無いと分かりつつ、つい此処に来てしまうことのあるモラクスは不意に足を止めた。
    ふと、誰かに呼ばれた気がした。
    それは既に使っていない名前で、今では呼ばれるはずのない名前だった。
    気のせいか。
    モラクスが再び足を踏み出そうとした時。
    『ーー』
    再び声が聞こえた。今度ははっきりと、しかも、懐かしい彼女の声で。
    「帰終?」
    いるわけがない。分かっている。
    だというのに、モラクスはつい耳を傾けてしまっていた。
    『ーー。あのね』
    その声色は穏やかなのに、今にも消えてしまいそうな程にか弱かった。
    『人という存在は、塵のようにちっぽけで軟弱。ちっぽけだから、いつ自分達が天災や事故で死ぬのか、いつも怯えている。怯えているから、もっと賢くなろうと、いつも努力している。私には分かる』
    帰終、何処にいるんだ。いるなら返事をしてくれ。一度で良い、姿を見せてくれ。
    伝えていないことがあるんだ。
    『だから、あなたの力には遠く及ばないけど、私達は技術と知恵を使えばいいと思ったの。同時にあなたの力と私の頭脳があれば……、この街は素晴らしい場所になるはずよ』
    ふふっと微笑むような息遣いが聞こえてくる。
    モラクスは必死に辺りを見渡した。目に入るのはいつもと変わらぬ荒れ果てた帰離の地。
    『やっぱり、あなたとは共に歩めそうにないわ。錠前の事は、忘れて』
    ガクリとその場に膝を付いた。
    「帰終……」
    これは、記憶だ。誰かが、いや、ひょっとしたらこの地が覚えていたのかもしれない記憶。彼女は最期まで自身のことを、この国のことを思ってくれていた。それが分かっただけ、喜ぶべきだ。分かっている。分かっているのに。
    「忘れるなんて、出来るはずが無いだろう!」
    忘れられる訳が無い。それほどまでに、モラクスにとって彼女の存在は特別だった。たとえ彼女の願いであろうと、叶えてやれるはずが無かった。
    「何故、忘れろなんて……。忘れられないことを、お前も知っていただろう。ましてや、お前のことを忘れられる訳が……」
    伝えたかった。気持ちを、想いを、感謝を。何も伝えてはいなかったのだ。彼女との明日を当たり前だと思ってしまっていたのだ。それが傲慢だと知ったのは、彼女が死んだ時。
    せめて、あの錠を解くことが出来たのなら、彼女の本当の気持ちを知ることが出来るのだろうか。
    優しい風が頬を撫でる。忘れなくて良いのだと言われた気がした。
    それ以降、モラクスは彼女の声を聞いたことは無い。

    「ということもあったな」
    「ふーん」
    酒のつまみに面白い話をしろと言ってきた風神バルバトスに答えて思い出話をすれば、彼はつまらなそうに杯を揺らした。
    「お前が何か面白い話をしろと言ったのだろう」
    「まあそうだけど……」
    居心地悪そうに下を向くバルバトスに、モラクスはふっと笑った。
    「また、あの風に頬を撫でられたいものだな」
    するとバルバトスは、はああと大袈裟に溜息を付いた。
    「途中から嫌な予感がするとは思っていたけれど、やっぱり気が付いていたんだ」
    「当時は気が付かなかった。気が付いたのは、比較的最近のことだな」
    クツクツと笑うモラクスに、バルバトスはバツの悪そうな顔を向ける。
    「怒ってる?」
    何故そんな質問が出てくるのか。理由を一切察することの出来ないモラクスは理由を問うた。
    「勝手に記憶を蘇らせてしまって。本来であれば聞くことの無かった言葉たちだ。それをボクの一存で君に届けたことが正しかったのか、ボクは今でも分からない」
    正しいか、正しくないか。
    それはモラクスにも分からなかった。だが、そんなモラクスにも言えることが一つ。それは同時に、言わねばならぬことでもあった。
    「ありがとう」
    その言葉にバルバトスは目を丸くした。
    「ありがとう、あいつの最期の言葉を届けてくれて。あいつの最期の気持ちを知ることが出来たことに、俺は感謝している。ありがとう、バルバトス」
    感謝をされたくてした訳ではなかった。ただ、たまたま小耳に挟んだ塵の魔神の話に、バルバトス自身が心揺さぶられただけのこと。どうしてあんなお節介をするほどに心揺さぶられたのかは今でも分からない。それでも、バルバトスは届けたいと思ってしまったのだ。彼女の想いを、目の前の彼に。
    「知っているか、バルバトス。過去を偲ぶことも、尊ぶことも、悲しむことも、全て生きている者の特権であり、同時に記憶の中のことでしかそれらの感情は抱けない。知らなければ、悲しむことすら出来ないんだ」
    ああ、そうだ。知っていて欲しかったのだ。彼を、心の底から愛していたであろう彼女の最期の言葉を、彼自身に知ってほしかったのだ。
    バルバトスの視界のモラクスがじんわりと滲んでいく。
    『僕の代わりに高い空へ』
    愛する者の最期の言葉は、遺される者のその後を左右する。知らない方が幸せなことだってある。それでも。それでも、バルバトスは知っていて欲しかった。記憶に留めてほしかった。彼女の最期の想いを、無かったことにしないでほしかった。
    「彼女の最期の言葉は俺の記憶に残り続ける。彼女の想いは温かく、それと同時に、俺自身が気持ちを伝え損なった戒めでもある。だが、知らなければ、何も思えないんだ。知らなければ、泣くことだって、悲しむことだって出来ない。それは、酷く悲しいだろう。だから、ありがとう」
    「彼女は、君の中に生きているかい」
    「ああ。あいつとの日々は、今でも俺の中で輝いている。それも、お前のおかげだ。ありがとう」
    バルバトスは瞳に涙を湛えながら笑う。
    「どういたしまして」
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