一時だって見逃してなるものか。ゼルコバの心中にあるものは、ただひとつそれのみであった。まばたきさえも惜しい。すべてを取りこぼさず、目に焼き付けられたらいいのに。しかしそれは人体である以上、無理な話とも言えた。
舌を動かす。ちいさくその肩が揺れる。それでも受け止めようとしてくれているのか、首に回させた腕にわずかに力が入るのみだ。愛らしいな、とゼルコバは思う。先程から何度も思っていることとはいえ。唇を離した。
「ん、あ」
「大丈夫ですか」
「だ、……はあ、……はあ……。大丈夫、です」
大丈夫には見えないが。分かりやすいつよがりにゼルコバがちいさく笑えば、リュールは眉間にすこしだけ皺を寄せ、む、と唇をとがらせた。だが直ぐにとがらせるのをやめると、「ゼルコバは」と口を開く。
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