報復性夜更かしそのwordを知ったのは、本当に偶然だった。
『報復性(リベンジ)夜更かし』
中国のSNSで生まれた造語で、日中に得られなかった自由時間を取り戻すかのように睡眠時間を減らすことを代償に好きなことをする、一種の自傷行為。
リストカットの様に刃物で己の身体を傷付けたり、爪を噛んだり髪を抜いて痛みを得るものとは違い、飲酒や喫煙のような悪質で長期的にじわじわと脅かしてくる、人にバレにくい行為。
寝不足だ、寝付きが悪かったと言われてしまえば人はそれ以上詮索することはほとんどない。
だって所詮は他人事だ。
自分がぐっすり満ち足りた睡眠を得ているのなら、正味他人の睡眠事情なんて知ったこっちゃ無いのだ。
Mystaは自身が長らく、特に行動を強く制限された日の夜に最早習慣化して徹夜していたのがまさか自傷行為と世間で認識され始めていることに最初こそ驚いたが、だからなんだというのだろうか、とさっさとその記事から興味を失くした。
身に染み込んだ悪習慣はそう易々と改善は出来ない。
「こら、悪い子」
ただし、この四百年を生きた鬼は例外だ。
丸一日Twitterをチェックできなかった反動からベッドの中で眠気の重力を打ち消すようにブルーライトを浴びせ続けていた目をそっと手で覆われる。
別に瞼を開けられないような強さで抑えられている訳ではないけど、Voxの手の平に、指に自身の睫毛が擦れる感覚がなんとなく俺は嫌で、もう閉じたままで良いやと力を抜いてスマホを手から落とした。
「夜はちゃんと寝ないといけないと俺に教えたのは、Mystaお前だろう」
「……………うん」
いつだったか、鬼という生き物の特性なのか、そういう生き方をずっとしてきたのか、Voxが夜ちゃんと眠っていない事に気付いた時があった。
『夜は怖いものじゃなくて、休ませてくれるものだよ』
偉そうなことを言っておいて、今は自分が夜を疎かにしてしまっている事に、俺の知ってる言葉では形容できないもやもやしたものが心臓と胃の間から溢れてきた。
「……………………………今日、あんまりスキじゃなくて」
「そうか」
「うん」
「なら、とっとと眠って明日を迎えよう」
夜が守ってくれている。
手を退かされた瞼にキスされて、何処かに居座っていた強迫観念のようなものも、溢れ出てしまったもやもやもすっと綺麗に消えてしまった。
うん、そうだ、それがいい。
明日は多分、スキかもしれないから。