自称贖罪者の誤算プロローグ
ある夜、うたた寝から目覚めたサグザーは周囲を見渡す。
そこは見慣れた研究室のはずなのに、何故かひどく懐かしさを感じた。
眠気の残る頭を振りながら、窓の外を見る。
とても綺麗な星空だった。
地上で血生臭い争いが起こっているなんて、まるで嘘の様に感じる。
ふと、争い?と心に何かが引っかかり、サグザーは胸に手を当て考える。
争い。誰と誰が?
ターム族と自分達人間が。ターム族?
とうの昔に彼らが倒したではないか。彼ら?
……七英雄が。
「七英雄……」
七英雄とは、誰の事だ?
何か、大切な事を忘れている気がする。
だが、それ以上はいくら思考を巡らせても答えが見つからない。
サグザーは近くにあった白紙に、思い出せる範囲の現状をしたためる。
七英雄とは何か? → 不明
ターム族は倒された? → 否、まだ存在している
この研究室は? → 次元転移装置の開発の為に使われている
僕は誰なのか → サグザー 超術学研究所の開発主査をしている
ある程度書いたところでサグザーはあまり意味が無いかもしれないと思い、一旦書く事と考える事を止めた。
明日、日が昇ってから改めて考えよう。
そう思い、寝室へ向かった。
研究室で寝ていたことがバレたら、また幼馴染みに叱られてしまうなと苦笑し、同時に不安で胸が苦しくなる。
(帰って……来るさ)
幼馴染みは、ノエルは、強い。
彼の仲間達も、ターム族と対等にやりあえるだけの実力はある。
いずれ来るクイーン討伐という危険な任務も、きっとこなせる。
(大丈夫さ)
私は彼らを信じている。
今度こそ、信じないと。
「……今度こそ?」
自身の思考の結果なのに、その考えが出てきた意味を理解出来ず、思わず声に出た。
本当に疲れているのかもしれない、きっとそうだ。
そう自身に言い聞かせ、サグザーは寝室に入った。
とはいえ、とても眠る気にはなれず(うたた寝しておいてと言われそうだが)寝台に座り窓から外を眺めていると、半透明に反射される自分の姿に違和感を覚えた。
側机に仕舞っている小さな鏡を取り出し、確認する。
正面の首の中心付近に、傷が出来ていた。
否、正しくは傷跡。何かを刺した様な小さな跡があったのだ。
「これは……?」
傷跡をなぞる。既に塞がっていたので痛みは無い。
ただ、見た者に痛々しさを感じさせるものであった。
この様な怪我をいつ負ったのか、まるで記憶には……
「無い」と結論づけようとして、サグザーは息が詰まった。
その時、脳裏を過(よぎ)ったのだ。
石の感触、暗い部屋、冷たい埃……いや、砂の空気、手に伝わる何かを握っていた感触が。
知らないはずなのに、知っている。
この記憶は一体……
「………………」
心が、苦しい。
泣きたいのに、泣けない。
そんな感覚に襲われ、サグザーは鏡を仕舞い寝台にもぐり込んだ。
何も考えるな、今は無理矢理にも寝てしまった方が良い。
本能にそう告げられたサグザーは思考を放棄し、目を閉じた。
明日、可能なら幼なじみに相談しよう。
いつもなら心配をかけまいと誤魔化してしまう自分がこんな風に考えるなんて、よほど参っているのかな……
そう思いながら、サグザーは何とか夢の世界へ旅立った。