「ディーラー見習いで入ったのに何故かディーラーのテストを受けさせられたんだよね」
ブラッドの命令でしぶしぶ来たらしいフェイスは、そう言って不服そうに口を尖らせた。やる気なさそうにしているが、さすが色男と言うべきか、俺なんかよりも格段にディーラーの制服が似合っている。
「見よう見まねでやってみたけど流石にやったことなかったからね、もちろん散々だったよ」
「じゃあなんで受かってんだよ」
「知らない。ディーラーとしての華があるんだって」
「何だそりゃ」
カジノへの潜入調査が難航しているため応援を寄越してくれとブラッドに頼んだのは確かだが、まさか本当にもう一人のルーキーが来てくれるとは思わなかった。俺と張るほどのやる気のなさだが、いざという時のこいつの口の回りっぷりには何度か助けられているので、これで滅多なことがない限り大丈夫だろう。
「とりあえず、これで楽できるわ」
ひとつ伸びをして早速一服しに行こうとすると、案の定それを阻止された。
「はいはい。とりあえずキースは仕事に戻ろうね」
「うへぇ、何でだよ。お前が来たから楽できるんじゃねぇの?」
「俺はオーナーの側近になったから、きっとディーラーの仕事はあんまりできないよ」
「はぁ? 何だよ側近って」
「知らない。なんか面接の時に気に入られちゃってさ、オーナーの指示した客とだけ勝負しろって」
「上客でもいんのかな」
「多分ね。イカサマでもして儲けるんじゃない? あとは雑務だってさ」
フェイスがオーナーの側にいるのなら仲間になることによって逆に監視されてる状態も同然な俺への視線も少しは弱まるだろう。
「せいぜいオーナーの気を引いてるからさ、キースは仕事の合間にでも調べものしててよ」
「へーへー。ジュニアと手分けするかね」
その日から、ウエストセクター全員参加の潜入調査がスタートした。
「あのオーナー、話長すぎ」
三日ぶりに見たフェイスはかなりげんなりしていた。
「てきとーに相槌打つのは得意だけど、それに気持ちよくなってますます喋る話題が自分のことばっかりなんて、絶対女の子に嫌われるタイプだよね」
どうやらオーナーの部屋に篭りきりで延々と話し相手をさせられているらしい。従業員が少ないっていうのに、どうりでいつまで経っても忙しい訳だ。
「まぁ世間話ばっかりでもないけどね。このカジノ、やっぱりイクリプスと取引してるみたいだよ」
「おまっ……それ直接聞いたのか?」
「俺、イクリプスに憧れてこのカジノに入ったって言ったからね」
「だからってそんな大事なこと漏らすとか、お前どんだけ気に入られてんだよ……」
「アハ、気に入られてるのは間違いないかも」
次に出てきたセリフに驚く。とても何でもないことのようにいうものじゃなかったからだ。
「めちゃくちゃ身体、触られるから」
「……なんだって?」
聞き間違いであって欲しかったが、その後に続いた言葉にその願いも打ち砕かれた。
「だから、カラダ。べたべたと馴れ馴れしいの。触る箇所も結構際どいし、あれでスキンシップのつもりかな。勘弁してほしいよね」
やれやれなんてポーズを取っているが少し嫌な予感がした。万が一、気に入られているっていうのがそういう意味でだとしたら。部屋にふたりきりという状況の危険度が変わってくる。
「おいおい勘弁してくれよ……なんかあったら俺がブラッドに怒られちまう」
「何? 何で今あいつがでてくるのさ」
わかっていないようなフェイスにいつもの危機管理能力はどうしたと言ってやりたくなる。女相手にしか発揮されないのだろうか。
「実の弟を不埒な目に合わせたとなると、さすがに朴念仁のあいつでも怒るだろ」
「不埒? ああ……」
しばらく考え込んで、やっと思い至ったらしい。
「それは大丈夫じゃない? 女の愛人を何人も囲ってるっていう話だし、男に興味なんてないでしょ」
その中の一人にフェイスも加えるつもりなんじゃと思ったが、その考えに至らないぐらいにはこいつは健全だということだ。
「それに、ブラッドは俺のことなんて興味ないと思うけどね」
反抗期の弟にとっては自分の置かれた状況よりもそちらの方が気になるようだった。
「まぁ何にせよ、気ぃつけろよ」
「はーい」
ーーなんて言ってたのに。
「ジュニア……まだかよ」
フェイスが潜入時に持ってきたスマホの画面を睨みつけながら苛立ちを募らせる。
あれから数日、大金の置いた部屋で以前ロストガーデンで見つけたのと同じタギングを見つけた。今はそれを撮影したスマホを持ちながら、オーナーのいる部屋の前で中の様子を伺いながら機会を待っている最中だった。
ジュニアによる客の避難誘導が終わり次第部屋に乗り込むつもりだが、中でオーナーの気を引いていたフェイスの様子が気になる所だ。律儀に能力を使わず気絶させた邪魔な見張りをどけ、ドアを少しだけ開けて隙間を作る。どうやらふたりはこちらに背を向け、ソファーに座っているようだった。
「ロストガーデンとのパイプが欲しいんだろう。その為なら何でもするって言ってたよな?」
「そうだけど……うわっ!?」
見えていた二つの影が視界から消えた。その拍子に近くに置いていたらしい新聞の束が床に散乱する。それがオーナーがフェイスを押し倒したからだということに気づき、身の毛がよだつような衝動に支配された。
「ちょっと……!」
「俺がお前のことをどんな目で見てたのか、とっくにわかってたんだろ?」
「はぁ? なにそれ」
「わからないのに大人しく身体を触られていたのか? てっきりお前もその気があるのかと思っていたぞ」
「……冗談だと思ってたんだけど?」
「冗談で男のこんなとこは触らないだろう」
「いっ……!」
見えないがどこか、おそらく下半身を触られ、腕を突っ張って抵抗しているらしい。しばらく揉み合うような音が部屋中に響いた。
「このまま言うこと聞くなら後で金を納める現場に連れてってやる」
「なっ……ホント?」
「ああ。お前が大人しく身を任せるならな」
「……」
その言葉をきっかけにフェイスの抵抗がとんと止んだ。
おいおい諦めるなよ……!?
そこまでしなくても、もう任務は達成されたようなものなのに。それとも、フェイスのことだからこの状況が面倒になって流れに身を任せることにしたのだろうか。十分にあり得る。
「ふん、それでいい」
「っ、あ……っ!」
核心に触れられたようなフェイスの声に居ても立っても居られず、連絡もきていないのに乗り込んでしまった。
「ありがと、キース」
ソファーに縫い付けられていたフェイスに手を貸してやると、大人しくその手を取り身体を起き上がらせた。
傍には俺の能力で身体を拘束され、そのまま昏睡させられたオーナーが横たわっている。
もう証拠は掴んだ後だし、ジュニアの避難誘導も終わりかけのはずなので能力を使っても大丈夫だろう。これは完全なる後付けの言い訳だけど。
「は〜〜びびった。お前なぁ、めんどくさいからって急に諦めるなよ」
「アハ、わかった? 抵抗して体力使うぐらいなら身を任せた方がマシだと思って」
「何でそんな刹那的なんだよ。俺が言うのも何だけど」
ならば男に抱かれる気があったのだとゾッとする。全くこいつは、聞き分けがいいように思えて何をしでかすかわからない。
「ルーキーのお前になんかあったら俺がブラッドに怒られるんだからせめて捨て身はやめてくれ」
「キースなら俺を助けにきてくれると思って」
それが至極当たり前のような顔をするので、ちょっとは信頼されているのかと照れ臭くなる。
「俺が面倒くせぇって見て見ぬふりしたらどうすんだよ」
「それこそ自分とこのルーキーを見捨てたってブラッドに怒られるでしょ」
「まぁ、それはそうだけど」
騒々しい足音と共にジュニアが部屋に入ってきた。どうやら避難が終わったようで、警察にも連絡済み。後は従業員に片っ端から話を聞いて回るだけだ。抵抗するならそれこそ能力を使って吐かせてもいい。
「キース、」
ジュニアと話していたと思ったら不意に名前を呼ばれ、視線を合わせる。
「来てくれて、ありがとね」
「お、おお……」
俺に顔を向けたフェイスがいつもと変わらず笑っていることに酷く安堵する。そこで初めて、自分の心が乱されていたことに気がついた。
下衆なオッサンにこいつが穢されなくて本当に良かった。
「何?」
「やけに素直だな」
「そう? だって助かったのはホントだしね。キースのおかげでよくわかんないオジサンに抱かれずに済んだし」
「お前なぁ、ほんと何つーか、もっと自分を……」
大事にしろ、と言いかけてやめる。説教くさいのは自分らしくないし、そんなブラッドが言いそうな言葉が自分の口から出そうになったことに驚いた。しかも、こいつは諭すようなことを言われるのを煙たがるのに。せっかく少しは縮まったような気がしていたのに、言ってしまったら出会った頃のように距離を取られかねない。
「いや、いいわ」
「なに? 何言いかけたの」
「なんでもねぇ」
「変なキース。らしくないね」
「俺らしいって何だよ」
「知らない」
ジュニアと共にフロアに向かおうとしたフェイスがソファから立ち上がる。今回は本当に色んな意味で疲れた。さっさと店の奴らを警察に引き渡して、帰ってビールを浴びるほど飲みたい。
「キースも早く来なよ」
「おー、こいつ引っ張ってくわ」
床で伸びているオーナーの脇を掴んで立ち上がらせる。意識がないせいでクソほど重い。
「なーフェイス、手伝ってくれぇ」
「やだよ」
「くっそー……」
俺が苦労している姿を見ながらくすくす笑っている。
その姿は心なしかいつもよりも、
「お前……なんか機嫌いい?」
「そう? 珍しく欲しいものが手に入ったからじゃない?」
フェイスは何を手に入れたのだろうか。まるでスキップでも踏みそうなぐらい軽やかに立ち去る姿を見ても、何故こいつがこんなにも機嫌がいいのか、てんで俺にはわからなかった。