アイナナフレマッチ『あいななフレンドマッチング』通称あいななフレマッチ。今巷で流行りのマッチングアプリだ。
このアプリは男女の交際に発展させるためのものではなく「友達」を作るためのアプリ。SNSでのやり取りが盛んに行われ、顔の見えない友達との交流が主流の現代。
リアルのお友達作りや付き合いを苦手に感じているが、それでもリアルも充実させたいと考えている若者向けに開発されたものだ。
同年代の同姓と気軽に会って、気が合えばそのまま交流は続くし、そうでなければその日限りの縁で終わる事もある出会い系アプリ。
健全な使用であれば何も問題はないが、そんな良い子ちゃんばかりが利用するわけではないのでそれなりに問題もある。
俺はこんな怪しいもの、一生使うもんかと思っていた。
「いた!ミツ!!おはよ、あのさっ昨日の事なんだけど!!」
「うわっ!びっっくりした〜なんだよ大和さん、おはようの時間はとっくに終わってるけど…今来たのかよ」
俺が探していた目当ての人物は勢い良く肩を引かれて驚いていたが、俺だと分かるとすぐに冷静さを取り戻し痛いところをついてくる。今は14時ちょっと前、確かに「おはよう」の時間ではないが、ミツの隣に居たナギは「おはようございまーす」と流暢に返してくれた。
「いや〜二日酔いで起きたらこの時間に…ってそうじゃなくてさ、昨日の飲み会でさ、俺変なことやらかしたよな?どんなことしたか記憶がなくて…」
今は世間話をしている場合ではない、この事実を確かめなくてはいけないんだ。
「やらかした事前提なんだな?うーん、でもいつも通り酷く酔ってるだけで、そんな事なかったけどな」
「ヤマト、また飲み過ぎですか?」
「またって、毎回そんなに飲んでないよ、今回だけたまたま飲み過ぎただけで…」
「大和さん、何やらかしたのか?…もしかして、起きたら隣に女の子がっ!!?」
「oh…ヤマト…見損ないました。レディにとても失礼です」
「ちょっとまて!!そんなことしてませんし、起きたら俺1人でした!!!」
「え〜じゃぁなんだよ」
「これがさ、気づいたら登録されてて…」
まだ若干疑いの目を向けてくるナギを無視して、携帯の画面を見せる。
「「あいななフレマッチ??」」
「そ、なんか登録されててさ〜でも登録した覚えないし」
「登録しただけらな良いんじゃないか?退会してアンインストールすれば良いじゃん」
「あぁ、そうだよな。登録しただけならな」
「ヤマト、まさかもうマッチしたのですか?」
「そのまさかなんだよ!ミツ〜ナギ〜どうしよう、なんか会う約束までされててさ。これ本当に俺がやったのか??やっちゃったのか??」
「俺は知らないよ!昨日の飲み会も、大和さんは確かに飲み過ぎで潰れてたけどそんな素振りはなかったし。会うって言っても昨日の今日じゃないだろ。間違えて登録しました、ごめんなさい、会えません、って素直に言えば良いじゃん」
「……んだよ…」
「え?なんて?」
「今日なんだよ!会うのが!!」
「はぁ?」
「ですが、そんなに珍しいことじゃありませんよ。交流の場を設けるためのアプリですから、早い方ですとその日のうちにお会いする事もあります」
「ナギ、詳しいな」
「YES、私は何度も利用してまーす!ここなのファンの集いに参加しているメンバーもこのアプリを通して知り合いました!!ここなファンではない友人も何人かできました!この方なんかは…」
「ナギ、わかった。その話は今度ゆっくり、たっぷり聞いてやるから、今は俺の話を聞いてくれ頼むからっ!!」
「oh…残念です」
ナギは残念と肩を窄めながら少し悲しそうな顔をすると「今度紹介させてください」と直ぐに笑顔になった。
「で、大和さんは何処で何時にあうの?」
「14時半に大学の正門前」
「同じ大学だったんだな…14時半ってもうすぐじゃん」
「本当にどうしよう…」
「どうしようって、相手ももうここまで来てるだろうし、ここまできたら直接会って間違えだった事を伝えて謝るしかないだろ。これも良い機会だと思ってさ、会ってみたら案外気の合うやつかもしれないだろ?」
大和さん、知り合いは多いのに深く付き合うような友達は少ないんだしさ、なんてミツが軽く言ってくる。良いんだよ俺は、お前らだけで充分だ。と思ったけど小っ恥ずかしくて口には出さなかった。
「まぁそうだな、ちゃんと謝ってそのまま帰るよ」
ミツとナギと話したことでいつものペースを取り戻せたと思う。落ち着いて考えれば簡単な事だ。謝って解散。これだけで良いんだ。相手がどんなに腹を立てようと今日のその時間限りの縁なんだ。そのたった数分がいい意味でも悪い意味でもその日1日の主役になる場合もあるわけだけど、何とか穏便に終えることが出来ますようにと祈るばかりだ。
「じゃあ俺行ってくる…」
「おう、気をつけてな」
「ヤマト、ファイトです!」
2人の声援に片手を挙げて応える。
だからと言って正門前に足取りは重たいままだった。
重い足取りの大和の背中を三月とナギが見届けると2人も大和とは別の方へ歩き出した。
「大和さん、大丈夫かな…大和さんてさ、なんだかんだ律儀なんだよなぁ、俺なら迷わず今日は会えない!ってメッセージで断っちゃうけどな」
「そうですね、そこがヤマトの良いところの一つです。ですが、酔った勢いとは言えアプリ登録して知らない方と会う約束するなんて、ヤマトらしい行動ではないですね」
「まぁ酔っ払いがしでかす事だし、そんなもんだろ」
「そうでしょうか…」
まだ少し納得のいかないナギの顔を見て、大和さんが変な事に巻き込まれませんように、と三月は心で願った。
約束の正門に約束の時間五分前に着いた。
着いた事を相手に言うべきなんだろうけど時間ぴったりで良いか。会いたくない、せめてもの抵抗だ。昨日の自分をこんなにも恨む日が来るなんて。
そんな事を考えるとアプリにメッセージが届いた事を知らせる通知が携帯画面の上にバイブと共に表示される。アプリを開かなくても表示されたバナーを見ればその内容が分かる。
相手のハンドルネームの“蕎麦”の下に『着きました』とシンプルな文字で俺と同じ空間にいる事が知らされる。
こいつも五分前行動タイプか…と心の中で溜息をつく。こうなってしまったら自分も着いてることを知らせなくてはいけない。
アプリを開き『俺も着きました』の文字を打ち送ろうとすると、周りが少し騒がしいことに気付く。通りすがる女の子達がチラチラと一点に目線を送っては静かに黄色い歓声を上げている。
なんだ?と思い話題に上がっているであろう場所を見ると美丈夫が立っている。
色白で少し鋭い目付きの美人、背丈があり、フィットした服が良い体を表していて男を感じさせる。そして胸元のグラサンがオシャレに見える。立ってるだけで絵になる男、背景が霞む。
話しかけにいく女の子もいるが、俺なら無理だ、あんなイケメン前にしたら何も話せないわ。女の子ってすげぇ、なんて思いながら未送信だったメッセージを送る。
すぐに既読が付き『紺色の服着てますか?』と返信が来た。やっぱり俺が相手から見えていたようだ。
『着てます』
『俺はサングラスを胸元にかけてる。目印になりますか?』
…ん?胸元にサングラス。
その単語でピンと来るのは目の前の美丈夫だ。
いやいや、まさかね。そんなわけない。
あのイケメンが“蕎麦”なんて名前をつけるわけないよな、うんうん。
『ちょっと…わかりません』
そう、分からない。あんなイケメンがこんなアプリ使うほど人に恵まれない訳ないだろ!まぁ偏見だけれども!
『俺は見えてるのでそっち行きますね』
そうメッセージが来たと同時にイケメンが身動ぐ。少しもたれかかっていたのか自らの足で立つと背筋が良くて更に大きく見える。ピンと立つ姿にギャラリーが湧く。
その歓声を背に長い足でこちらに向かってきているではないか。
お願いだからやめてくれ。たまたま相手からメッセージが来たと同時に動き出して、たまたまアイツの待ち合わせの人が俺の後ろの女の子で…そうあってくれ!!
なんて願いも虚しく、美丈夫は俺の目の前まで来て歩みを止める。地面に穴が開くほど落としていた目線を嫌でも上げなくてはいけなくなった。
スッと通った鼻筋、色白できめ細かい肌、俺にも匹敵すると程の鋭い眼光が不思議と美しさを引き立てている。
顔が、良すぎる。
あまりの眩しさに反応が遅れる。
そんな俺に痺れを切らしたのか目の前の男は『あの』と口を開いた。
『眼鏡さん、ですよね?』
『…あ、あはは。蕎麦さん、コンニチハ…』
“蕎麦”も大概だが“眼鏡”もどっこいどっこいだわ。なんて全く関係ない事が頭をよぎった。