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    kiyu_1v

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    kiyu_1v

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    5月5日のイベントに参加させていただきます。
    新刊のサンプルです。
    楽ヤマ モンがくやまのお話です。

    きみの運命にのせられてモンやまは元は野良モンでした。家族が欲しいなぁと願う野良モンでした。人間と仲良く暮らすモンがとても羨ましいのです。
     道ゆく人に「ヤ~(家族にして~)」と話しかけますが見向きもされませんでした。そんな日々を過ごしていたある日「お前一人なのか?」とオレンジ頭の人間が話しかけてきました。その人の肩には同じ色をしたモンが乗っていて心配そうに見つめてきます。
    「ヤー!」
     もしかしたら拾ってくれるかもしれない、淡い期待を抱きながら返事をします。オレンジの人はうーんと悩み「俺の家はもうダメって言われてるしなぁ……」と呟きました。その言葉を聞いて胸に宿った期待は一瞬でなくなりました。
    『やっぱり、ダメなのかな』
     希望は涙となり溢れ出します。大粒の涙を見てオレンジの人は慌てました。
    「わっ泣くなって! 一人当てがあるんだ。その人に聞いてみるよ」
     そう言って電話をかけ始めました。その相手が大和くんでした。
     
     大和くんはそれはそれは冷め切った家庭で育ちました。両親はいます。でも幼い頃から二人とも働きっぱなしで家にはいません。学校の行事があっても来てくれません。風邪で寝込んでも側にいてくれません。
     両親の帰りを待ちわびる毎日でしたが、いつしか無駄な事だと悟り待つ事をやめました。それと同時に愛情の交わし方も忘れてしまったのです。他人にも自分にも期待しない、そんな人生を送っていました。
     でもその生活も一本の電話で終わりを迎えます。
    「ミツ? どうした」
     唯一繋がりを持っている三月くんからの連絡でした。
    「大和さんにお願いがあるんだ」
     そこで紹介されたのが緑色をしたふわふわのモンやまでした。
     
     モンがくは不本意でした。目の前の顔面の良い男が自分を引き取ると言っているのです。
     モンがくは楽くんが当時付き合っていた女性と暮らしていたモンでした。産まれたてのモンがくは猫のような容姿も相まって可愛さはピカイチ。一目惚れした彼女が一年前に正規のモン販売会で購入したのです。モンがくは血統書付きです。自分の出生が分かる事はモンにとって誇り高き事です。
     ですがどうでしょう、彼女は楽くんとお別れすると共にモンがくを保健所に連れていくと言うのです。楽くんと彼女がお付き合いをしていた期間は三ヶ月。
    「飽き性の私が一年も、よく持った方よ」
     彼女がモンがくに言いました。モンがくは彼女の事が好きでした。でも確かにここ最近温もりを感じる事がありませんでした。急なお別れも腑に落ち、なくなってしまった愛情に縋るような事はしませんでした。でもそれに待ったをかけたのが楽くんでした。
     
     楽くんは気付いていました。彼女が自分ではなく、自分の顔に好意を抱いている事に。見つめられても心から繋がっている感覚はありませんでした。空っぽの心で好きだと言っても喜ぶ彼女を見て、その隙間には虚しさが溜まっていきました。
     初めて彼女の家に行くと灰色の塊が床に置いてありました。『デカい毛玉だ、猫でもいるのか?』と思いましたが、猫が居るという話は聞いた事はありません。ゴミなら捨ててやるかと楽くんは大きな毛玉を鷲掴みしました。でもそれはゴミでもなければ毛玉でもありません。灰色の塊はモンがくです。
     びっくりしたモンがくは楽くんの手を思いっきり引っ掻きます。
    「いってぇ」
    「ガッ!」
     突然手から放されても綺麗に着地したモンがくは楽くんに威嚇しました。
     これが楽くんとモンがくの出会いでした。この出会いからニヶ月後、二人は彼女に別れを告げられるのでした。

    モンやまはニ週間前に大和くんと暮らし始めました。 
     三月くんから「大和さんと一緒にいるモンになるなら『モンやま』な」と名前ももらいました。
     念願の人間との暮らし。さぞかし楽しくてあたたかい日常が待っていると胸躍らせていました。
     ですがどうでしょう、大和くんはモンやまに触れる事はおろか、自ら話しかける事はありませんでした。
     暴力を振るわれるわけでも、罵声を浴びさせるわけでもなく、食事もお風呂も寝床も不自由ない暮らしを与えてくれます。
     それでも一番欲しかったものを感じられないのです。思い切って大和くんの手にしがみ付き、そのまま頬を擦り寄せてみました。
     大和くんの表情は見えませんが、モンやまの行動に大和くんは指先で軽く頭をくりくりと撫でただけでした。大和くんが優しい事はそれだけでも伝わります。
     でも欲しいものはあたたかい愛情です。それが手に入らないと分かるとモンやまから元気がどんどんなくなっていきました。これはまずいと思ったのか大和くんはモンの遊び場を調べて近くのモン遊具公園に連れて行きました。
     初めての公園には楽しそうに人間と遊ぶモン達がたくさんいました。
    「ヤヤヤ!」
     モンやまは大和くんと遊べる! と胸を高鳴らせましたが大和くんは遊具の近くにモンを下すと「いっておいで」と言いました。どうやら一緒には遊んでくれないようです。
    「ヤ……」
     一緒に遊ぼうと手を引きたい気持ちはありますが、わがままを言って嫌われてしまうのが怖くて言えません。モンやまは大和くんに背を向けてとぼとぼと歩き出しました。
     
     モンがくが楽くんに引き取られてから半年が経ちました。始めは楽くんに反発していたモンがくですが、そんなモンがくにも楽くんは真剣に向き合いました。楽くんのひたむきさにいつの間にか心を許し、今ではベッタリくっ付いたりする関係ではないものの側に居ないと落ち着かない、相棒のような良い関係を築いていました。 
     今日は約束していたモン遊具公園に連れてきてもらいました。一昨日辺りからソワソワしすぎて「モンがく忙しないぞ」と楽くんに笑われていました。
     遊具に降ろしてもらうといつもは楽くんの手を引いて遊びに連れ回すのですが今日は違いました。どこからか漂ってくる甘い匂いがモンがくの鼻を掠めます。
    「あ、モンがく!」
     待て、と言う楽くんの声を振り切って匂いがする方に一直線に走って行ったのです。
     甘い香りがどんどん強くなります。そこは人気のない遊具がある場所でした。筒状の『トンネル』は潜るだけのあまり面白みを感じられない遊具です。
     他のモンたちの楽しそうな声が遠くで聞こえます。
     モンがくは薄暗いトンネルを覗いてみました。甘い匂いが中に充満していて、甘酸っぱくて魅力的な赤を纏うイチゴを思い出します。でもトンネルの中には赤ではない、緑のもふもふが丸まっていました。
    「ガガ?」
     近づき揺さぶってみると緑のモンが顔を上げました。クルッとしてうるうると膜を張った瞳と目が合います。
     モンがくは初めてイチゴを食べた時と同じような衝撃がビビビと体を走りました。
    「ガッガガ……」
     今すぐ緑のイチゴに齧り付きたい衝動に駆られますが、悲しんでいるモンにそんな事できません。なんたってモンがくは誇り高き血統書付きのモンなのですから。
    「どうしたの?」と出来るだけ優しく問いかけると緑のモンは「愛情がもらえない、もらう価値が自分にはない」と泣きました。
     モンがくは涙を流す緑のモンにあたふたと戸惑いますが、少し冷えた体を温めるようにそっと寄り添いました。緑のモンもお日様のようなポカポカの匂いがする、灰色の優しいモンに身を寄せました。ふたりはキュッキュッと距離を詰めると、居心地の良さに夢の中に入っていったのでした。
     
     大和くんは姿が見えないモンやまを探していました。
    「モンやま~? どこだー?」
     大和くんはまだ呼び慣れないモンの名前を恥ずかしさを感じながら必死に呼びます。
     突然三月くんが連れてきたモンやまに戸惑いましたが、一緒に過ごすうちに少しずつ愛着を持ち始めていました。
    「こいつ行く所がないんだ、俺ん家はもうモンは置いちゃダメって言われてて……大和さんにしか頼れないんだよ」
     三月くんに言われてしまい、モンやまも悲しそうに見つめてくるので頷くしかありませんでしたが、今ではそれで良かったと思っていました。
     でも大和くんは愛情の渡し方を知りません。時折モンやまが寂しそうにしていたり、必死に甘えてきているのを知っていましたが、歩み寄り方が分からなかったのです。
     日に日に元気がなくなっていくモンやまを何とか元気付けようと、外に遊びに行こうと提案するとモンやまはぱぁーっと表情を輝かせて「ヤッ! ヤッ!」と嬉しそうな声を出して大和くんに笑いかけてきます。その姿を見て今まで感じた事のなかった感覚が体をくすぐります。
     きっとこの時大和くんはモンやまを愛おしく思ったのでしょう。でもその感情の名前をまだ知らなかったのです。
     公園に着くとモンやまはそれはそれは楽しそうにしていました。
    「連れてきてよかった」
     わくわくしているモンやまを見て大和くんも嬉しくなります。遊具に下ろし「いっておいで」楽しんできてね、と気持ちを込めて優しく言いました。大和くんにとってはこれが今は精一杯でした。
     でもモンやまはその言葉を聞くとしょんぼりとして、とぼとぼと遊具へ向かって行きます。
    「どうしたんだろう……」
     大和くんも心配になりましたが、遊具で遊んでいるモンやまを見て『杞憂だったか?』と考え直しました。
     それでもモンやまの表情が引っ掛かります。
     引き取ると決めてからモンの専門書を読み漁りましたが、今の所その知識は役に立っていません。書いてある通りにモンたちは動かないのです。モンたちは人間と同じくらいの知能を持ち、同じように感情があるのですから当たり前です。大和くんが一番知りたいモンやまの気持ちについても、一ミリも役に立たないのです。
     うーんと頭を悩ませ、考えに耽っているとモンやまの姿が見えなくなっていたのでした。
     暫く探してみましたが見つかりません。大和くんは焦る気持ちを落ち着かせ周りを見渡しました。人気の遊具にはモン達がきゃっきゃっと騒ぎながら楽しく遊んでいます。そこから反対側の遊具はあまり人気がないのか、ひっそりと遊具が置いてありました。その場所が妙に気になり大和くんは歩みを進めたのでした。
     
     楽くんは駆けていくモンがくを追いましたが、あまりの足の速さに見失ってしまいました。
    「モンがく、どこいったんだ?」
     名前を呼びますが出てくる気配がありません。
     始めは全く懐かなかったモンがく。ずっと一緒にいた人間に捨てられて悲しみも深かったのでしょう、楽くんへの攻撃的な態度には『もう裏切られたくない』と言う心の声が含まれていました。
     楽くんは諦めずにモンがくと向き合いました。その甲斐あって、今では楽くんが信頼し心を許せる安心出来る場所になったのです。
     楽くんは背中をピタッとくっ付けて、気持ち良さげに寝息を立てるモンがくの姿が可愛くて仕方がありません。モンがくは他のモンのようなスキンシップは苦手なようですが、遊具に来ると周りのモンと同じように楽くんの手を引いて「ガッガッ」と弾んだ声を出します。遊ぼ遊ぼと連れ回されますが、楽しげに揺れる尻尾を後ろから見るのが好きでした。
     それなのに、今日は一目散にどこかに向かって走っていってしまい、楽くんは呆気に取られてしまいました。
    「おーい、モンがくーどこだー」
     モンがくが大好きなジャングルジムにもブランコにもザイルクライミングにも姿はありません。
    「本当にどこに行ったんだ」
     居そうな場所は探し尽くしてしまった楽くんは肩を落とすと、ふと目の端にいつもは遊ばない遊具が目に入ります。
     人気のない遊具、一度だけモンがくと立ち寄って事がありますが、その時は見向きもしなかった『トンネル』でした。
    (あんな所にいないよな)
     そう思いつつどうも気になり、確認するだけしてみるかとその場所に向かったのでした。
     
     大和くんはしん、と静まり返っている遊具の前につきました。
     両サイドに穴が開いている『トンネル』です。
     中からも特に物音はしませんでしたが、片方の穴から中を覗いてみました。中には二つのもふもふが寄り添っていました。気持ち良さげな寝息が二つ聞こえます。片方はよく見知った緑のもふもふもう片方は灰色のもふもふでした。
    「「え、どちらさま?? ……は?」」
     思った事が自然と口から出てしまいましたが、自分以外の声も重なって聞こえました。声が聞こえたのは自分がいる反対側のトンネルの入り口からでした。
     顔を上げると向こう側の声の張本人も大和くんと同じタイミングで顔を上げました。意思が強そうな澄んだ灰色の瞳と目が合います。
     その人の容姿は人を一瞬で惹きつけるほど美しく、綺麗な瞳が顔の良さを引き立てています。大和くんもその人の魅力に引き込まれましたがすぐに意識を戻しました。
    「この子はあなたのモンですか?」
     灰色のモンを見て尋ねました。
     
     楽くんはトンネルに辿り着くとすぐ中を覗きました。そこにはモンがくに寄り添うように緑のモンがくっ付き気持ち良さそうに一緒に眠っています。
    「「え、どちらさま?? ……は?」」
     見たことのない緑のモンに投げかけた言葉に自分の声とは違うもう一つの声が重なりました。その声の発信源は向こう側のトンネルの入り口からでした。顔を上げると同い年くらいの青年がこちらを見つめています。
     青年はハッとした後モンがくを見て楽くんのモンか尋ねてきました。問いかけに頷くと「すみません、うちの子が……」と申し訳なさそうに言ってきました。
     かけている眼鏡の奥の瞳は鋭さがあり少しキツい印象を受けましたが、落ち着きのあるリズムで発せられる柔らかい声は心地良く感じました。
    「いえ、こちらこそ」
     楽くんがそう返すと青年はぺこりとお辞儀をしてからトンネルに手を入れて緑のモンをちょんちょんと突きました。
    「モンやま、起きろ~眠いなら帰ろう」
     青年は控えめに声を掛けました。自分のモンなのにどこか余所余所しい青年の態度を疑問に思いつつ「モンがく、帰るぞ」と少し強めに揺さぶりました。
     
    「ガガ……」
     モンがくは強い揺さぶりに夢から覚めるときゅきゅっと目を擦りました。
    「モンがく帰るぞ」
     楽くんの特徴的な甘く低い声がモンがくを呼びます。
    「ガ~」
     モンがくはイヤイヤと体を震わせるとモンやまにしがみ付きました。
    「ヤヤッ」
     モンやまは大和くんの声にも反応せずにスヤスヤ寝ていましたが、モンがくが抱きついてきた衝撃で目が覚めました。モンやまはびっくりしましたが、モンがくの温もりは体に染み渡り心を満たしました。モンやまもモンがくに抱きつきました。
     楽くんも大和くんもそれぞれのモンに「帰ろう」と語りかけますが、モンがくもモンやまも動く気配がありません。
     楽くんは、はぁと息を吐いてから大和くんに話しかけます。
    「なぁ、うちのモン頑固でさ、こうなると動かないんだ……アンタさえよければまたここで会わないか? 次も会えるって分かれば動くと思う」
     大和くんは楽くんの提案にすぐに乗る事が出来ませんでした。モンやまもモンがくと離れたくない様子で次も会うと言えば喜ぶはずです。
     でも大和くんは今まで人との関わりを極力避けていました。そのため楽くんとの繋がりが出来る事に不安を覚えたのです。
    「えっと……」
     大和くんがモンやまの事を思いその不安と戦っているとモンやまとモンがくが手を繋ぎながらトンネルから出てきました。モンやまは大和くんが迷っている事に気付き困らせたくない思いから『帰る』と決めたようです。
     モンがくはモンやまを大和くんの前まで連れて行きました。
    「ガガ……」
    「ヤヤ……」
     モンたちは悲しそうな声で言葉を交わし、暫く見つめ合ってから繋いでいた手を離すとモンがくは楽くんの元に戻って行きます。
    「ヤ……」
     モンやまの声に涙の色が滲んでいます。その声を聞いて大和くんはやっと決断しました。
    「あの! 次も会いましょう。そちらがご迷惑でなければ……」
    「ヤッ!?」
     モンやまは大和くんをうるうるの瞳で見つめます。
    「つ、次も会えるから泣くなって、な」
     大和くんは慣れない手つきでモンやまを優しく撫でました。ぎこちない手のひらから伝わる大和くんの優しさにモンがくから感じたものとは別の温かさを感じ嬉しさのあまりその手にキュッと抱きつきました。
    「なんか似た者同士だな……なぁモンがく」
     楽くんはその二人の姿を見てモンがくに話しかけます。
    「ガッガッ!」
    「痛っ! モンがく嬉しいからって噛むな!」
     モンがくもモンやまに会える事が嬉しくて嬉しくて楽くんの指を掴むとそのままガブリと噛みつきました。もちろん甘噛みですが、それでも痛いものは痛いのです。
    「お前、その癖なおせよ! あの緑のモンにも同じことするのか?」
    「!?ガ……」
     モンがくはモンやまを引き合いに出されると途端に大人しくなります。
    「すっかり惚れ込んでるな……」
    「ガガ~」
    「モンがくもそんな反応することあるんだな」
    「ガッ!」
    「だから痛いって」
     モンがくは楽くんの言葉の一つ一つに反応します。モンがくが我儘な態度を取ったり、楽くんの言葉に怒ったり喜んだり恥ずかしがったりするのは二人の間に信頼があるからです。
     そのやり取りを見て大和くんは「仲良いな……」と呟きました。
    (俺もモンやまとあんな風になれるのか)
     未だに手のひらの中に収まっているモンやまをチラリと見て、もう一度優しく撫でました。
    「なぁ」
     楽くんが大和くんに声を掛けます。
    「俺は八乙女楽、こっちがモンがくだ。よろしくな」
    「あ、俺は二階堂大和です。この子はモンやまです。こちらこそよろしくお願いします」
    「ガッ!」
    「ヤ~!」
     モンたちの嬉しそうな声に二人の口が自然と弧を描きます。ひと通り次会う日取りを決め、連絡先を交換し楽くんとモンがく、大和くんとモンやまは公園を後にしたのでした。


    (中略)

     大和くんは楽くんの隣に座りました。
     隣同士、互いの肩が触れそうで触れない程近い距離に大和くんが座っています。隣から漂うユーカリとレモンのシトラスグリーンの香り。いつも使っていて嗅ぎ慣れているシャンプーの香りを大和くんから強く感じて心拍が早くなります。
    「八乙女はまだ風呂入らない?」
    「あぁ、ほうじ茶あったかいの入れ直したからこれ飲んでからにする」
    「そっか……なぁ、一つ聞いても良い?」
    「ん?なんだ?」
    「モンがくと一緒に暮らしてどれくらいになるんだ?」
     慎重に聞いてくる大和くんに重たい内容だったらどうしようと身を構えましたが、案外普通の質問に力が抜けました。
    「いや、まだ一年も経ってねぇよ。モンがくは……その……前付き合ってた人と一緒にいたんだけど、色々あって俺んとこに来たんだ」
     楽くんは好きな人を前に元カノの話はどうなんだ、と思いましたが正直に話しました。大和くんは特に気にする様子もなく、それはそれで少し複雑です。
    「ふーん、でもモンがくも八乙女に似て積極性あるし、きっとすぐに打ち解けたんだろ?」
    「いや、モンがくはどちらかと言うと内にこもるタイプだ。今は少しマシになったけど、すげぇビビりだし臆病だし、人見知りもモン見知りもするし……仲良くなればグッと行けるのに、そうなるまでに時間が掛かるし……あ、モンやまは例外な!」
     大和くんは出会って感じてたモンがくと楽くんが語るモンがくの印象が違い驚きました。
    「でもその分優しくて、繊細で……これ見てみろよ、モンがくに引っ掻かれた時に出来た傷なんだけどさ……そん時にモンがくも爪折れちまって、痛いはずなのにずっと俺の心配してたんだよなぁ……」
     楽くんの左手首には大きな線が横に入っていました。深い傷だったのでしょう、未だに傷痕はぷっくりと赤く盛り上がっています。言われてしまうとその傷痕に目が行くのに、大和くんは言われるまで気付いていませんでした。楽くんは懐かしそうにその傷痕をなぞっています。
    「でもこれのおかげでモンがくと仲良くなったんだ。その時折れた爪も取っておいてある。見ると思い出すよなぁ」
     どこか優しげででも少し悲しそうな目線は、その傷痕の先にモンがくを見ているようでした。これまでにも色々な事があったんだと、その目が訴えています。
    「八乙女もモンがくも似てる所たくさんあるな……」
    「え?」
    「優しくて繊細、なとこ」
     積極性の裏にこんな一面を隠し持っているなんて、知れば知るほど楽くんは魅力的な人間で惹かれるものがたくさんあります。


    (中略)


     モンがくはずんずん進むモンやまを見ました。迷いなく、周りを怖がる事なく歩くモンやまはやっぱり元野良モンだと確信していました。モンがくは一歩一歩、歩を進める度に周りを警戒してキョロキョロとしています。
    (どうしてこんな事になったんだろう)
     思い返せばモンやまが大和くんの所に行くと言ったのも、モンがくが抱いた『恐怖心』のせいでした。
     
     モンやまはモンがくが来るのを楽しみにしていました。モンがくのお家にお泊まりした帰り道に大和くんが「今度モンがくがうちに泊まりに来るから」と言っていた『今度』が今日だからです。
     でも一つ引っかかる事がありました。お泊まりした日の朝、モンがくの様子がおかしかったのです。話し掛けても上の空で、モンやまが帰る時も寂しがる様子が見られなかったのです。でも今日はきっと元気になっている、そう思って待っていましたがお家にやって来たモンがくはあの日別れた時同様元気がありません。
    「ヤヤ!」
     モンやまはモンがくに近づいて声を掛けますが、やはり元気がなくプイッとそっぽを向いてしまいました。
    「ヤヤ?(モンがく?)」
    「……。」
    「ヤヤ?(具合悪い?)」
    「……。」
     モンやまはめげずに話し掛け続けます。モンがくは大和くんと仲良くなれず、毛玉で悩んでいたモンやまの近くでずっと寄り添ってくれた大切なモン友です。モンがくが悩んでいたり元気が無い時は力になりたいとずっと思っていました。
    「モンやま、モンがく、俺も仕事行ってくるな」
    「ヤッ!」
     大和くんも仕事に出てしまい、モンがくとふたりきりになってしまいました。
     いつもらな一緒に遊んだりくっ付いてお昼寝をしたり、大和くんが準備してくれたご飯を仲良く食べたり……。でも今日はそれが出来ません。
    「ヤヤ!(モンがく!)」
    「……。」
    「……ヤヤヤ?(モンやまのこと嫌いになった?)」
     小さい声で尋ねました。モンがくは飛び起きてモンやまを見ました。キラキラ光る涙を溜めてモンがくを見ています。


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    kiyu_1v

    MOURNING前に書いていたお話が出てきたので供養。
    設定とか細かく決めてたし書こうと言う意思はあったんだと思うけど…設定のメモどこ行った?状態なので思い出したら続き書きます。
    タイトルはしっかりあったので、人間8と猫のような犬(オオカミ)な獣人2の話を書きたかったんだねと言うことはわかった。
    中身はお犬さま「あんたが俺を予約した八乙女楽ですか」
    会って第一声がそれかよ、と俺は顔をしかめた。

    目の前で不機嫌さを隠しもせずに問いかけてきたこいつは二階堂大和。
    鋭い目つきに少し薄い唇、背丈もあって程よく付いた筋肉、どう見ても人間の男。今日から俺はこいつと一緒に住む事になる。

    「予約って、まぁ俺が二十歳になるのを待ってもらったのは事実だが…これからよろしくな二階堂」
    「はぁ、これからって言ってもまだお試し期間ですよね」
    「まぁな、俺はすぐにパートナー契約を結びたいって言ったんだけど施設長の大神さんにそこはキッチリしてくれって言われてさ」

    二階堂は俺の言葉を聞くと「ふーん」と言ったきり何も話さなかった。興味があるのかないのかよく分からないが俺にとっても二階堂にとっても重要な事だ、もう少し聞いているフリの一つでもしてくれないだろうか。
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