魔法少年と悪の参謀が恋に落ちる確率は限りなくゼロに近いけれどゼロではないのならば、それは、 侵略、搾取、蹂躙、この世の悪の限りを尽くし生きて来た。そしてこれからもそうするつもりだった。それ以外の生き方を知らないのだそれは仕方ない。今日も自分とは縁もゆかりもない土地に降り立ち、どうこの地を攻めるか考えていると後ろから足音が聞こえて来た。
「悪の組織め! 今日こそ容赦しないぞ!」
そこに現れたのは何度も相対している、こちらの野望を阻止せんとする存在、いわゆる魔法少女――目の前の自分より幾分小さい存在はどこからどう見ても男の子だからこの場合は『魔法少年』だろうか。何度力の差を感じても懲りないのか、と呆れてしまう。今日こそは永遠に自分の目の前から退場頂こう、そう思って罵詈雑言でも浴びせるかと口を開く。
「やぁ悠仁! 会いたかったよ! お腹は空いていないかな? 今日はね、お土産に肉まんがあるんだよ」
「やったー! 夏油さんいつもありがとう!」
ぴょんぴょん嬉しそうに飛び跳ねる目の前の存在は魔法少年こと虎杖悠仁、彼は私の敵である。敵でなければいけない存在。
――それなのに何の因果か私は彼に惚れてしまっていた。
◇
この世に生を受けた時から悪のエリート一家に生まれ、悪行の限りを尽くし、ついに悪の王の右腕とも言える参謀の地位にまで登り詰めた。
以前から魔法少女という存在は知っていたからいつか対峙するだろうとは思っていた。だが付近一帯の土地を焼き払おうとする私の前に現れたのはフリルのついた服を着ているが、短く揃えられた髪、程よく筋肉の付いた肉体、凛々しい眼差し、どこからどう見ても少年だった。スカートではなく短パンにノースリーブという出で立ちだがヤンチャそうな見た目なのにフリルの沢山ついた服を着ている様はどこかチグハグで、こんなイレギュラーな存在もいるのかと一瞬惚けていると目の前の少年は声を張り上げた。
「勝手に土地焼いちゃ駄目でしょうーが‼︎」
――いわゆる一目惚れだった。
だってしょうがないじゃないか。目の前の存在は見た目こそおかしいが真っ直ぐな瞳で明らかに格上の相手に正論を説く様なイカレ具合で、今まで畏怖され遠巻きにされて来た私にこんな真っ直ぐな瞳を向ける存在はいなかった。だからしょうがない。惚れてしまったってしょうがないのだ。
ぼんやりと悠仁と出会った時の事を回想しながら目の前の肉まんを幸せそうに頬張っている存在を見ると幸せな気持ちになってしまう。麗らかな天気の良い昼下がり、公園のベンチで横並びになり肉まんを共に頬張る様子はとても平和だ。我々は敵同士なのに……! という思いもあるが悠仁は素直で優しい性格だから何回か会えば懐かれてしまった。……そんなにゆるくて大丈夫なのだろうか。
「すっごい美味しい! 夏油さんありがとう!」
「ふふ、それは嬉しいけれど私達は敵同士なんだよ? それ毒入りかもしれないし悠仁ころっと死んじゃうかも知れないよ」
自分ばかり振り回されている現状に意趣返しとばかりに嫌味を言うと悠仁は一瞬ぽかんとした顔を浮かべた後朗らかな笑顔を浮かべた。
「でももう4日水しか口にしてなかったし、どっちにしろそろそろ死にそうだったから!」
「……人間って食べないと死ぬんじゃなかったっけ」
「うん。死ぬね」
あっさりと言う悠仁は良く見ると以前より筋肉量が減った気がし、育ち盛りだろうにもっとお食べと私は残りの肉まんを全て悠仁に渡す。
「えっ良いの⁉︎」
「沢山食べなさい……そもそも何でそんなになってまで魔法少年やっているの?」
「お金貰えるから!」
ペカーと効果音が付きそうな位清々しい顔で言い放った悠仁は目の前の肉まんに夢中である。悠仁に気付かれない様に私は小さく息を吐く。魔法少年って給料制なのか? 夢がないなと思ったがこちらは夢を壊す存在だ。その悪の存在にそう思われるって最近の魔法少年界隈はどうなっているんだ。だが、これは好都合かも知れない。私はこの感情を一時の過ちだと思っているから悠仁が魔法少年を辞めて接点が消えれば、この恋だの悪の存在には不似合いな感情は消えるだろう。よし、得意の口車で悠仁に魔法少年を辞めさせよう。
「でも辛くないかい? 痛い思いもするだろう。もっと楽に稼げるバイトだってあるだろう」
「確かに魔法少年って良い事ばかりじゃないよ。痛い事も辛い事もあるし、俺筋肉あるのにこんな格好しているから笑われる事もあるし」
「……じゃあ!」
「でも、夏油さんに会えたから」
「は、」
「夏油さんに会えるから辛くないよ」
先程までの笑顔とは種類の違うはにかむような笑顔に私の心臓は撃ち抜かれた。流石魔法少年! 強力な精神攻撃だ! と私は未だかつて感じた事のない位早く活動する心臓を諌める為左胸を抑えた。畜生今日のところは完敗だ!
◇
「魔法少年よ。今日こそは覚悟して貰おうか! ちなみに今日のおやつはケバブだよ!」
「わ〜〜〜……ぃ……」
「悠仁⁉︎」
いつもの公園でいつも通りお土産持参で会いに向かえば出会い頭に悠仁はフラリと倒れた。また空腹なのかとケバブを食べさせながら以前にも感じた疑問がまた浮かんできた。
「そもそも何でそんなにお金ないの? 魔法少年以外にもバイトしていると言っていたよね?」
「先生に全部管理して貰っていて……」
「先生?」
「俺を魔法少年にしてくれた神の御使いなんだけど先生って呼んでる……『僕と契約して魔法少年になってよ!』って誘われて」
「それ絶対最終的に魂が濁るやつだよね。そいつと縁を切りなさい」
「……俺さ、親いなくてさ、親替わりのじいちゃんもこの前死んじゃって、じいちゃんと住んでた家も地上げ屋に取られそうになった時に先生が現れて『お金欲しいんでしょ? 魔法少年になればお金入るよ』って言ってくれて……」
「……悠仁」
「まぁその後、先生と地上げ屋がグルだったって判明したんだけど」
「縁を切りなさい!」
へへと笑顔で誤魔化す悠仁は多分自分からその怪しい存在と縁を切る事は出来ないだろう。優しくて情が深くて、そして寂しがり屋だ。その先生とやらに絆されているのだろう。ケバブを頬張る悠仁を見ながらやはり魔法少年を辞めて早々にその先生との縁を切るべきだと思う。
「悠仁、やはり魔法少年を辞めるべきだよ。君には向いていない」
「……俺辞めないよ」
「悠仁……」
「俺にしか出来ない事だし……それに夏油さんに会えたから……」
「……っ、次に会う時には殺し合う事になるかも知れないんだよ」
「それでも、俺は……!」
「ちなみに、次会う時何食べたい?」
「あ、え、お構いなく?」
悪の参謀と魔法少年の私達だが今日も我々は殺し合わなかった。出来ればこのまま平和に君と過ごしていたいとまで思ってしまう私は悪の参謀失格だろうか。
◇
何故こんな事になったのだろうか。私は数時間前の記憶を掘り起こす。確か私の部下が街にスライムを投下すると言っていた。それにGOサインを出したのは私だ。その作戦自体には何の問題もなかった。なかった筈なのだ。そのスライムに襲われているドロドロのデロデロになっている悠仁を見るまでは。
「っは、や、んぁっ! 何だこれベタベタする……っ」
「これは全年齢なんだよ!」
しまった。混乱のあまりメタ的発言をしてしまった。落ち着け。落ち着くんだ。冷静沈着で冷酷な悪の参謀という自分を見失うんじゃないと自分で自分を鼓舞しながらメラゾーマをお見舞いすれば自分の部下が放ったスライムは霧散した。
「君は一体何をやっているんだ」
「ごめんなさい……ケホッ」
スライムまみれの悠仁は所々服が溶けていてそんなエロ同人みたいな事あるか? と思うがとりあえず目の毒なので大きいだろうが自分の上着を着せるがブカブカでもっと目の毒になってしまった。今日は本当に何て日だとなるべく悠仁から目を離すと、私のシャツの袖先をギュッと握られた。
「ごめんなさい……迷惑かけて」
「いや、まずスライムを投下したのこちらだし……我々は敵同士だからね……とりあえず家まで送るよ」
そう言うと悠仁は無言で頷いた。トボトボと歩く悠仁の隣に連なって歩くが今になって敵に家を知られても良いのかという疑問が浮かんできたが、それよりもさっきから悠仁の口数が少ない事の方が気になってしまう。どこか怪我したのだろうか、それともスライムが気持ち悪過ぎたのだろうか……チラリと横目で伺うと悠仁もこちらを見上げていて視線がかち合う。
「……失望した? スライムにすら手こずって弱過ぎて」
「……いや、そんな事は……」
「言い訳なんだけど、俺打撃系だからスライムとかグニャグニャしたのに効かなくて……」
「魔法少年なのに打撃系なのかい?」
「うん、魔法でバフ掛けるかんじでベースは打撃」
「……今更だけど私達敵同士なのにそんな手の内を明かして良いのかい?」
「へへ、そうだったね」
ニシシと笑う悠仁は幾らか元気が戻ったようで、もしかしてさっき落ち込んでいたのは私に失望されたと思っていたからなのかと思うと、可愛過ぎて電柱に頭を打ちつけたくなったが我慢すると悠仁の家に着いたようだった。年季の入った木造建築の平家だが悠仁とお祖父さんが過ごして来た家だと思うと聖域の様に感じるから不思議だ。悠仁が上がって上がって! と言うから緊張しつつその玄関に足を踏み入れる。家の中も年季の入った様子だが大事にしてきたのだろう隅々まで行き届いた掃除に愛着を感じる。そして、聖域の中でも一番の聖域であろう居間に足を踏み入れると、
「あ、悠仁おかえり〜スライムみたいな雑魚に手こずり過ぎでしょ。エロ同人みたいになってたよ。あれ? 参謀までいんじゃん。いらっしゃいショタコン。マジウケる」
足を踏み入れると、そこにはクズが居た。
まごう事なくクズだった。
居間の中心に置かれた年季の入ったちゃぶ台の上にこれでもかと言う程お菓子やスイーツの空を広げ寝そべりながらパソコンで動画を見ている男は、浮世離れした見た目をしていた。白銀の髪に青い目、顔面の全てのパーツが理想という位置に配置され世間一般ではイケメンという部類にあたるだろう。寝てはいるがおそらく私より長身であろう体躯を弄び畳の上でゴロゴロしているこのクズは、おそらく悠仁が言っていた『先生』という御使いであろう。
で、あれば私がする事はただ一つ。
「メラゾーマ!」
「あっはは! 残念でした! 僕マホカンタ使えるからね!」
「くっ……!」
「ぎゃー! 二人何してんの! 家が!」
私が放った渾身の呪文は反射され咄嗟に避けた為奥の襖がひしゃげてしまった。それに関しては申し訳ないから後で直すとして問題は目の前の存在だ。
「悠仁、僕悪くないよね? 先にやったのはあっちだし」
「はいはい。てかこんな散らかさんでよ。もー」
「いやー頭使ってたら甘い物欲しくなって!」
「何してたの?」
「はい! 見て! スライムに襲われる悠仁の動画! 上手く編集したから素人モノとしてマニアに高く売れるよ!」
「……え?」
先生とやらがこちらに向けるパソコンの画面には先程スライムと戦っていた悠仁が映っている。編集したのだろう色々な角度からのアングルで映し出されており『んっ……! やだぁ、気持ち悪……ひゃ⁉︎』という悠仁の音声付だが撮影をしていたのなら悠仁を助けろよと敵ながら思っていると横に居る悠仁が私の指をギュッと掴み半泣きでこちらを見上げた。
「夏油さん……俺えっちな動画にして売られちゃうの……?」
「メラガイアー‼︎」
私に出来る事はただ一つ、先生という名のクズとパソコンを消し炭にする事だけだった。私史上最大出力と最高のコントロールを記録した呪文はクズとパソコンに命中しパソコンを消し炭にする事には成功したがクズの方は『ふふ、僕は死という概念がないから何度だって再生するよ。また来るね悠仁〜』という癪に触る声が響き渡り舌打ちをすると私の体に圧迫感を感じた。
「夏油さん……ありがとう」
私に抱き付いた悠仁が私の上着を着たまま涙目で頬と鼻の頭を赤くさせながらこちらを見上げふにゃりと微笑んだ。もうそれだけで何もかもどうでも
良くなってしまうから恋という物は怖い。
「あのねぇ、私達は敵なんだからね」
「へへ、そうだったね」
どうか、どうか、この愛おしい存在が傷付く事がないように、もし傷付くとするならばその傷は私が与える物であると良いなとその体を抱き締め返した。