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    itati_266

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    itati_266

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    主従バディ吸血鬼パロ 全年齢

    無題「今日も、ダメか」
     軽い袋を手にして少女が呟く。どこも全く取り合ってくれず、収穫はない。ルナティックは少し唇を噛み、帰路につくことにした。
     その家はこの街にしては治安のいい通りにある。大きな家だが、住んでいるのは2人。家主の19歳の少女と、居候の35歳の男性。少女は彼のために街を駆けずり回って帰ってきた。
     パチ、とリビングの電気を付けるとソファの上で大きな体が薄手の毛布に包まれて丸まっている。明かりに反応したのか、ルナティックが部屋に入るともぞりと動き、体を気だるげに起こした。
     男は少女よりもかなり体格も良く、身長も高い。ぼさぼさとした黒髪は肩甲骨の下まで伸びて、目つきは少し悪い。かなりがっしりとした見た目の割に、眠たげに半開きになった目とゆったりとした動作がちぐはぐさを感じさせる。
    「お帰りなさい、ルナティック」
     弱々しく男が声を出す。顔は少し青みがかっていて、不健康さを感じさせる。
    「ただいま、アキトくん。すまない、手に入らなかったよ」
    「いえ、お気になさらず」
     申し訳なさそうにルナティックが言うと、アキトと呼ばれた男がこれまた申し訳なさそうに応える。男は穏やかな笑みを浮かべてはいるが、どうやら衰弱しているらしい。
    「……もう、明日で7日も飲んでいない。死んでしまうよ、アキトくん」
    「その時はその時です」
     そう言うアキトの口からは白く鋭い牙が覗いている。彼は吸血鬼だった。アキトが人の血をまともに飲んでいるのをルナティックが見たのは6日前。彼らにとって水のように重要なそれらを、6日も摂っていない。正に死にかけで、昼間動くことどころか夜でも足取りが覚束無い。人智を超えた力を持つといえど、彼らも生物の1種だ。勿論血をずっと摂らなければ死んでしまう。
     アキトは以前は他人を殺して血を飲んでいたらしいが、ルナティックがそれを止めて家に連れてきた。今は輸血パックを買っているのだが、これが元々高額なうえ、最近入手が難しい。どこでも不足しているようで、どんなに人を回っても手に入らないのだ。
    「やっぱり私の血を飲んだらいいんじゃないかな」
     ルナティックは前々からアキトに提案し続けていたことを口にする。聞くところによると、1人からでも血を毎日少量ずつ飲めばある程度安定した生活が送れるらしい。ところが、アキトは提案する度に断るのだ。そして今回もそうだった。
    「いえ、それはしません」
    「どうして?」
    「ルナティックを私のために傷つけるなど言語道断です」
     ……と言っているが元々アキトは殺人鬼でもあったはずなのだ。柔らかい部分に噛み跡をつけるどころではなく、噛みちぎり、肉を裂き、骨を折砕き、血を余すこと無く啜ってぐちゃぐちゃの肉塊を残す、そんな殺人鬼。そんな一面を孕んでいた彼が、何故こうも過剰に私に遠慮をするのだろう、とルナティックは少し不思議だった。勿論人を傷つけようとしなくなったことはいいのだが、死にかけの時くらい自分を優先してほしい。そうでないと本当に死んでしまう。
     はあ、とルナティックは息をつき、ポケットからカッターを取り出す。
    「そういうことなら私にも考えがあるよ」
    「……ルナティック?」
     焦ったような声を出すアキトに構わず、右手の人差し指に刃を当てて浅く切る。直ぐに傷口が赤い線で浮き上がった。
    「あー、指を切ってしまったなー
     !」
     ルナティックは態とらしく言い、アキトに指先を向けた。
    「ッ、すぐに消毒と手当を」
    「それは後でいいよアキトくん」
     プツリとと切れた皮膚からは今にも血の雫が落ちそうだ。そんな人差し指を、ルナティックはアキトの薄い唇にとんと当てる。目を見開いたまま、唇を引き結んで固まっているアキトにルナティックは語りかけ始めた。
    「もう切ってしまったし、ほら、少しだけでも飲むんだよ。いいって言ってるんだからいいんだ」
     口を開けるわけにもいかず、目を泳がせているアキトに痺れを切らしたのか、ルナティックが唇に血を擦り付けるように指を動かした。血の匂いが鼻腔に広がっていくのだろう、ぴくぴくとアキトの瞼が震えている。膠着状態を抜け出そうと、彼が首を振って顔を逸らすが、抵抗には力がない。唇には血が付いたままで、目がどろりと欲に蕩けていく。
    「飲んでくれアキト」
    「……すみません」
     厚みのある舌が唇に付いた血を舐め取り、ルナティックの白く細い指先と触れる。ひどく飢えていたのだろう。一滴も逃さないと指先を柔らかく食んで啜り始める。
    「っ……ふ……んっ……」
     アキトが時々口を少し離して息を吸い込むのを見ながら、ルナティックはふっと安心したようにため息をつく。少しの間見守っていると、満足しきれないのか血を押し出すように指先を甘噛みし始めた。目は完全に欲を満たす悦びに溶けているが、まだ僅かに理性を保っていることが噛む力の弱さで分かる。そろそろ止めた方がいいだろうとルナティックが冷静に結論づけた。
    「アキトくん、そろそろ口を離してくれるかい」
    「っ、は……あと、少しだけ……」
     濡れた唇と熱っぽい目が訴える。少し困り顔でルナティックは窘めるように言った。
    「また明日飲んでいいから、今日はもう終わり」
     渋々といった様子で指を口から引き抜く。名残惜しそうに糸を引く唾液を、アキトはぺろりと舐め取った。その仕草はどこか艶かしい。
    「……ありがとう、ございます」
    「どういたしまして」
     手を口元に当てて礼を述べるアキトにルナティックは笑いかける。しかし直ぐに訝しげに眉を顰めた。
    「その手はどうしたんだい?」
     びっしりと噛み跡の付いた手を指摘すると、アキトはバツが悪そうに目を逸らした。血が出た跡がある噛み跡や鬱血した噛み跡もあり生々しい。
    「……手当しておきます」
    「自分で噛んだのかい?」
     冷えてきた目に静かに問うと、ええ、と僅かに頷く。
    「今度からは自分を噛む前に言うんだよ」
    「……わかりました」
    「じゃあ私は先に寝るね」
     リビングを出て寝室に向かおうとするルナティックをアキトが呼び止める。
    「お休みなさいルナティック」
    「ああ、お休みアキトくん」
     ルナティックを笑顔で見送ったあと、アキトの表情は少し曇った。死は免れたし、力は半分ほど戻ったようだ。しかし、まだ物足りなさがある。抑えなければいけない衝動だと分かっているのだが、体の火照りがもどかしい。何より口に広がる甘い後味が、喉の渇きを思い起こさせる。茹だる脳はルナティックの気配を嫌という程知らせている。誰であれ血液の入った肉の袋なのだと考える悪魔のような自分がどこかにいる。自分の部屋に戻り、厚手のレインコートを羽織る。窓を全開にすると、冷たい夜風が頬を擽った。道に誰もいないことを確認し、体を窓に捻り入れて道に降りる。尚部屋は3階だが、気にする素振りさえない。コンクリートの地面に着地すると、静かに歩き始める。このまま部屋に居たら、ルナティックの血を求めて傷つけてしまいそうだと思って怖くなっていた。それよりかは、他人の血を吸った方がずっとマシではある。ルナティックをいつか失望させてしまうかもしれないけれど。この六日ずっと耐え続けたのが原因か、反動で自制心はほとんど麻痺していた。気づけば裏路地を歩いている。ルナティックの血の味を思い出してしまう。ひどくさっぱりとした甘みと、それでいて中毒性のある鉄の味。自分の重く深い鉄の味とは大違いで、例えるなら上質な甘口のワインだろうか。飲みやすくすぐに酔いが回る。
     そこまで思い返したところで、ぴたりと足を止める。研ぎ澄まされた聴覚が、微かに足音を捉える。
    「ふ」
     息を短く吐き、大きく飛び退る。サプレッサーから空気の抜ける音が空気を震わし、弾丸が横を通過していく。間髪入れず放たれた二発目の銃弾を体を沈めて躱し、人間離れした速さで間合いを一気に詰める。
    「化け物が」
     そう吐いた若い男の声に構わず、アキトは躊躇なく拳を振るう。男は咄嗟に身を捩って避け、素早く距離をとった。アキトの目が動きをずっと捉えている。しかし万端でないせいか、体が追いついていない。
     それに男も気づいたのか、口端を歪め笑った。
    「弱ってるな、お前」
    「……黙れ」
    「他に比べてキレがない」
     そのことを自覚はしていた。血が足りていればこんな男すぐに捻り潰せるのに。男が銃を構えて連射する。培った経験則で体に鞭打って避ける。体力が削れていくのを感じた。
    「ほらよッ!」
     男がアキトの腹を蹴り上げる。勢いよく飛ばされ、壁に叩きつけられた。息が詰まる。咳込みながら、体勢を整えようとするが、男はその隙をついてアキトに近づき、床に叩きつけて押さえ込んだ。
    「が、はっ」
    「もうお前らの時代は終わったんだよ、絶滅危惧種」
     暴れようとするアキトを押さえつけて男が言う。銃口を頭に突きつけながら、口を開けろと促した。
    「……殺すならさっさと殺したらどうですか」
    「生け捕りにできるならした方がいいに決まってるだろ」
     強引に口に指を入れられて喉奥を無遠慮に触られる。ごぽ、と喉奥から湧き上がってきた吐瀉物に赤が混じっているのを見て、男が顔を顰めた。
    「誰の血だ、答えろ」
    「言いません」
    「調子に乗るなよ……五体満足でいたければ言え」
     男の鋭い視線が刺すように注がれ、アキトは唇を噛み締めて、血混じりの唾を吐き出した。
    「……クソ野郎」
    「いい度胸じゃねえか」
     再び喉奥を探ろうとする手を払って、力を振り絞って抵抗する。男の顔に苛立ちの色が滲んだ。
    「っ、この……っ」
    「っぐ……」
     吸血鬼は元々人智を超えた力を持つ。弱っていても、その力の差は歴然としている。いくら不利な体勢であろうとも、アキトの方が優勢であることに変わりはなかった。
    「いい加減にしろっ!!」
     アキトが首筋に歯を立てようとした瞬間、男はアキトの横っ面を殴る。鈍い音と共に、アキトの頭が横にぶれた。
    「はぁー……」
     長いため息をつくと、倒れたアキトの後頭部を踏みつけ、銃口を向ける。
    「っ……」
    「これ以上痛い目見たくないなら大人しくしていろ」
    「……」
    「もう二度と巫山戯た真似するんじゃねぇぞ」
     がちゃん、と後ろ手に手錠がかかる。そのまま引きずられるようにして連れていかれそうになった時だった。
    「そこまで」
     聞きなれた少女の声が響く。男が勢いよく振り返ると、月明かりに照らされて茶髪が揺れていた。握られた拳銃は男の胸に正確に照準を合わせている。
    「アキトくんを解放してもらおうか」
     男は低く舌打ちし、アキトの腕を掴んでいた手を離す。
     ルナティックは照準を外さないまま、少しふらつきながら近寄ってきたアキトの前に立った。
    「大丈夫かい?」
    「……すみません」
    「謝らなくていいよ、血が足りていないんだろう」
    「…………すみません」
     ゆっくりと後退する2人を男が睨み続けている。ルナティックはふーと息を吐く。
    「飲んでいいよ」
    「……はい?」
    「いいから、早く」
     ルナティックは首を少しだけ傾けた。月光に照らされた白い首筋が覗く。
    「……飲みません」
    「手錠も外せてないじゃないか」
    「それは……」
    「私なら構わない」
    「でも」
    「君の力が必要なんだ」
     必要、という言葉にアキトがぴくんと反応する。
    「……少しだけ、頂きます」
    「どうぞ」
     後ろからルナティックの首筋に牙を当てる。男がおぞましいものを見る目で見ていた。柔い肌を破ると、ぶわりと甘美な血の匂いが広がる。ごくりとアキトの喉が鳴る音を耳元で聞きながら、ルナティックは先程とは比べものにならない速度で血が抜けていくのを感じる。異音と共に手錠のチェーンが捻り切られ、貧血でふらついたルナティックをアキトの手が支える。ず、と牙が離れて、アキトはルナティックの細身の体を丁寧に抱えた。そのまま男を睨みつける。男は額に汗を浮かべつつ、にやっと笑った。
    「応援を呼んである」
    「それが、何か?」
     口の周りについた血を丁寧に舐めとって、アキトが軽く地面を蹴る。男は銃を連射するが、そこにアキトの姿は無い。男が気がつくと片手で壁に叩きつけられていた。足が浮いている。
    「チートかよ……」
     ぐぱっと開かれた口が男の首に噛み付こうとして、止まった。ルナティックの白い腕が制止するように伸ばされている。
    「殺すのはダメだよ」
    「……はい」
     男が露骨に安心した表情を見せると、アキトは静かに問いかける。
    「仲間を呼んだのですよね」
    「あ、ああ」
    「死にはしませんよ」
     そう言うとアキトは男の右手首を手で掴み、勢いよく牙を沈ませる。そのまま手ごと引きちぎった。
     男の絶叫を背に、咥えた手の肉を多少噛む。不味そうに顔を顰めたあと、口を離した。複数の足音が聞こえる。
    「逃げようか」
    「ええ」
     アキトが跳躍すると、ルナティックを抱えたまま裏路地を走り抜ける。
     先程までが嘘のように、息を乱しもしない。高い金網を一息で飛び越え追っ手を撒く。特に苦労せず家に帰ることができた。
     玄関前でルナティックを降ろすと、アキトが口を開いた。
    「私は」
    「うん?」
    「また人を殺めようとしました。それどころか貴女を危険に晒して……挙句、傷つけて、血を」
    「……冷えるから中に入ろう」
     ルナティックが手をとって引く。しかしアキトは動かない。
    「貴女の傍に居ても迷惑をかけてしまうだけです」
    「さっき助けてくれたじゃないか」
    「元凶は間違いなく私です」
    「いいんだよ、私は君の存在を否定しない」
    「貴女は人間でしょう」
    「君だって、ちょっと力の強い人間なんだろう」
    「……違います、私は」
    「君は化け物じゃない」
     言葉を遮られて怯むアキトに、ルナティックは言う。
    「人間じゃなかったら、痛くないときに泣いたりしないんだ」
    「っ」
     ぽんぽんとルナティックがアキトの背を叩く。玄関扉を開けて、中に入るように促した。ふらりとアキトが入ると、自分も入ってしっかりと戸締りする。
    「おかえり、アキトくん」
    「……ただいま戻りました、ルナティック」
     小さな声で紡がれた言葉に、ルナティックは満面の笑みを見せた。
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