高品家族+もっちゃん(オヤジとオフクロは、オレより仕事が好きなんだ)
すまない、と一言残しバタバタと出て行った両親を見送りながら、龍太郎はそう思った。
当てつけだとは分かっている。医者や看護師という仕事の尊さは、今日12歳になった少年ですらよく理解していた。
(それでも…)
イチゴのショートケーキを一人で頬張る。ケーキボックスの中には龍太郎の分しかなかった。
◇
まどろみから龍太郎を目覚めさせたのはインターホンだった。
ジリリリと家中に響くそれを止めに行こうと玄関へ向かう。
結局昨夜は両親が早く帰ってくるという希望を捨てきれず、リビングにお気に入りのぬいぐるみと毛布、それにゲームを持ってきてダラダラと過ごしていた。
まだだろうか、と待っているうちに寝落ちしてしまったらしい。
肩にかけた毛布もそのまま、モニターを見て誰が訪れたのか確認する。
「はい、はーい…」
「あ、太郎ちゃん!お誕生日おめでとう」
「……もっちゃん!」
急いで玄関の扉を開け、大好きな「もっちゃん」を迎え入れる。
「おはよう、もっちゃん」
「おはよう、太郎ちゃん。…今起きたの?」
龍太郎を見る素子の顔がきょとんとする。
「もう12時よ。ほーら着替えて」
「ええ~、今日学校も休みだしいいじゃん」
「でも出かけるのよ」
「へ?」
次は龍太郎がきょとんとする番だった。
「誕生日のお祝い、いらないの?」
いたずらっぽく笑う素子に対して、龍太郎の頭はハテナがいっぱいだった。
「…もっちゃん、仕事は?」
「今日は一日フリー!」
「ほんと?ほんとにほんと?」
「うん!当たり前じゃない!太郎ちゃんの誕生日祝いよ?」
「…!」
「だから、着替えてらっしゃい」
「うん!」
バタバタと落ち着きなく自室へ走っていく姿は本当に父親に似ている。素子は一人リビングで龍太郎を待った。
まだ彼が幼いころ、3人で選んだ大きなテディベアがソファの上で行儀よく座っていたのでその横に失礼する。
「おっと…」
座ろうとすると、そこには携帯ゲーム機があったのでそっとどかした。
確かこれは「自分から渡すと妻に角が立つから」と龍一に頼まれ、自分が龍太郎に渡したものだ。
結局バレて「龍太郎の目が悪くなったらどうするの!」怒られていた姿は正直可笑しかった。
(お二人ともあんなにすごいのに、子供のことになると……)
今日が休日なのは本当だが、実はここに来る前に電話で呼び出され、一度病院に寄っている。
「私たちと行くより、龍太郎も喜ぶだろう」
そう言われ遊園地のチケットを渡された。おそらく、ずっと前から準備していたのだろう。
あまりにもその姿が寂しそうで、でも、と言おうとしたところ奥様に止められた。
「お願い、安部川さん」
二人とも、昨夜は急病の対応に追われていた。疲労を色濃く残した顔で息子の前には立ちたくないのだろう。
ましてや、誕生日の次の日に。
(……どこかで、拗れないといいけど)
どうか杞憂で終わってくれと、素子には祈ることしかできなかった。