椅子取りゲームは終わっている「この村と、Kの一族について話そう」
ダイニングテーブルには今日も6つの椅子が綺麗に並べられていた。龍太郎と一人は向かい合う形でその椅子に座る。
「はあ……村と、けーの一族……」
龍太郎の頭には「冥土の土産だ、教えてやろう」と魔王が演説している映像が流れていた。
前々から変な村だとは思っていた。深く知ろうとしなかったのは、単に「なにも知らない研修医」というポジションが楽だったからで、決して配慮などではない。
全て聞いたあとに龍太郎の口から出たのは「そうなんスね」という呆けた言葉だけだった。目の前の上司も不真面目な返事だと思ったのか、若干眉を顰めている。
「お前がこれを聞いて、この診療所から出るというのなら止めない」
「……?」
「ただこのことを話したのは村の皆の意見もあって……」
「はあ……」
「聞いているのか」
「え、あ、はい。聞いてます」
お互いなぜか気まずい空気が流れる。なんなんだ、本当に。
「……なんとも、思わないのか」
「えっと、……どっひゃ〜!そんなことが……あ、スミマセンスミマセン」
いよいよピキッという音が聞こえてきたので、居住まいを正して龍太郎は一人と真正面から向き合う。
「だって、みんな頑張ってたんスよね。まあ確かに法律的には……かなり危ないっスけど……。その頑張りを、オレがどうこう言う方が失礼じゃないっスか」
「……頑張り、か」
「ああでも」
「なんだ」
「授け手の皆さんがどんな人だったか教えてくださいよ」
「……」
「オレ、お墓参りぐらいしか出来ないんで」
そう言うと、机に置いていた手をガッと掴まれた。驚いて変な声が出たが、咎められることはなかった。
「ヒッ……せ、せんせえ?かずとせんせ?なんかオレ、変なこと言いましたか?」
「ずっとこの村にいてくれ」
「…………は?」
「お前の人生を決めることは誰にもできない。だから、これは俺のわがままだ。さっきも言ったがこの村を出るなら止めない。だが、頼む」
「…………」
ずいぶんズルいことを言う人だ、と龍太郎は一人の伏せられた顔を見ながら思った。精一杯こちらに寄り添っているつもりなのだろう。
「……オレ、お墓参りはしても、違法な手術なんてしませんから」
「それでいい」
「あと貯め?だって。そもそも献血出来ませんし、オレ」
「ああ」
「ちゃんと妊婦さんたちにも許可とりますから。カルテも……」
「ありがとう」
「なんでお礼言うんスか……」
どうか「今言ったことは全部忘れろ」と言ってくれ。
断っても承諾しても、オレの居場所がなくなることをわかっているのか?
いや、きっとわかっていない。
「なにも知らない研修医」というポジションは今奪われた。そして「高品龍一の息子」という立場は自ら捨てろというのか。
代わりになにが残る?「この村の医者」は先生、じゃあ「先生の弟子」?
(いや……)
自分が今使っている部屋は、そもそも他の弟子のものだ。
6つの椅子は今日も綺麗に並んでいる。
そこに自分の席はない。