体調には気を付けて(やっちゃったなぁ……)
自室のベッドに大の字で寝転がって脱力すると、スマホが手から滑り落ちた。先程とある人物にメッセージを送ったのだが、今の状況では返事を見る気にはなれずそのままアプリを閉じてしまったので、スマホには真っ黒な画面が映し出されている。
朝起きた時から、何となくいつもと違うような気はしていた。でも自分は寝起きがいい方ではないし、時間が経てば治るとその時は思っていた。だが時間が経つにつれて気だるさや熱っぽさが顕著になってきたので、これは本格的にダメなやつだとようやく自覚した。引き出しに入っていた体温計を取り出し体温を測れば、案の定そこには明らかに人間の平熱を超える体温が表示されていた。頭も痛いし、もう今日は寝て過ごすしかない。本当ならば恋人と過す予定だったのだが、流石にこんな状態で会える訳がない。ベッドに潜りながらスマホのメッセージアプリを起動して、大好きな彼へメッセージを送った。
『ごめんなさい。オレ今日熱出しちゃって……遊ぶのはまた今度にしましょう』
『ユアムさんいつもお仕事忙しいみたいだから、今日はゆっくり休んでね』
メッセージを打ち終わって、彼からの返信を待つことなくそのままアプリを閉じる。普段からそこまでマメに返信をくれるタイプの人じゃないけど、せめて出かけちゃう前には気付いてくれてたらいいな。オレのせいで無駄足踏ませたら悪いし。そう思いながらスマホをベッドサイドに置き、頭痛や悪寒と戦いながら身体を休めることにした。
「ん……?」
眠りから醒めたオレは、部屋の扉の向こうから聞こえる音に違和感を覚えた。オレの記憶では今日自分の部屋には誰も招いてないはずなのに、明らかに扉の向こうに人がいる音がするのだ。誰かの足音に水が流れる音、そして料理をしている音まで聞こえる。人の家のキッチンを使う人間を招いた覚えは全くないし、そもそも使うような知り合いがいただろうか、とオレは首を傾げた。だが、熱で回らない頭を無理に使おうとしても答えは出ない。扉の向こうに居る人間の正体はまた後で分かればいいや。そう思って再び眠りにつこうとした瞬間、部屋の扉が開けられ、誰かが中に入ってきた。
「あ、起きてたんだ。おはよう。気分はどう?」
扉の向こうからやってきたのは、今日メッセージを送ったはずの恋人、ユアムさんだった。
「え……ユアムさん、なんで……」
「なんでって、恋人が体調不良だって聞いて、何もしない訳にはいかないでしょ。お見舞いに来たんだよ」
そう言って、ユアムさんは手に持っていたお盆をサイドテーブルに置いた。そこには風邪を引いた時に食べるものの定番であるお粥と、デザートのリンゴが小さな器に盛られていた。
「あんまり食欲ないかもしれないけど、食べられそうだったら食べてね。あと薬はある?」
「あ、はい。家に常備してるやつがあるので、それを飲みます」
「分かった。他にも色々持ってきたから、後でリビングの机の上見ておいて」
ユアムさんは、いつもと変わらない優しい様子でオレに話しかける。この人の優しくない所なんてほとんど見たことないけど、オレのせいで今日遊びに行けなくなっちゃったのに、文句の一つも言わずこうしてオレの事を気遣って看病してくれている。なんて心の広い人なのだろう。優しくて、おおらかで、カッコよくて……本当にオレには勿体ないぐらいだ。
だからこそ、自分のせいで彼をこの場所に縛り付けてしまっている事が尚更申し訳なくなってくる。でも、彼が来てくれて嬉しいと思っている自分もいる。今日は休んでて、なんてメッセージを送ったものの、本当のところは寂しくて仕方なかった。オレだって、今日彼と会えるのを楽しみにしていたのだ。それなのに、自分の体調管理が甘かったせいでこの有様である。普段から不摂生な生活をしている自覚はあるけど、よりによってそのツケが今日来てしまうなんて、我ながら情けない。頭の中で様々な感情が渦を巻いてぐちゃぐちゃになっていく。そして、渦巻く感情を抑えきれなくなったオレは、いつの間にか泣き出していた。
「っうぅ、うぇ……っ…」
「モ、モランくん?どうしたの?」
「ごめん、なさい……ごめんなさい……」
「?」
「ゆあむさんのお休み、台無しにしてごめんなさい……おれのせいで、こんなことさせて……っ……うぅ……」
ボロボロと、目から涙がこぼれ落ちていく。本当は泣きたくなんてなかった。みっともないし、ユアムさんを困らせるだけだ。それでもとめどなく涙は溢れ、服やベッドのシーツにシミを作っていった。
突然泣き出したオレを前に、ユアムさんは少しの間呆気にとられて動けずにいた。いくら恋人とはいえ、いい歳した大人が急に泣きだしたらどうしたらいいのか分からなくなるだろう。流石にこのままではユアムさんをもっと困らせてしまう。どうにかして泣きやもうとして力んでいると、ユアムさんに前からそっと抱きしめられた。
「へっ……?!」
「そんなに自分を責めないで。僕は気にしてないから」
「で、でも……」
「遊ぶ予定はまた立てればいいし、ここに来たのも僕が好きでやってる事なんだから、やらせてるとか思わなくていいんだよ……それに」
「?」
「モランくん、本当は寂しかったんでしょ?メッセージ見て何となくそう思ったよ。だから会いに来たんだ。というかやっぱり来て正解だった。こんな風に泣いてる子、一人にできない」
そう言われて、身体中が更に熱くなるのを感じた。これは風邪から来る熱じゃなくて、自分の本心がバレていた恥ずかしさから来る熱だ。どうやらオレの本心は、ユアムさんにはバレバレだったらしい。
「……なんで、分かったんですか……」
「君の事を見ていれば分かるよ。本当は会いに来て欲しいけど、言えるわけないからあえて突き放すようなことを言った。どう?合ってる?」
「うっ……正解、です……」
本当に何から何までお見通しだったらしく、オレは恥ずかしさで消えたくなった。オレの恋人、聡明でイケメンで……非の打ち所がないかもしれない。
しばらくユアムさんに抱きしめられながら、背中を摩ってもらったり頭を撫でてもらったりして、沢山甘やかしてもらった。流れっぱなしだった涙もようやく止まり、オレの自身も落ち着いてきた。すると安心したのか今度は強い眠気に襲われ、子供のように愚図り始めてしまった。
「んー……んん……」
「眠くなっちゃった?」
「うん……でも、ゆあむさんの作ってくれたご飯……食べなきゃ」
「後ででいいよ。眠いなら寝た方がいい」
「……分かった」
起こしていた身体をベッドに横たえると、ユアムさんが布団を掛けてくれる。優しい優しいユアムさん。愛おしい、オレの大好きな人。熱で思考が回らない分、いつもより甘えたいという欲がオレの中で湧き上がる。
「ゆあむさん」
「なに」
「……おれが寝るまで、そばにいて」
「いいよ。手握っててあげる」
「やったー嬉しい」
ほんのり冷たいユアムさんの手が、オレの手を握る。熱で体温が上がってる今のオレには気持ちいい温度だ。
「ゆあむさんの手、ちょっと冷たい」
「モランくんが熱いだけだよ。早く良くなるといいね」
「うん。早く治したい」
「じゃぁちゃんと寝て、栄養摂ろうね」
「はーい」
子供をあやすみたいにして、ユアムさんにオレに話しかけてくれる。熱と眠気でふわふわしているオレは思考も呂律も甘くて、実質子供みたいなものなのだろう。
「……あの」
「ん?」
「おやすみのちゅー、して?」
「ふふっ、今日は甘えん坊だね。可愛い。いいよ」
汗で少し湿ってしまっているオレの前髪を掻き分け、顕になった額にユアムさんがキスを落としてくれた。それだけで、心が満たされた気がした。嬉しくて、幸せで、そんな気持ちでいっぱいになった。
「おやすみなさい、ゆあむさん」
「うん。おやすみ、モランくん」
ユアムさんの優しい眼差しに見つめられながら、オレは深い眠りに落ちたのだった。