君の顔が見たい 「ユキくん、モモくん、昨日はお誘いありがとうございました。というかすいません後片付け手伝えなくて……」
「いいよいいよ!おかりん忙しいもん。こちらこそ来てくれて嬉しかったよ!めちゃくちゃ楽しかったからまたやろうね!」
「そんなに散らかしてないし、僕とモモだけで何とかなるから大丈夫だよ。帰り道、気を付けて」
「はい、ではまた事務所で」
「うん」
「お疲れ様ー!」
おかりんがユキの家から帰る背中を、ユキと二人で見送った。昨日はユキとオレ、おかりんの三人で、これまでのライブ映像を見ながら思い出話をする会を開いた。自分達のステージなのにノリノリでコールいれちゃうし、MCパートでオレが泣いちゃったシーンなんかは何故かおかりんまで泣いててちょっとびっくりした。でも本当に色んな事があってここまで来れたんだということを改めて認識出来たし、こうやって昔の思い出に浸れる事が、何より幸せだと感じた時間だった。
空の瓶や缶、食器類を片付けてリビングがある程度綺麗になったところで、家主であるユキから片付け終了の声がかかる。ユキがリビングにあるソファーに腰掛けたので、オレも隣に行って一緒に座った。すると、ユキが何かを言いたげな目でこちらを見ている事に気がついた。
「……ユキ?」
「モモ、そっち座るの?こっちじゃなくて?」
「え?」
そっち、というのは恐らくユキから見てオレが左側に居ることを指しているのだろう。昨日ユキは首を痛めていて右側が向けないと言っていたので、自然と自分が左側になるように座っていたのだが、どうやらユキはそれが少し気になるようだった。
「だってユキ昨日右側向けないって……」
「あぁ、アレね。もう治ったから、いつも通りこっちでいいよ。おいで」
ポンポン、と空いてる席をユキが叩いてオレを招く。その誘いに促されるまま、オレはユキの右側に座った。
「これでいい?」
「うん。やっぱりこっちの方が落ち着くなぁ」
「まぁ立ち位置的にいつもオレが右側だもんね」
オレがユキの右側に移動してくると、ユキはこちら側に少しだけ体重を預けてきた。朝まで飲んで語ってたから、きっと疲れてしまったのだろう。ユキはこう見えて結構饒舌だし、曲の事になると本当に話が止まらなくなる。でも、そんなユキの想いが沢山詰まった曲を歌わせてもらえてるんだって知る度に、嬉しくてたまらない気持ちになるのだ。
「あー……このまま寝そう……」
「ダーリン寝るならベッド行こうね〜」
「ここじゃダメ?」
「仮眠ならいいけど、ユキ大体ガチ寝するからダメです〜」
少しうとうとし始めたユキを宥めながら、本気で寝てしまわないように声をかける。そしてオレの肩に預けられていたユキの頭が動いたと思った次の瞬間、オレの視界はユキの顔でいっぱいになっていた。あまりに当然の事ですぐに状況を理解出来なかったが、どうやらオレはユキにキスされたらしい。
「やっぱり顔が見えるのっていいよね。モモがどんな表情してるか分かるし、こうやってすぐキスも出来る」
ユキはご機嫌らしく、オレの顔を見ながらにこにこと笑っている。いや、正確にはふにゃふにゃと言った方が正しいかもしれない。今のユキは、ちょっと微笑み方が柔らかすぎるのだ。
「え、な、なに……?急にどうしたの……?」
「いや、昨日モモが僕から見えない方に座ろうとして止めたの思い出して」
「あー……なるほど……?ていうかさ、ユキってそんなにオレの顔見たいの……?まぁオレはいつだってユキのイケメンフェイス拝みたいけどさ」
「え?そりゃ見たいよ」
「そう……ですか……」
ユキみたいなイケメンに顔が見たいと言われてキュンとしない人間がいるだろうか、いやいないだろう。思わずそんな言葉が思い浮かんでしまうぐらい、オレの心臓はどくどくと強く脈を打っていたし、顔に熱が集まるような感覚があった。
「モモは言葉を使うのが上手いから、言葉だけだとたまにモモの本心が分からない時があるんだ。でも、モモの表情はいつだって正直だ。言葉に現れない感情が、そこにはあるんだよ。おまえは多分気付いてないだろうけどね。だからどんな時でもモモの顔を見て、モモの事を知りたい、分かりたいって思ってる」
優しい声で、ユキがオレにそう告げた。ユキのまっすぐで綺麗な言葉達は、オレの中に溶け込んでそのまま溶けていってしまいそうなくらい温かくて柔らかいものだった。
「ユキ……そんなふうに思ってたの……?」
「うん。まぁあとは、僕が知らないうちにモモが泣いてたら嫌だなぁっていうのもある」
「……まだその話するの?オレそろそろ恥ずかしいんだけど……」
「何も恥ずかしがることないでしょ」
「いやユキはいいかもしれないけど!オレが泣き虫って思われてるみたいでちょっとヤダ!」
「……そう。じゃぁあんまり言わないようにする」
「そうしてください」
「でも、一人で泣かせたりしないからね」
「……はぁ……またそういうこと言う……」
「え、なんかごめん……嫌だった?」
「ううん。嫌じゃないよ。むしろ嬉しい」
ユキの言葉で赤くなってしまった自分の顔を隠すために、わざとユキに抱き着いて顔を肩口に埋めた。顔だけじゃなくて多分耳あたりまで赤くなってしまっているので、一応隠したけど恐らくユキにはバレてしまっているだろう。こういう時のユキは空気を読んで、あえてオレの顔を見たりしないという優しさを発揮してくれる。オレ限定だよって言ってくれるこの優しさがオレは堪らなく嬉しくて、口にはしないけど、いつも心の中で幸せを噛み締めているのだ。
「……ユキ」
「なぁに、モモ」
「オレ、これからもずっと、ユキの隣で一緒に歌うからね」
「うん。僕も。ずっと隣にいてね、モモ」
「うん。ユキ、大好き」
「僕も大好きだよ。いつも一緒に歌ってくれてありがとう」
オレがユキの肩口に頭を埋めているので、ほんのり赤くなっている自分の耳にユキがキスを送る。そんなユキからの愛に答えたくて、オレは肩口に埋めていた頭をあげ、そのままユキに口付けた。
「こちらこそ、一緒に歌わせてくれてありがとう、ユキ」