コキ 愛というものは、目に見えず、触れられない。見ることも触ることもできない不確かなものであるくせに、色も形も様々であり、この世にはヒトとポケモンの数だけ愛の種類があるものだから、愛とは何とも奇妙な概念だ。
そんな愛を表現する方法の一つとして、コルサは言葉を巧みに使う。草ポケモンを口説く時もそうであるが、最近では特に意中の相手を口説く時に、彼は薄い唇を忙しなく動かして愛を言葉にして伝えている。
ところが、コルサの意中の相手には……アオキには、コルサの愛の言葉は何一つとして心に響かないようだった。
アオキの無駄のないシンプルさの中に溢れるほどの気迫が込められた力強いバトルスタイルはコルサの心臓をドクドク高鳴らせる。
アオキの太い眉はコルサの瞳には大変愛らしく映った。たっぷりとした下唇もそうだ。実に柔らかそうな唇をしている。いつか、その花弁のような唇で愛の言葉を伝えてきてはくれないかと、コルサは強く願っている。
アオキの全てに、コルサが如何に魅力を感じているかを余すことなくアオキ本人へ伝えても、彼の反応は極めて薄い。その上、アオキはコルサのこの情熱的なアプローチをただのお世辞だと認識しているらしく、右から左へ聞き流し、その後は短く適当な礼を一言述べる程度であった。
コルサは、自身の愛の言葉が何一つとしてアオキの心を動かせないことに内心頭を抱えていた。
幸いにもコルサには恋の悩みを打ち明けられる親友がいる。現在、コルサの自宅兼アトリエのテラスにて恋のお悩み相談会が開かれていた。
「コルさんらしくないですねぇ……」
ハッサクはコルサ特製のハーブティーを飲みつつ、テーブルに突っ伏すコルサを適度に哀れむ。
「これまであなたは恋愛をゲームのように楽しんでおられたではありませんか」
萎びたコルサに向かって優しく微笑しハーブティーのおかわりをティーカップに注いだ。ガラスのティーポットの中でローズマリーがふよふよ揺れ、ティーカップからはスッキリとした爽やかな香りが広がった。
「情熱的なレディに後ろから刺された日もありましたね、懐かしい」
「その話はよしてくれ……」
コルサは顔を上げ眉間に皺を寄せた。苦い思い出を甘味で誤魔化そうとハッサクの手土産のクッキーを手に取り端からチビチビと食べ始める。生地のサクサクした食感と一口食べたと同時に広がるバターの濃い味わいが人気のクッキーなのだが、いじけるような食べ方のせいでそれらは何も感じられない。クッキーはおいしさのポイントを全てコルサに台無しにされていた。
「ワタシのアプローチが通用しないとは……アオキ、キサマは面白い男だ……」
コルサは歯でカリカリとクッキーを齧りながら呟いた。ハハハと乾いた笑みを浮かべている。
「面白がってどうするんです。このまま相手にされずに終わるんですか、あなたという男が?本当にらしくない」
「だからこうしてハッさんに助言を求めているのだ。ワタシがアオキの心を掴むためにはどうすればいい?」
ハッサクはティーカップを置いた。真剣な表情でコルサを見つめ、スゥーっと思い切り空気を吸い込む。
「小生が思うにっ!!」
そして、ガシリ!とコルサの肩を掴む。あまりの勢いの強さにコルサの首はぐわんと不自然に揺れた。
「恋はいけいけドンドンですっ!!コルさん、当たって砕けなさいっ!!」
「砕けてしまってはダメだろう!!」
コルサは思わず体に力が入った。グッと拳を握った拍子にクッキーがポキッと割れてボロボロと砕けてしまう。
当たって砕けろというアドバイスの後に細かいくずとなってテーブルに落ちたクッキーを見ると、何となく縁起が悪いような、そんな感覚がする。
コルサとハッサクはボロボロになってしまったクッキーを見つめながら、温くなったハーブティーを静かに飲み干した。