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    ap_ysokmr

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    ap_ysokmr

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    レイワトのクソデカ感情を形にしたくて書きました。
    いなくなってしまったレイスを探すワットソンの話です。
    全体的に薄暗くて自傷行為の表現が少しだけあります。APEXの世界観を崩さずに書くというのはやはり難しかったです。地雷のない人向け。フィーリングで読んでください。

    無題この人、幽霊みたい。
    初めてレイスを見た時、失礼ながらそんなことを思った。
    覇気のない目はまさに幽霊のようで、その情調からは成仏のできない霊体を彷彿とさせる恐ろしい執念と強い意志を感じた。
    そんな不思議な佇まいが印象的で、私は出会ってしばらく彼女から目を離せなかった。
    それと同時に既視感を抱く。
    私はこの人を知っているかもしれない。だけど、よくある顔だし気のせいかもしれない。
    ぐるぐると悩まされ、結局それは気のせいなんかじゃなかった。
    なんの因果か、私は15の時、レイスに命を救われていた。
    Apexゲームに必要不可欠なリング。その開発段階で、私の意地が原因で事故が起きた。
    その現場にレイスが居合わせていなければ、私は間違いなく死んでいただろう。
    強烈な電流に打たれたことで意識が朦朧としていたのもあって、私はこの時もレイスのことを幽霊だと思い込んだ。
    回復してからもその出来事を時折思い出し、『幽霊が私を助けてくれたのよ』と父に真剣に訴えては反論をされ言い合いになったのは懐かしい思い出。
    事が判明してレイスに助けてくれた理由を聞いてみると、その内容はとても可笑しかった。
    なんでも、当時のレイスはこの世界線に来たばかりということもあり半ば混乱状態だったそうで、その混乱から被害妄想に発展し、私を暗殺者だと思い込んでしまったらしい。そうして私の後をつけて事故現場に居合わせる形となった。
    暗殺者だと勘違いをしておきながらも決して見殺しにせず、死にかけている私を家に連れ帰ってくれたあたり、彼女はやっぱり優しい人だと思う。本人に言うと「それは買い被りすぎよ」と呆れられるけれど。
    何はともあれ、レイスは間違いなく私の命の恩人だった。
    その事実が判明してからというもの、レイスとの距離はさらに近づいて、私にとってかけがえのない大切な存在となった。
    常に冷静沈着で冷たい心証を与えられていたからか、近寄り難い人なのかもと当初は思ったが、実際の彼女は不器用で、冷徹とも取れる普段の雰囲気とは裏腹に根は優しく、世話焼きだった。意外にも感情的になることもあるし、落ち込めば表情にまで出る。
    近くにいないと決して気付くことのできない、そんなレイスの人間らしいところが私はすごく好きだった。
    しかし、ここ数日のレイスはまるで本物の幽霊のように歪みを瞳に映していた。
    他者に触れられないようにと、仲間を引き離して孤独に身を投じる彼女には、例えるなら決意をしたような、だけど踏ん切りがついていないような、そんな複雑さがあった。
    今までの彼女も、何か思い詰めることがあった際には『一人で考えたい』と言って、結局何も話してくれなかった。そのくせ、私が逆の立場になった時は親身になって話を聞いてくれる。そうして何度も助けてくれた。
    レイスは狡い。
    だから、私にもミラージュのように空気を読まずにズカズカと相手の懐に踏み込んで、なんだかんだで相手の力になれるような、そんな優しい大胆さが必要だと思う。
    レイスは今苦しんでいる。それだけは分かる。だから私はレイスを追いかけた。
    いつものように一試合が終われば、それぞれが帰るべき場所に歩みを進める。
    レイスも例外ではない。
    私はレイスの孤高な背中に向かって全力で走り、そして無理矢理に腕を掴んだ。
    「レイス…ッ…、レネイ!」
    息を切らしながら彼女の本当の名前を呼ぶ。
    レイスは顔だけを横に逸らし、淡い色の瞳をこちらに向けた。
    そしてぴくりと腕が動くと、それは申し訳なさそうに私の手を振り解き、拒絶する。
    行き場を無くした私の手は宙を彷徨う。
    こんなことは初めてで、たった一瞬の出来事なのにかなりショックを受けた。それと同時に、レイスの身に異変が起きたことを確信する。
    振り解かれた手を自分の胸に当て、レイスをじっと見つめる。
    「レネイ…あなた、最近おかしいわ。一体何があったの」
    問いかければ、レイスは何か考えるような素振りを見せ、私を一瞥してからまた目を伏せた。
    「私は…」
    言葉に詰まり、声が途切れる。
    レイスは自分の掌を少し見つめてからぎゅっと握り、こちらに向き直った。そして真っ直ぐに私を見据え、真剣な面持ちで迷いを捨て去るように言う。
    「ナタリー……私は、やっと分かったの。過去の自分がどんな人間だったのか、何をしようとしていたのか……プロジェクトの内容、全部」
    「え…」
    レイスは苦しそうに自身のこめかみを押し、眉間に皺を寄せた。だが、数秒後にはまるで憑き物が落ちたかのようにスッと無表情になる。
    思わず私は、再びレイスの腕に手を伸ばしかけた。それを遮るようにレイスの手が私の頬に触れる。
    レイスの表情はうっすらと優しく微笑んでいるのに、泣き出しそうにも見えた。
    「ナタリー…本当に、…ごめんなさい」
    困ったように笑い、リヒテンベルク図形がはっきりと残った私の頬を優しく撫でる。
    それは名残惜しそうにしているのに、だけど今度こそ、決意が固まったように力強く存在していた。
    レイスが、どこかに消えてしまう気がした。
    私はよろよろとその手に自身の手を重ね、"どこにも行かないで"と願うように力を込めた。
    そして懇願するような眼差しで見つめると、レイスはしばらくして私の頬から手を離し、背を向けた。
    それは強くて、儚くて、一切の甘えもない、私の憧れの背中そのものだった。
    追いかけたいのに、追いかけられない。
    レイスから感じた揺るぎない決意にうちのめされ、私はただその場に立ち尽くした。
    結局。
    私の祈りを裏切るように、レイスはその次の朝にApexゲームを引退して私達の目の前から姿を消した。
    虚無だけがそこに残り、脱力感に見舞われる。
    大切なものがすり抜けていく感覚があったのに、どうして私は捕まえておくことができなかったのだろうか。
    自分の弱さを痛感して、後悔の念に蝕まれる。
    父を亡くした日と同じように、私は自分の部屋に引きこもった。
    何故、大切な人はみんな私のことを置いていくんだろう。
    父を亡くした頃との決定的な違いは、諦めがついていない事だった。









    文明が発達したプサマテやソラスとは対照に何もかもが原始的なこの星は、一年中日差しが強く真夏のような気候が当たり前だった。
    外を歩くにも普段の格好じゃあまりにも過酷で、故に汗を拭くためのフェイスタオルを首にかけ、動きやすいショートパンツにタンクトップ、義手の接続部分を覆い隠すアームカバーを装着しただけのラフな格好を選んだ。もちろん靴も動きやすいシューズを履いた。そして、必要最低限の物だけを厳選したにも関わらずパンパンになっているリュックを背負って歩いている。その重さが心なしか暑さに拍車をかけているような気がした。
    ワットソンはこめかみから汗を垂らしながら重い足取りで前進する。
    街、というより村かもしれない。だけど、今歩いている場所なら街と形容しても問題ないか。
    この街はまるで20世紀から21世紀程で文明が止まっているかのようで、現代的な電子機器など一切見当たらないアナログでレトロな場所だった。看板は液晶やホログラムではなく、アルミ複合板にシートが加工されているものだったり、木の板にそのまま塗料で文字が書かれていたりと、なんだか年季が入っている。
    物珍しそうにあたりを見渡し歩いていると、一本道の両脇に店がいくつも並ぶ一種のストリートのような場所にたどり着く。
    ワットソンは早速手前にある青果店で足を止め、首にかけたフェイスタオルで汗を拭う。
    「Bonjour、少しいいかしら」
    店に入ると、レジの横でタブレットを操作している店主と思わしき中年の男性がいた。
    男はこちらを見ながらずり落ちた丸眼鏡を持ち上げ、タブレットを置いた。
    「何か探し物でしょうか」
    「えっと…商品じゃないんだけど…おじさんはApexゲームに参加していたレイスという女性を知ってる?」
    「レイス?」
    男はまたずり落ちた丸眼鏡を持ち上げ、目を点にしている。この反応はおそらく分かっていない。
    だが、名前と顔が一致していないという可能性もある。なにせ、Apexゲームは世界中で注目されているのだから、流石に知らないわけがない。
    「うーん…そうね、こう…幽霊みたいな雰囲気で…黒髪をお団子みたいに束ねてて…淡い色の瞳で…私くらいの身長かしら…そんな感じの女性をここらへんで見かけなかった?」
    写真を見せればいいものの暑くて頭が回らず、ワットソンは身振り手振りで説明するが、男性は腕を組んで申し訳なさそうに考えている。
    「悪いね…ゲームだとか、エンターテイメントだとか、そういうものにはあまり詳しくないんだ」
    そして困ったように笑った。
    「merci…」
    ワットソンは落ち込みつつもお礼を口にし背中を向けたが、ふと何も買わずに店を出るのは失礼だと思った。目的を果たしたいあまりに人との接し方がおざなりになっていく。店主に向き直り、あたふたしながら欲しいものを探す。
    そして自身の真横に陳列していた林檎を一つ手に取って、焦り笑顔で金を渡してようやく店を後にする。
    そして外に出ればまた灼熱の太陽。
    レイスの足取りを追ってここまできたけれど、依然としてレイスは見つからない。
    この星でもう3つ目だった。噂を信じてレイスらしき人物を訪ねるがすべて他人の空似。噂話に振り回され、結局レイスには会えなかった。
    また、今回もダメなのかしら。
    暑さでネガティブな感情が増幅し始めるが、それでも今度こそはと気持ちを切り替える。
    ワットソンは持ち前の根性で何十軒もの店を周って聞き込みを続けた。
    だが今回に限っては前回よりも酷い。誰もレイスのことを知らないのだ。
    プサマテやソラスではあんなにも有名だったのに。
    聞き込みをすればするほど、なぜか手持ちの荷物が増えて元からパンパンだったリュックははち切れそうになっている。
    次のお店に、と思ったが、正直歩き疲れた。
    聞き込みは後にして、少し休憩。
    ワットソンはたまたま見つけたカフェに立ち寄った。そこは人気がなく、埃っぽい…が、そのレトロな雰囲気がどこか落ち着く。休むにはちょうど良かった。
    入店するなりすぐ席に案内される。テーブルの脇にはパネルやタブレットではなく、紙媒体のメニューが置いてあった。今時紙媒体とは珍しいと思いつつぺらぺらとめくり、そしてアイスティーとバニラアイスを注文した。
    注文の品は10分もしないうちにテーブルまで運ばれ、愛想の良い店主がサービスだよ、と言ってクッキーのトッピングまでしてくれた。
    疲れた体に効く冷たさだった。
    そして冷静さを取り戻すとまたネガティブな感情が立ち込める。
    そうだ。これだけ探したのに、何の手がかりも見つかっていない。
    もしかして────もう、会えないのかしら…二度と─────。
    じわじわと溶けるアイスを伏し目がちに見つめると、世界の音が消えていくような錯覚を味わう。
    このまま、また大切なものを失ってしまう。二度と会えない。二度と触れられない。二度と話せない。二度と、あの困った笑顔を見れない。
    遠ざかっていくレイスの影が脳裏をちらつき、絶望感さえ見出す。
    仄暗い感情を拗らせ、視界が歪むような感覚に呑まれかけたその時。
    「あの」
    若い男の声がワットソンを現実に引き戻す。
    「あ…ごめんなさい…、何かしら」
    ワットソンは慌てて作り笑いをして、いつの間にか目の前に立っていた若い男を見上げる。
    「レイスを探してるって聞いて…君、ワットソンだろ?」
    名乗ってもいない自分のコードネームが突然飛び出して心の底から驚く。この街に来てからは一度も経験しなかったからか、自分が有名な人間であることをすっかり忘れていた。
    「あなた、私を知ってるの…?」
    「Apexゲームに興味があれば誰だって知ってるよ。まぁ…この街じゃ若い人だけかもしれないけど」
    よくよく思えば、聞き込みをした人物は皆、中年から高齢者であった。
    ワットソンは人差し指を頬に当て、斜め上を見上げた。だが、『レイスを探してるって聞いて…』という青年の言葉にハッとして席から立ち上がった。
    「あなた、レイスの居場所を知ってるの!?」
    「えっと………彼女の電撃引退には、俺も友達も凄いビックリしたんだ。でも、そう…もっとビックリすることが起きてさ」
    青年はこくりと頷いた。
    「つい最近、レイスはこの近くにある空き家に住み始めたんだよ」
    目を見開き、言葉を失う。
    「案内しようか」
    ぶわっと涙が溢れ出す。ワットソンは涙を浮かべたまま青年の手を強く握った。
    「merci‼︎」
    店内に大きく響いた自分の声。
    やっぱり、この街にレイスはいる。
    失くしてしまう、取り戻せない、もう二度と会えないだろうと諦めそうになった。
    だけど、やっぱり諦められなかった。
    諦めたくなかった。
    諦めなくて、良かった。







    案内されたのはボロボロの家屋で、それこそ幽霊が住んでいるのではないかというおどろおどろしさがあった。家屋は木造で、よく見ると一部が腐り、いつ崩れ落ちるか見ているだけでヒヤヒヤする。
    チャイムなどもなく、ポストもない。
    青年はワットソンを案内してすぐ『邪魔はしたくないから』と来た道を戻っていった。
    どうすればいいのか、訊ける人もいない。
    だけど、ここに───レイスがいる。
    ワットソンはリュックを足元に下ろし、自身を落ち着かせるように息を吐いて気を引き締めた。
    決意してコンコン、と扉をノックする。
    一度のノックでは返事はない。もしかして、今はいないのだろうか。
    今度は少し強めにノックをする。
    すると。

    「…帰って」

    もうしばらく聞いていなかった声。
    それは間違いなく、レイスの声だった。
    愛しくて、近くで聞きたくて止まなかった、低い声。
    「…レネイ」
    呼び声は震えていた。消え入るような声とも形容ができるのに、その声はレイスにまで届く。
    一拍おいてから部屋の中でドタドタと音がして、到頭扉はギィ…という不快な音を立てながら開かれた。
    そこに現れたのは、最後に見た時よりも酷くやつれたレイスの姿だった。髪はいつものお団子にはしておらず下ろされていた。目元はいつも以上に隈っぽく、心なしか少し痩せた気がする。格好はと言うと、キャミソールにデニム素材のスキニーパンツを履いており、キャミソールの肩紐がだらしなく二の腕までズレている。
    そして、ワットソンを見て大きく見開かれた淡い瞳。
    「ナタリー…?」
    レイスは自身の額を押さえ、顔を斜め下に逸らした。そして頭を左右に振って、まるで幻覚を見ている自分を正気にかえそうと苦しんでいるように見えた。
    何かに怯え、表情を歪めているレイスを救済するよう、両頬を自身の手で包んでこちらへと向かせる。
    「レネイ、聞きたいことが山ほどあるわ」
    すると、レイスは目の前にいるのが幻影ではなく、本物のワットソンだということを確信した。
    レイスを間近で見つめると、ワットソンはまた両目に大量の涙を浮かべる。
    「もう、…二度と会えないのかと思った」
    声が震えて、我慢しようとしても涙は呆気なくこぼれた。
    湧き起こった衝動を抑えられず、ワットソンはレイスに強く抱きつき、声を上げて泣いた。
    レイスは居た堪れない表情で目を閉じ、そしてワットソンの背を抱き返した。それは愛おしそうに、縋るようにも見えた。
    「……ごめんなさい」
    ワットソンの後ろ頭の近くで響いた、レイスの静かな声。
    そして、何のためにここに来たのかを思い出す。泣いて、再会を喜ぶためだけにここに来たんじゃない。
    ワットソンはレイスを放し、そして涙を拭って眉間に皺を寄せた。
    「ごめんなさい、じゃないわよ!どうして急にいなくなったの!?」
    語気を強め、そしてレイスの両肩を掴む。
    レイスは怒っているワットソンを見て少し目を見張ったが、すぐにいつも通りの落ち着きを取り戻す。
    「…言ったでしょ。過去の自分がどんな人間だったのか、全て分かったのよ。もうゲームに参加する意味がないの」
    「でも、じゃあなんで何も──」
    「私は、人を不幸にする実験をしていた」
    声を荒げて問い詰めるワットソンを遮り、レイスは言った。それは、優しいレイスからは想像もつかない自白だった。
    「あなたの傍にいて良いような人間じゃないの。実験が成功していれば……ナタリー、あなたにも被害を及ぼしていたかもしれないわ」
    レイスは淡々と告げるが、その目には畏怖と後悔の念が入り混じっていた。
    それを聞いて愕然とする。そのプロジェクトがどんなものなのか問い詰めなければいけないのに、レイスの表情を見るとそれ以上何も言えなくなる。
    レイスは自嘲気味に続けた。
    「誰にも悟られたくなかったから、この閉鎖的な星を選んだのに……よりにもよって、あなたに見つかってしまうのね」
    レイスは、自身の背後からクナイを取り出し、恨めしそうに握りしめた。
    「全部知って、私は私を終わらせようと思った…償いたくて…何回も、死のうとした」
    相変わらず悲しいほどに淡々とした声が紡ぐ。
    衝撃的で残酷な真実が容赦なく告げられる。
    自分の知らない場所でレイスが一人悩み葛藤していたことは既に想像がついていたけれど、それは想像の何倍も苛烈で、今のレイスの容姿に色濃く反映されていた。
    ハッとして首の辺りに目が行く。よく見ると切り傷があった。
    徐々に速くなる鼓動、噴き出す冷や汗。動揺で揺れ動く瞳でゆっくりと目線を下にさげていくと、今度は腕の裏側から表に向かって伸びた切り傷が目に入る。
    ワットソンは咄嗟にレイスの手首を鷲掴んでひっくり返した。
    すると、腕にまでいくつもの切り傷があった。治りかけているものや、新しいもの。一番薄く、古いと思われる傷は肘の裏近くにあった。おそらく、動脈を切ろうとしてできずに終わった痕跡だろう。ワットソンは大切なものを失う恐怖にゾッとしてレイスの手を離した。
    思わず涙を目に浮かべる。
    「レネイ、──」
    「でも、どうしてかしらね」
    再びポロポロと涙をこぼすと、レイスに拭われる。
    「このクナイを突き刺そうとするたびに、あなたの顔が思い浮かんで、…できなかったわ。…ずっと、躊躇いを捨てられなかった」
    レイスは相変わらず自嘲気味に微笑んで、悲しそうに続ける。
    「ねえ、ナタリー」
    今度はレイスに手を取られる。
    「私のために、私を終わらせてほしい」
    レイスは自身のクナイを託すようにワットソンに握らせた。
    真っ直ぐな目が、真剣に懇願する。
    「あなたにしか頼めないわ」
    ワットソンは自分が何を頼まれているのか理解したくなかった。口をはくはくと動かしながら頭を小さく左右する。
    レイスは今、死にたがっている。死にたくてこの地に足を運んだと言っている。それが例え独りよがりでしかなかったとしても、叶えたい望み。死で過ちを償おうとしている。
    嫌だ。
    「ナタリー……私を…救ってほしい」
    レイスの切実な声が響く。
    嫌だ、嫌だ。
    絶句するワットソンのことなど構わず、レイスはその場に力なくへたり込み、そして祈るように項垂れた。
    「お願い…」
    跪くように脱力しているレイスを見下ろすと、頭の中が一瞬真っ白になった。
    このままでは、結局失くしてしまう。取り戻したくてここまで来た。なのに、レイスは終わりを望んでいる。
    彼女のために彼女の願いを叶えるべきなのか。でも、それを叶えたら、一体私はどうなる?私の気持ちは?一人取り残される私は。大切なものを自ら破壊して、これからどうやって生きていけば良い?
    こんなの、レイスじゃない。
    レイスは、こんな弱い人ではない。逃げるような人じゃない。私に呪いを背負わせて苦しませるような人じゃない。
    今のあなたは──────。

    「かっこ悪い」

    項垂れるレイスの頭上にぽつりとこぼすと、レイスはのろのろと顔を上げた。
    「私の知ってるレネイは、もっと強くて…かっこよくて、いつも私を助けてくれて、こんな…私を苦しめるようなことはしないわ!」
    震える手で託されたクナイを強く握りしめる。
    「じゃあ、私はどうなるのよ…私にそんなことさせて、私は救われないのに…」
    血反吐を吐くような思いで声を絞り出す。
    伝えなきゃ、後悔する。
    ワットソンはレイスに目線を合わせるように片膝をつく。そしてクナイを地面に捨てて、レイスの両肩を掴み、小さく揺さぶる。
    「あなたに会いたくて、ここまできたのよ!これからも、ずっと一緒にいたいから迎えに来たの!こんなことをするためにあなたを探しにきたんじゃないわ!」
    心の中で錯綜していた感情が爆発するかのように、するすると言葉になって吐き出されていく。涙も止まらない。失くしたくなくて駄々をこねているだけかもしれない。だけど、それでも譲れなかった。今の自分たちに"死"というものが一体何の意味をもたらすのか。
    ワットソンには分かっていた。
    レイスはそんなワットソンを力なく見据え、そして申し訳なさそうに目を閉じて沈黙を貫く。
    「あなたは、酷い人だわ…!」
    「ごめんなさい…」
    「謝らないでよ!」
    金切り声に近い叫びだった。こんなにも声を荒げたのは、父を亡くして泣き喚いたあの日以来だった。
    「過去のレネイがどんな人間だったのか、そんなのどうでもいいのよ…」
    声は掠れて、震える。ワットソンは一度顔を下げて決意するように涙を拭った。そしてレイスの肩を掴み直し、まっすぐに見つめる。
    「レネイは私の大切な人なの。終わらせない。これからも…ずっと、そばにいてくれるって信じてる」
    こんな口説き文句を自分が口にするとは思わなかった。
    言い切ると何故か気が緩んで、涙腺が過剰なまでに涙を排出する。到頭ワットソンはしゃくりあげ、そしてわんわんと子供のように泣いた。
    涙で視界が歪んでレイスの表情が見えなくなった。
    ひくひくと肩を揺らして大粒の涙をこぼし続けていると、ふっとレイスが微笑む気配がした。
    「私は…馬鹿だわ」
    吹っ切れた調子で小さく呟かれた言葉。優しい手に再び涙を拭われる。
    「泣かないで、ナタリー」
    優しく抱擁感のある声に慰められる。そして頬を撫でてくる温かな手はどこか懐かしかった。
    あやされると、だんだん正気になってくる。
    レイスは綻ぶように、呆れたように笑った。
    「予想通りね…」
    ようやく、張り詰めた空気が軟化していくのを感じた。
    「きっと私が死んだら、あなたはそうやって怒ると思った…私はあなたが怖かったから、死ぬ事が出来なかったのかも。…いつも私を繋ぎ止めていたのは、ナタリー…あなただった」
    そう言って、縋るようにワットソンを掻き抱いて、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。これはさっきの「ごめんなさい」と込められた意味が違う。
    ワットソンは再び溢れ出した涙も構わず、へにゃりと笑った。
    「ふふ……私に怒られるのが怖いんじゃ、人を不幸することなんて出来やしないわ。…そんなプロジェクト、優しいあなたが参加してる時点で失敗よ」
    最後に笑ったのはいつだっただろうかと、そんなに時間は経っていないはずなのに胸がいっぱいになる。
    ぎゅっと、一層強くレイスを抱き返す。
    「どんな真実があったとしても、あなたは私の知ってるレネイでしかないのよ」
    そう伝えて、今いる場所の日当たりの良さを思い出した。
    ここは自分達が今まで生活をしていた星よりもとても暑く、旅行ならまだしも、住むとなると正直しんどいだろう。
    暑さを実感してレイスを離すと、淡い瞳とかち合う。そしてレイスの額が愛おしげにコツンとワットソンの額へと優しくぶつかる。
    「…あなたのせいで、ここにいる理由がなくなってしまったわ」
    そう言ってレイスが眉をハの字にして優しく、困ったように笑っているのが間近に見えると愛おしい気持ちが増していく。
    この表情がまた見れて良かった。失わずに済んで良かった。諦めなくて良かった。一緒に生きることを選んでくれて良かった。
    相変わらず陽は高く、二人を責め立てる。
    一緒に帰るために、片付けを手伝おう。
    先に進めるように。
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