シロツメクサの約束どんなプレゼントよりも
僕が欲しいのは君からの
沢山の愛なんだ
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「タクヤ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「産まれてきてくれてありがとう」
七月十五日、タクヤは十歳になった。朝、着替えてランドセルを持ち、リビングへと降りて行くと、丁度、朝食を食べ終わった両親がタクヤに「おはよう」「おめでとう」と声をかけてきた。
昔から身体の弱いタクヤは幼い時から小学生上がれたら、それは奇跡だと医者に言われていて、それもあってタクヤは毎年誕生日を両親から盛大に祝われている。
誕生日は何が良い?と聞かれるがタクヤはあまり物欲がなく、何が食べたい?と聞けば、元来食事が好きではないタクヤは「何でも良い」と言ってしまうので、両親たちは困り顔になるのが毎年恒例になっている。
タクヤが朝食を食べ、歯磨きを終えるとタイミング良く、ピンポーンとインターホンが鳴った。音を聞いた母親が「あ、武道くんじゃない?」と声をかけるとタクヤは眼を輝かせ玄関の外にいる武道に聞こえるように「今行くー!!」と声をかけ、母親に「行ってきます!」と言って靴を履いて外へ出た。
「よっ!タクヤおはよう!」
「武道おはよう!」
武道はタクヤに手をあげ、挨拶をしタクヤに「そうだ!」と思い出したようにニカッと笑って
「タクヤ、誕生日おめでとう!!」
と大きな声でいう武道にタクヤは嬉しそうに「ありがとう!」と笑い返した。
「誕生日プレゼント何もらった?」
「えーとね、漫画とゲームカセットとボードゲームと…」
「すごっ!!」
武道は驚き足を止め、眼を輝かせながら「すっげー!今日、遊びに行って良い!?」と言う武道にタクヤは嬉しくなり「良いよ!」と笑う。
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学校に着き、下駄箱で靴を履き替え、教室に移動すると机に着くまでにタクヤはクラスの大半の女子たちに囲まれ「タクヤくん、お誕生日おめでとー!!」と熱烈なお祝いの言葉と手作りのお菓子やプレゼントを貰う。
タクヤはありがとう、と言い受け取りはするものの、タクヤが今朝目覚めて思ったことは「武道からのプレゼントは何かな?」だった事もあり、クラスメイトの女子達からのプレゼントはあまり心に響かなかった。
二時限目の眠い算数の授業を終えると、先ほどの眠気はどこへやらクラスメイトたちはプールだ!と元気いっぱいに更衣室へと駆けて行った。
「タクヤー、次の授業プールだけど今日も見学?」
「うん、最近、体調が悪い時が多いからって今週の体育は見学なんだ」
「そっかー、タクヤとプール入りたかったなぁ」
「俺、保健室で自習だから…プール楽しんでね」
じゃあな!と保健室とは正反対の男子更衣室へと他の友達と駆けて行った武道の背中を見送りながら「あぁ、俺も武道と一緒に泳いだり全力で遊んだりしたいな…」とタクヤは思った。
武道はタクヤと遊ぶ時、殆どの時間をタクヤの家で過ごしている。と言うのも、タクヤの母親はタクヤが陽の光に長く当たるだけで具合悪くなり翌日寝込む、という幼いころ頻繁に起こしていた時の記憶が未だ鮮明なのか夏には過保護になる。
しかし、タクヤは「大丈夫だよ」というものの、やはり梅雨から涼しくなる秋にかけて体調は優れない。「失礼します」と一言断り、保健室に入るタクヤに養護教諭は「顔色が悪いからベッドにいなさい」と声をかけベッドに誘導した。
「じゃあ先生は職員室に用事があるから、大人しくしててね」
「はーい」
「行ってくるわね」と養護教諭は保健室を出て行ってしまった。保健室に取り残されてしまったタクヤは元々から静かな保健室が更に静かなものになり、蝉の声がやけに大きく聞こえ、まるで世界に取り残されてしまったような気持ちになった。
あまりにも静かなのか正反対の場所にある体育の授業で使っているプールではしゃいでいるクラスメイトたちの声が聞こえてくる。蝉が鳴く音、プール授業の賑やかな声、そして自分の心臓の音すら大きく聞こえてくるようでタクヤは、今すぐ手に持っているシャーペンで自分の心音を止めたくなった。いや、死にたいわけではない。決して。
「この耳に入る音全てが武道の発するものだったら良いのに…」
武道の声、心音、なんでも良い。タクヤはそんな叶わない願いを呟く。
昔、静かな部屋で定期的に聞こえる音をずっと聴いていると気が狂う、というドラマを見たことがある。そしてその主人公は最後に自分で……。
兎にも角にもタクヤは自分の体調が悪化していることを感じ、戻ってきた養護教諭に心配され、駆けつけた母親と共に三時間目のプールの授業が終わる頃、早退して行った。
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ピンポーン、と遠くで音が聞こえる気がする。母親が「はーい、あら武道くん」「タクヤママこんにちは!」と武道の声が聞こえる。タクヤは「武道だ!」とベッドから身体を起こすが急に起こした身体は立ちくらみを起こしたのかフラフラとし力無くベッドに崩れて行った。
「じゃあ、ありがとうね。武道くんも日射病には気をつけるのよ」
「はーい!」
バタン、と無情にも玄関のドアが閉まる音が聞こえる。タクヤは「あぁ、武道に一目でも会いたかったな…」とどこか感傷的な気持ちになり泣きそうな眼を瞑った。身体どころか心も弱っているらしい。もう二度と会えないわけじゃない、元気になったら明日も会えるというのにタクヤは涙が出そうになりタオルケットを頭まですっぽりと被った。
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「タクヤ、タクヤ、ご飯の時間だけど食べれそう?」
部屋をノックして入ってきた母親の声で眼を覚ますが、タクヤは「食欲ない…」と俯きながら首を横に振った。母親は「そう、心配だわ、明日も具合悪かったらいつものお医者さんの所へ行きましょうね」とタクヤの頭を撫で部屋を出て行ってしまった。
「せっかくの誕生日なのにな…」
夕ご飯、張り切るからね!と今朝、笑顔で言っていた母親の顔を思い出したり、武道と遊ぶ約束を守ることができなかったことが只、ひたすらに悲しかった。
五分後ほど経ってから母親が再び、部屋に入ってきて「卵がゆくらいは食べてね、ご馳走は明日にしましょ!」とタクヤに笑いかけ部屋を出ようとした所で「あ、そうだ」と何か思い出したようだった。
「武道くんがね、明日渡したいものがあるんですって」
「本当!?」
「ふふ、タクヤは本当に武道くんの事が大好きなのね。明日は行けると良いわね」
後で下げにくるから食べるのよ、と母親は部屋の扉を閉め、階段を降りていった。タクヤは武道からのプレゼントなら蝉の抜け殻でも家族旅行で海に行った際に拾った貝殻でも、お盆で親戚が集まった時にでたビール瓶の蓋でも何でも嬉しかった。
今までの残せる範囲の武道からのプレゼントは宝物箱に全て残してある。今年は何をくれるんだろう?とタクヤはそれを考えるだけで元気が湧いてくるようで食欲も出てきて卵がゆを半分ほど食べることができた。
「あら、ちゃんと食べれたじゃない!えらいわね」
「明日、絶対行く!」
「そうね、お熱もないみたいだし顔色も戻ったし明日に備えてもう寝なさい」
「うん」
おやすみ、と部屋の電気を消され、暗く静かになった部屋は少し苦手だが、昼の様な暗い気持ちは無く、武道からプレゼントがある。その気持ちがタクヤの心を、星より月より照らしていた。
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「おはよう!」
「おはよう!」
武道がタクヤの家の前まで迎えに来る。これはもう毎日の習慣と言っても良い。武道からのプレゼントはいつなんだろう、とワクワクと早る気持ちを抑えていたらいつの間にか学校が終わってしまった。あとは帰るだけ、になった状況になった時タクヤは「武道に催促するのもなぁ…」と半ば諦めかけていたが武道は下校中、タクヤの手を急に握り「こっち!」といつもとは違う道に導く。
「武道?家の方向はこっちじゃないでしょ?」
「へへ!良いところみっけたんだ!たまには寄り道もいいだろ?」
「…!うん!」
タクヤは少し悪いことをしているような、冒険をしているような気持ちになり、いつも通らない道をキョロキョロと見回す。いつもの道から外れると大きな団地、蝉がたくさん鳴いている桜並木、近くに中学校があるのか青年というには幼い坊主頭の男子達が「残り3周!」「はい!!」という声と共に外周をしていたりしていて、あと数年後には自分も部活というものをしているのかなぁ?と想像を膨らましたりして、暫く歩いていると
「ここだよ!」と武道は大きな公園の前で足を止めた。そこにはカゴを下げて網を持って走り回る子供達や赤ちゃんをベビーカーに乗せ井戸端会議に花を咲かせているママさん達がベンチに座っていたり、レジャーシートを広げてピクニックを楽しんでいる家族連れなどがいた。
「わー!大きな公園!」
「だろ?奥にはひまわり畑もあるんだぜ!」
「見たい!!」
沢山の人がいる公園の大広場を抜け、奥の方へと行くと沢山の向日葵が上を向いて太陽の光を浴びていて、それは圧巻の風景だった。その向日葵畑の手前にある巨木には木陰ができており、巨木の下には沢山のシロツメクサが咲いていて、白い絨毯のようになっているようでタクヤは向日葵とシロツメクサの群生に「すごい…」と思わず呟く。
「だろー?俺、お小遣いも少ないし何も持ってないからタクヤが見たことないもの見せてやろうと思って!」
えっへん!と胸を張って満足そうな武道にタクヤは「すごい、すごいよ!武道、ありがとう!!」とはしゃいだ。向日葵畑で少し探検しようと思い中に入ろうとすると武道が「ちょっと待って!」とランドセルの中から水筒と、乱雑に折り畳まれていたのかしわくちゃになった帽子を出した。
「それ、僕の帽子?」
「そう!タクヤママから貸してもらったんだ!少しの間なら外で遊んでもいいって!」
どうやら武道は昨日、タクヤの家に訪ねた際にタクヤの母親と楽しい企みをしていたようで、この公園もタクヤが赤ちゃんの頃によくきていた公園らしい。その頃の記憶なんて既に忘れているタクヤには新鮮なものに見えるだろう、とタクヤの母親は武道に教えてくれたという話だった。
「はい、帽子!喉乾いたら言えよ!俺の母さんに水筒の中にスポーツドリンク入れてもらってるから!」
「武道は頼もしいなぁ、ありがとう」
武道とタクヤは手を繋いで向日葵畑の中へと入っていく。幼い頃から自分達を知っている親戚や近所の大人達は、最近よく「二人とも大きくなったわねぇ」と言うが、自分達より背の高い向日葵も多くて、タクヤは早くこの向日葵を見下ろせるくらい大きく、そして武道を守れるくらい強くなりたいなぁ、と強く思っていた
「タクヤー!見て見て!このひまわり、俺の顔くらいでっかくね!?」
繋いだ手を離して後ろにいるタクヤの方へと向き直った武道は青空に浮かぶ純白の雲のように綺麗で、タクヤはそんな武道が手を離した隙に沢山の向日葵たちに吸い込まれて拐われてしまうのではないかと思い、焦って手を繋ぎ直した。
「…っ!そう、だね…」
「?タクヤ?顔色悪いぞ?」
「帰る?」と首を傾げ聞く武道にタクヤは「そんなことないよ!」と焦るタクヤに武道は「そう?」とキョトンとしていたが「じゃあ木陰で休憩しようぜ!」と手を引いて先ほどの巨木の木陰へとタクヤを誘導した。
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「あっちぃな!ほら、タクヤ、スポーツドリンク飲んで休憩しようぜ」
紙コップを出して大きな水筒からスポーツドリンクをなみなみ注ぐ武道の顔も赤くタクヤは少し心配になった。思えばこの大きな水筒と麦わら帽子を元から重いランドセルに入れて背負うだなんて、どれほど疲れることだろう。しかも自分のために。それがタクヤには申し訳なく、そして今までの何よりも嬉しかった。
「武道も飲もう、俺が注いであげる!」
「ありがとな!」
「なんか大きな木下でお水を飲むだなんてお花見みたいだな!」と笑う武道にタクヤは、「あははっ、ある意味そうだね!」と笑った。
「おっとっと!」
「注ぎすぎちゃったかな?」
「大丈夫!俺も喉乾いてたし」
そう言うと武道は一気にスポーツドリンクを飲み干し、「ぷはー!」と満足そうだ。
「武道、おっさんぽかったよ」
「マジ?大人じゃん!」
「大人になっても二人で来ようね」
「当たり前だろ!毎年来ようぜ!」
「…!うん!!」
飲み終わり、一息ついた二人は足元にある沢山のシロツメクサをお互いの親へのお土産として摘んでいくことにした。
「こんなにいっぱいあったら花冠とか作れそうだよな!」
「作る?」
「作れんの?」
「親戚のお姉ちゃん達と遊んだ時に沢山教わったんだ」
作ろうぜ!と言った武道は数分後、「むずかしいな」と挫折しそうだった。一方、タクヤは器用なのもあって花冠をスイスイと作り、そして武道に被せた。
「はい、完成」
「タクヤの手は魔法みたいだな!」
おお!と先ほどの表情とは打って変わり、武道は花冠を大層気に入った様でニコニコとしていた。
「冠だなんて王様みたいだな!」
「そうだね」
「他にもないの?」
「指輪は?花冠よりは簡単だと思うよ」
やるやる!と武道はやる気を取り戻したようで、時折、水分をとりつつ、タクヤに教わりながら集中して指輪作りに励んだ。
「できた!」
「すごい!おめでとう!」
「へへっ、算数の勉強より難しかった!」
「あはは、大袈裟だなぁ」
クスクスと笑うタクヤに武道はタクヤの左手をそっと自分の方へと引き寄せ、薬指にそっと嵌めた。
「はい!タクヤ、プレゼント!」
「え!?」
「ちょっと歪だけど!」
タクヤは驚き、目を丸くした。
「…武道、薬指ってどう意味かわかる?」
「?大切な人に指輪をはめる時の指だろ?」
「そう、だね」
「タクヤは俺の大切な人だからな!」と武道は少し照れたように笑う。その武道の言葉が嬉しくてタクヤは少し涙が出てしまい、武道に「タクヤ!?どこか痛い?」と心配されたが「大丈夫」と武道に慌てて向き直り、
「武道、俺を武道の一番、にずっとしてね」
約束だよ、と小指を武道の方へと向けると武道も「おう!」と指切りげんまん!と笑った。
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「ただいま」
「タクヤ、お帰りなさい。楽し…その顔を見れば聞くまでもないわね」
タクヤは母親から見ても大満足そうな顔をしているらしい。タクヤは母親に手土産で摘んだシロツメクサを「産んでくれてありうがとう」と渡すと母親も嬉しそうに「手を洗ってきなさい。後で今日のこと聞かせてね」と震えた声で言って料理の途中なのか台所へと戻って行った。
手を洗い、シャワーで汗を流したタクヤはリビングにいくと「ご飯できたわよ、食べましょう」と母親に促され食卓の席へと座る。母親は「いただきます」と手を合わせるタクヤの薬指にある花の指輪に気づくと「それどうしたの?」と微笑みながら聞いた。
「これ?武道との約束」
「そう、でも萎れちゃうからお水につけときましょ?」
「えー…」
「大丈夫、指切りげんまんしたんでしょ?」
「なんで知ってるの?」
「タクヤは約束っていうと必ず指切りしたがるからね」
幼い頃からの無意識の癖に母親は笑いながら席を一度立って小さな水が入ったティーカップを持ってきて指輪を入れるようにタクヤに言った。タクヤは渋々それに入れると花は満足そうにフワリと揺れた。
「とっておけないかな」
「じゃあ暫く眺めた後、押し花にして栞にしたら?」
「!それいいなぁ」
「ね、そうしましょう、お母さんもタクヤからのお花をそうしようかな」
タクヤの母親はどうやらタクヤからの手土産がよほど嬉しかったのか食事中も始終ニコニコとしていて、タクヤも嬉しかった。
タクヤは夜、ベッドの上で今日あった楽しかったことを思い出しながら幸せな眠りについた。