AZ吸血鬼パロ1 筋肉で引き締まった腕にそっと手を添え、
なるべく傷つけないように慎重に牙を当てて噛む。
ぶつりと皮膚が裂ける音がして血が垂れていく。
口に含んだ瞬間甘く濃密な味が脳を刺激し、
今まで味わったことのない感覚につい夢中になってしまう。
「ッ……!」
突然頭上からくぐもった声が聞こえて咄嗟に腕から牙を抜く。
見上げれば眉を寄せて苦悶の表情を浮かべていた。
「ごめん!痛かった……?」
「いや、大丈夫だ」
優しく頭を撫でるその人はいつも同じ言葉を口にする。
彼の名前はアンジール。血を求め彷徨い続けた結果、見知らぬ森の中で気を失っていた俺を助けてくれた人。
聞けばこの森で育てている林檎を近くの町に売って生計を立てているらしい。
ただの人間が吸血鬼を助けるなんて聞いたことないと最初は警戒したのを思い出す……。
吸血鬼である自分を何故助けたと自慢の爪と牙を剥き出しにし、相手を問い詰め、返ってきた答えに面を食らった。
「誰かが倒れていたら助けるのは当然だ。たとえ吸血鬼であってもな」
「吸血鬼であってもって……分かってんの?アンタ喰われるかもしれないんだよ」
「その時はその時だ」
何とも無いように言い放ち、彼の言葉に甘えて今日に至る。
数ヶ月共に過ごして分かったことは3つ。
一つ、暗い森の中たった一人で暮らしていること。
二つ、真面目すぎてたまに融通が利かないこと。
三つ、彼の血はこの上なく美味しいこと。
俺からすれば二つ目以外は非常に助かる。
住む場所も食糧も困らない、そう思っていたのに。
時間が経つにつれて彼のことが気になるようになった。
何が好きなのか、何故一人で暮らしているのか、アンジールのことをもっと知りたい。
己の感情に気づいた頃には血を差し出してくれるのが段々辛くなった。
自分よりガタイがよく弱そうには見えないが、
人間の歯とは異なり鋭い犬歯で毎日噛みつけば傷も増えていくばかり。
上手く血液だけ摂取出来ないか考えたこともあったが、生物の身体から直接飲まないと意味が無いことを知った。
いくら飲んでもすぐに渇き、身体に力が入らなくなる。
そのせいでこうして腕に噛みつき血を飲む。
傷痕を見る度に悲しくなる。
大切な人をこれ以上傷つけたくない。
「アンジール、やっぱり俺他の方法探すよ」
「ザックス……」
不安気に見つめる彼を直視出来なくて目を逸らす。
自分から言ったものの何も思いつかなかった。
何せ彼の血を飲んで以来他の血が飲めなくなったのだ。
口に含んだ瞬間強烈な吐き気に襲われ、飲んでもすぐに吐き出してしまう。
それは吸血鬼にとってあまりにも致命的。
もういっそのこと息絶えるまで飲まないのもありかもしれない。
「絶対に駄目だ」
「……え?」
突然声をかけられ反応に遅れる。
話が理解出来ず黙っていると肩に手を置かれ、静かに話し出す。
「だからこのまま何も飲まずに生きるのは駄目だと言ったんだ」
気付かぬ内に心の声が漏れていたらしい。
誤魔化すか悩んだが素直に今の気持ちを伝えた。
「俺だってそんなことしたくないけど、アンジールを傷つけるのはもっとしたくない……」
「傷のことなら気にするな、そんなヤワじゃない。それにお前が他の血を飲めなくなったのも俺のせいだろう」
どんな時でも優しい彼に甘えてしまう自分を振り切り、勢いよく立ち上がる。
「アンジールのせいじゃない。元々は飲めてたんだし、探して来る」
他の血だって飲み続ければその内慣れるはず。
狩りの準備をしながら話を続ける。
「その方が楽だろ?俺も助かるし」
「もし他の血が飲めるのならもうここには帰ってこないのか?」
突拍子も無い質問に手が止まった。
出て行くなど言ってないのに何故そうなったのか見当もつかない。
後ろを振り返り声を荒らげて反論する。
「なんでそうなるんだよ!食糧だけ自分で何とかするって話だろ!」
「食糧なんか探さなくても俺がいる」
「もう飲まないって!」
話が通じていないのか頭が痛くなる。
こんなにも意固地な彼は初めて見た。
どう考えても自分が提案した内容の方がお互いのためになるはずだ。
これ以上は埒が明かないと諦め準備に戻る。
「ザックス、聞いてるのか」
聞こえないふりをしてドアの方向へ歩き出す。
ドアノブに手をかけた瞬間、強い血の匂いが広がる。
何事かと振り向けばさっき噛んだ腕からボタボタと血を流しているアンジールがいた。
床には血の付いたナイフが転がっている。
「なっ、なにしてんだよ!?」
絶え間なく落ちていく血から目が離せない。
「血ならいくらでもある、ほら」
腕を目の前に差し出され、ごくりとつばを飲み込む。
駄目だ、ここで飲んだら全部台無しになる。
ギュッと目をつむり叫んだ。
「いらない!!」
「そうか、わかった」
思いの外素直に引き下がる彼を凝視する。
何がしたいのか全く分からない。
どう対処すればいいのか困っているのを他所に己の血を舐め始めた。
「不味いな」
「人間のアンタからしたら美味くないって」
今更確かめる必要もないだろうに。
自分への当て付けだろうか。
アンジールは小さく笑い流れ出る血を気にもとめず、距離を縮めていく。
『逃げないと』そう思っても足が動かなかった。
体格差で自然と相手を見上げる形になる。
「ザックス」
「なに……?」
血の付いた指で唇をなぞられ、目が合うもその瞳には光が無かった。
底知れぬ恐怖が身体を襲い上手く動かせない。
「お前が他の血を飲むのを耐えられない」
「んぐっ!?」
指を口の中に押し込まれ舌を挟まれる。
舌に塗り込むように指の腹で何度も押し込んだ。
呼吸がし辛い、酸欠気味になり視界が霞む。
「……はっ、あ……!」
唾液と血が混ざり合い、口の端から垂れていく。
「どうした?飲まないのか?」
怪訝そうにこちらを見つめるアンジールの腕を掴み引き離そうとしてもピクリとも動かない。
飲みたくない、こんなの間違ってる。
「い……いらなっ……い!」
「そうか、ならこの血はもう必要ないな」
指で口内を弄びながら片方の手にナイフを持ち、あろうことか自分の首に押し当てた。
顔に表情がなく、ただただ虚空を見つめている。
アンジールの首筋から一滴の血が流れていく。
放っておけば本当にやりかねない、そんな気がした。
口の中に異物がある中必死に叫ぶ。
「っ……!アンジッ……!やめ、てっ!!」
「なら約束だ、今後一切俺以外の血は飲まないと。守れそうか?」
仮に守ると誓えばこの先もずっと彼の血を奪う羽目になる。
そんなの嫌だ。
でもここで誓わないと今すぐにでも命を捨てるだろう。
どちらを選んでも俺がアンジールの人生を奪うんだ。
俺と出会ったせいで。
涙が溢れ頬を伝う。もう傷つけたくないのに。
「いやだ……アンジールッ……」
声に反応し、正気に戻った彼はナイフを捨てて指をそっと引き抜く。
「あ……す、すまないっ」
震える手をゆっくり背中に回し優しく抱き締められた。
肩に顔を埋め何度も謝る。
「すまない、お前を苦しめたいわけじゃないんだ……」
「アンジール……」
名を呼べば抱き締めている腕に力が入り、少し息苦しい。
「お前が他の血を飲めるようになったら俺から離れていく気がしたんだ。繋ぎ止める方法がそれしかないから……ザックス、お前が好きだ。そばにいてほしい」
涙を流しながら懇願する彼の背中に腕を回し、抱き返す。
好き、初めて言われた。
人間と吸血鬼じゃ住む世界が違う。好きになるわけないと半ば諦めていた。
嬉しくて涙が止まらない。
「俺も好き、大好き」
「そうか、もっと早くに言えば良かったな」
久しぶりに見たアンジールの笑った顔。
彼が嘘をつくわけないと頭で否定しても不安が拭えない。
だって、だってアンジールは人間だ。俺とは違う。
「吸血鬼相手に好きなんて言う人、普通いないよ。
ほんとに俺でいいの?」
「吸血鬼であろうと何であろうと変わらない。信じれないのなら何度でも言おう。好きだ、ザックス」
胸の奥が苦しくなる。
誰かに愛されたことなんて今まで無かったかもしれない。
「好き、好きだよアンジール。ずっと一緒にいたい……
けどアンジールに頼ってばっかなのは嫌だ」
これからもずっと一緒に生きていくには自分で解決するしかない。
人間にとっても血液は大事なものだ。
「ザックス、さっきも言ったが俺はお前が他人の血を飲むのが許せそうにない」
アンジールの答えは変わらなかった。
一緒にいたい、そう伝えたのに何故だろう。
「なんで?ちゃんとアンジールのところに帰ってくるよ」
「そうじゃない。お前の飲んでいる姿を誰にも見せたくないし、俺以外の味を知ってほしくない」
味はともかく、飲んでいる姿を見せたくないというのはどういう意味なのかさっぱりだ。
他人に見せられないほど下品な飲み方をしていたのか不安になる。
眉を寄せ困惑した表情を浮かべていると気まずそうに頭を掻きながら話を続けた。
「その、飲んでいる姿がやらしくてな……俺以外に見せてほしくない」
「は……?」
解決するかと思いきや余計に頭が混乱する。
血を飲むのにやらしいなんて思うのはアンジールだけじゃないのか。
そんな理由で止められるのは納得いかない。
「やらしいって、アンジール疲れてるのか?やっぱり血を飲み過ぎたかも」
「疲れていない、俺は本気だ」
先ほど切った腕を唇に押し当てられた。
「ザックス、飲んでほしい」
「うっ、で、でも!」
寂しげな表情でもう一度お願いされる。
「頼む、お前に飲んでほしいんだ」
「分かった!分かったから!」
そんな顔して言われたら降参するしかない。
おずおずと舌先で腕を舐めれば、甘美な味が広がる。
腕を切ってからずっと我慢していた分身体がどんどん熱くなっていく。
頭がクラクラする、身体の熱を吐き出したい。
もっと欲しい、もっと。
「その顔だ、気付いてないのか?」
「な、なに?」
夢中になって舐めていると顎を掴まれ上を向かされた。
「今のお前の顔だ。聞きたいんだが、血を飲むと性的に興奮するのか?」
「いや、ないと思うけどっ……!?」
話している間にシャツの隙間から手を入れられ、身体が反応する。
臍の上から段々と上に向かっていく。
「ん!ちょ、ちょっと!やめろって!」
制止の声も虚しく乳首を摘まれた瞬間快感が全身に走り、甲高い声が出る。
「んあっ!」
「説得力ゼロだな、外で飲むのはやめておけ」
そもそもこんなことする人は他にいない気がするが、黙っておくことにした。
触られた箇所がジンジンして熱い。
アンジールは腕を組み、難しい顔をしながら質問する。
「今までどうしてたんだ?血を飲む度にこんなんじゃ身が持たないだろう」
「どうするも何もアンジール以外の血を飲んでも何もなかったけど」
何か文句でもと目で訴えれば顔を真っ赤にしているアンジールがいた。
顔を逸らし何やら呟いてる。
「全く、どこまで惚れさせれば気が済むんだか」
「しょーがねえだろ!勝手になるんだし」
俺だってなりたくてなってるわけじゃないのに……。
目を伏せて床を見つめていると、頭に手を置かれる。
「そう拗ねるな」
「拗ねてない」
クスリと笑いながら頭を撫でる彼の腕を掴む。
「ザックス?」
不思議そうにしているアンジールに構わず手を胸に当てる。
先に仕掛けたのはそっちなのだから責任とってほしい。
身体がずっと熱いのを。
「ねえ、続きしないの?」
「……いいのか?」
戸惑いながらこちらの様子を伺うのがもどかしい。
手に顔を擦り寄せ、目を合わせる。
「いいから、お願い」
「分かった。後で後悔するのはナシだからな?」
後悔なんてしない。頷けば腰を抱き寄せられ寝室へと導かれる。
今日は何もかもが初めてだ。
喧嘩したのも、告白したのも……一緒に寝るのも。
不安と期待で堪らず言葉にする。
「俺初めてだからさ、優しくしろよ」
「ああ、もちろんだ」
軽い口付けを交わし、部屋の明かりを消す。
暗闇に生きる吸血鬼なのに部屋の暗さにドキドキする。
今夜のことは何があっても忘れることはないだろう。
次に目が覚めた時も彼がそばにいることを願ってもう一度口付けを交わした。