恥の多い生夜が明けようとしている。
「まったく君は、こんな時でさえ日を連れて来るんだな」
病室に遮光カーテンはつけなかった。いつまでも彼を抱いてグズグズと留まるような、みっともない姿をさらしたくなくて。代わりに泣き腫らした使い魔のマジロがこの腕を守ってくれている。
退治人ロナルドの病室は慌ただしい。平坦な機械音がしてから白衣を着た人々がバタバタとやって来て、ひとつひとつ確認をしている所だった。決まりきった手順をなぞる姿に澱みはなく、体が震えている人はよく目についた。研修生か、はたまた彼のファンか、どちらにしてもその震えは彼が人なのだと教えてくれるようで安堵した。
ここに至る何十年、ずっとそれを願っていたから。
「ーーご臨終です」
担当医が頭を下げると、倣って全員が頭を下げた。ドラルクはようやく、ロナルドへと向き合った。確認を終えた瞬間ベッドへ降り立ったジョンに遅れるようにして、彼を認識する。
ロナルドは数年前とそう変わらない姿をしている。衰え痩せ細るはずの体は未だその体に肉を残しているし、顔色も頗る良い。
ドラルクはどうしようか、と思案した。
今こそ病院は時間を作ってくれているが、もう少しもしないうちに手続きの話をしたがるだろう。ここは人を治す場所で、悼む場所ではないから。
けれど様々な創作物では、この瞬間、様々にドラマチックが現れるものだ。一番は彼の体に縋って泣きつく事だろう。どうして置いていくのだ、ひとりにしないでくれと。だが、それは何十年かを無にしかねない愚行だし面白くもない。ロナルドの著作に倣うのも、彼が染み付いてしまっていると喧伝するようなものだ。
ドラルクは選んだ。ドラマチックで、平凡な別れを。
酸素吸入器の避けられた口元へ頭を傾ける。すっかりと伸びた髪の毛がロナルドの首筋にかかる。君はくすぐったがりだったのにね。
物語の終わりは、キスと相場が決まっているのだ。ロナルドが口を開けないから、牙がほんの少しだけ当たってしまう。ドラルクは微笑んだ。
「いつか君の墓参りに行くよ、妻と子もいるかもしれんが。浮気だとか言うんじゃないぞ」
その瞬間、ものすごい力がドラルクの肩を掴み取った。
「浮気ですけど!!!!???」
ドラルクの肩は砂と化し、超特大の叫び声で病室は揺れ、医療従事者たちはシビビビと飛び上がった。
ドラルクは砂のまま指を突き付けた。
「貴様ッあれほど言ったろうが!! 吸血鬼にはなるなと!! 何を勝手になっとんじゃこのロナルド!!」
「ヌーン!! ヌーーン!!」
「人の名前を罵倒に使うな半田じゃねえんだぞ、というかこれはお前が悪いだろうがどう考えてもよ!! ああジョン、俺もまた会えて嬉しいよぉ!!」
「私悪くないもん悪くないもん! 私たちにしんみりとか似合わないだろうが君があの世で中指を立てると思ってちょっとお茶目なこと言っただけなのに何牙と耳生やして生き返っとんじゃアホ!!」
「ヌヌ……」
「アホはお前じゃあんな言葉かけられて大人しく死んでやれるかふざけんな!! だいたい吸血鬼にほぼなりかけてた人間捕まえてならずに死ねって言うのマジで倫理観無えからな!? お前の事好きすぎてお前の言う事聞きかけてたけどあれ多分お前が俺の吸血鬼の親で血に従ってただけだからサッサと血飲ませろオラァ!!」
「イヤー!! 大人のマジロ呼ぶわよッ!!」
「ヌァ!?」
起こったことを処理する間ポンポン交わされるやり取りの先を追うように左右に顔を動かしていた医療従事者たちは、細身の吸血鬼のベストを剥がんと臨終の宣告をしたばかりの青年が襲い掛かるちょうどその瞬間に、彼らの肩を叩いた。
「退院の手続きをお願いします。あと迷惑料にこの光景週バンに送りました」
「事後承諾!! エーンご迷惑おかけしてすいませんでした!!」
決まりきった恥の気配にロナルドは「もっかいしにてえ!!」と叫んだが、吸血鬼になった以上、もう簡単に手放してはやらないのだと砂になったドラルクはほくそ笑んだのだった。