ヤケになって頼んだレンタル彼女が瀬田薫だった話「あんたと付き合ったのも、最初から金目当てだったし」
大学一年の春。俺が人生で初めて付き合った彼女は、そう言って去って行った。
その子は俺が通う大学のアイドル的存在で、俺たち男子学生たちにとって高嶺の花だった。
そんな子が俺を好きになってくれたんだ、嬉しいな、って思ってたのに。晴れてキスしようとした瞬間、彼女はそう言ったんだ。
お金だって俺が見栄張ってなけなしのバイト代から出してただけだ。別に大富豪でも恵まれてるわけでもない。
ああ、しんどい、しんどすぎる。俺、明日から何して生きていこう。愛する彼女がいなくなった今、俺は何を糧に生きていけばいいのかな。
「傷心だねぇ、〇〇さん」
「……まりなさん」
そんな俺に話しかけてくるのが、俺のバイト先の先輩である月島まりなさん。
そう、俺はここライブハウスCiRCLEで働いていて、そこで稼いだお金を彼女ちゃんに貢いでいた。もう、それも今となっては古い話だけど。
「……辛い?」
「……辛いっす」
「だよね、私も〇〇さんの立場だったら辛いと思う。その……私からこういうのを勧めるのもアレだけどさ、今の〇〇さんにはこれがいいと思うんだ」
「なんですか? それ」
俺がそう聞くと、まりなさんはとあるサイトを見せてくる。
そこに書かれているのは、レンタル彼女と書かれたロゴとたくさんの女の子の写真。ああ、まりなさん、俺の心の空いた穴をそんな偽りの愛で埋めさせようってか?
「……レンタル、彼女? イヤですよそんな! 嘘の彼女なんてメリットなんてひとつもない!」
「そう? キミのその純愛至上主義なところ、私は嫌いじゃないけど……そのままじゃキミはその元彼女さんのことを一生引きずってうじうじするだけだよ? それはイヤでしょ?」
「うっ」
「ほら、善は急げだよ! もう誰でもいいから女の子を選んでデートしちゃいなよ! きっとキミの心を癒してくれるからー!」
そんなまりなさんに急かされ、俺はとりあえずデート価格が安い順で検索をかける。ほら、偽りの愛にお金とかかけたくないし、まずお金ないし。
そこで一番最初にヒットした「薫」という女の子に予約を入れると、ほら予約入れましたよ! とヤケ気味にまりなさんにその画面を見せる。
「それじゃあ、感想聞かせてね〜!」
そんなまりなさんの言葉を最後に、俺はCiRCLEから家に帰る。
……ワクワクしてないわけじゃ、ないんだよな。彼女とのメッセージにはデート日の服装とデートよろしくお願いします、という文だけ打って、俺は眠りについた。
〜
ついにやってきたデート当日。緊張しながら「薫」ちゃんを待つ俺。
すると、俺を見つけた「薫」ちゃんらしき人影が俺の下に駆け寄ってくる。
「やあ、私を求めてやまない子猫ちゃんは君かな? ……おや」
「カオル……サン……?」
どうしてこうなった?????
今俺の目の前にいるのはCiRCLEの常連、ハロー、ハッピーワールド! のギターをしている瀬田薫さん。詳しい説明は省くがとにかくイケメンで女の子にモテる女の子。
そんな瀬田薫さんは俺の方を見て私を求めてやまない子猫ちゃんと言った。ってことはつまり…
薫ちゃんは薫ちゃんでも、瀬田の薫ちゃんってこと!!!???
「まさか〇〇さんが私を指名してくれただなんて……嬉しいよ、ありがとう」
「え、あ、あ、あぁ……」
「おや、どうしたんだい? もしかして私とデートすることに緊張してしまっているのかな? それなら大丈夫さ、私が誇りを持って君をエスコートしよう」
「あっ大丈夫っす……」
俺がそう言うと、不思議そうにそうかい? と聞いてくる薫さん。
俺はそんな薫さんを連れ、とりあえず近場のカフェに入った。
〜
「……とりあえず、お代は今払っておくね。後でぼったくられても困るし」
「そんなことはしないと思うけれど……でも、ありがとう。私は君の喜ぶ顔が見られるのならお代はいらないと思うけどね」
「千円くらい俺でも払えます。って言うかいくら薫さんが人気なさそうとはいえそんな低く設定しなく……いやなんでも」
「〇〇さん?」
そうしてやってきたカフェの中で。俺はまず、薫さんに今日のデート代を払うことにした。
こういうのって早く渡したりした方が世界観に没頭できるし。テーマパークのチケット的なそんな感じだよ。
「ところで〇〇さん、ひとつ聞いてもいいかな?」
「うん、なあに?」
「私とデートする、と約束した男の子たちは私と目が合うなりみんなすぐ帰ってしまうんだ……どうしてだろうか?」
へぇ、そっか。みんなすぐ帰っちゃうんだなぁ、悲しいなぁ、その男の子の気持ちもわからなくないのが余計悲しいなぁ。
どうしてそんなにも男の子からの評価が悪いのか、わかってるけど知りたい俺はこっそり彼女のレビューを見てみる。
☆1「なんかキザなところが女の子にモテモテの同僚に重なってムカつく!」
☆1「最初はどんな子なのかと期待していたが彼女が喋りだした瞬間そのワクワクが消え失せた。なんだこいつ」
☆1「もはやレンタル“彼氏”じゃん」
☆1「儚いってなに? 子猫ちゃんってなに?」
☆1「美人は美人なのにもったいない」
……うわぁ、散々だな。ここまでひどい言われようだとは思わなかった。
それなのにこの仕事続けるって、なかなか鋼のメンタルだよな。それに、まずどうしてこの仕事を?
「あのさ、薫さんはどうしてこの仕事を始めたの?」
「ああ、それはね。ある日アナタの魅力を活かすお仕事! というポスターを見つけたんだ。それを見た私は、これは私が一番輝ける仕事なのではないかと思ってこの仕事に応募したのさ」
「……その割に人気がないみたいだけど」
「それはつまり……私といつでも会える、ということさ」
うそだろこの子めっちゃポジティブ。俺だったら絶対無理、耐えれない。メンタル鋼超えてダイヤモンドだよこの子。
でもそっか、俺も薫さんみたいに堂々としてたら良かったのかな。こんなウジウジ後ろ向きで悩む俺だからこそ、大好きなあの子にも振られ……
「……辛そうな顔をしているね」
「大丈夫、なんでもないから」
「そう、かい?」
でも、それを悟られたくないがために俺は無理矢理笑顔を作って薫さんに笑いかける。
ほら、俺の今の彼女は薫さんなわけだし。……偽りの彼女だけど。
「さ、さあ、デートしよっか! それこそさ、水族館とかどうかな?」
「水族館……それは儚いね!」
とりあえず、俺はデート先に水族館を指定して彼女と店を出る。
──すると。
「さあ行こうか、子猫ちゃん」
そう口にした薫さんに手を引かれ、俺たちは水族館に向かうのだった。