この人のこんな顔を見ることになるなんて、と。苦しげな寝姿を見下ろしながら、こちらがショックを受けている。自ら赴いておきながら何を勝手なことを。テラさんが、今は弱っていることはわかりきっていたのに。だからこそと足を運んでおいておかしな話だ。
誰もが寝静まった夜更け、うなされて、部屋から漏れ聞こえてくる声。何ができるわけでもなくとも、向かいの部屋へと向かったのはもどかしさからのことだ。放っておくには忍びなく、逡巡の果てに自室を後にした。ノックと共に呼びかける。返事はないとわかってはいても。今は施錠されていないドアは、ノブを回すだけで素直に開いた。
「……テラさん。天彦です。失礼します」
変わらず、返ってくる言葉はない。ただ苦しげな声が不規則に積もって足元で淀んでいる。灯りを絞った間接照明が浮かび上がらせた姿はぐったりと力なく、信じられないくらいに弱々しい。何かの間違いではないかと思うほど、否、間違いであってくれたならと願うほどに。覗き込んだ顔色は良いとは言えず、惑いののちに触れてみれば唇はかさついている。熱はないようだが心なしか体温は低い。どうすれば、と考えてみてもその先はないまま。
「…………あまひこ、」
「ぁ、……すみません、勝手にお邪魔して。起こしてしまいましたね」
「ん、いいけど……。どしたの、今……夜、だよね。みんなは?」
「眠っていると思いますよ。真夜中ですから」
「ああ、そんな時間なんだ。それで、天彦は? 寝ないの?」
「テラさんの様子が気になったので」
寝返りをうったついでにベッドの端にスペースを作られて、不躾な滞在を許されたと察する。招かれるまま腰を下ろすと、テラさんものろのろと起き上がった。ふう、と口から漏れた溜息の深さに疲労が表れている。けれどそれでも、この人から損なわれたものがあるとは到底思えない。
「ねえ、テラさん。自分を愛せるあなたは素晴らしい。だけど、いくら度が過ぎても立ち止まろうとはしない。己を省みても、よりその想いを強くするだけとは……」
負けました、と言いながら、呆れてもいることはきっと見通されているだろう。同時に、その煌めきを出し尽くした後の翳りの姿に、こうして心を痛めていることも。乱れた髪に手をのばし梳いてみれば、その動きを追うように首を傾げ、目を瞑って微笑むテラさんがいつもの調子で言う。
「そう、僕って素晴らしいの。ちゃんとわかっててえらいね、天彦」
今度はテラさんの手がのびてきて、僕の髪に触れる。そうして子供を褒めるときのように頭を撫でられて、いいこ、なんて囁かれては。
「まったく、困った人ですね」
「なぁに? 愛らしい人、でしょ?」
ほらやっぱり、案の定。知られている。言葉にしない胸の内までいつの間にか、鏡の中を覗き込むみたいに見つめられて。愛おしいから何かせずにはいられなくなってしまう。そんな想いをまたひとつ重ねたことまで、手に取るようにわかるとでもいうのか、この人は。
「ねぇ、テラくんお腹すいちゃった。何か食べるものある?」
「ありますよ。依央利さんが毎食作ってましたから。テラさんが目覚めたときのために、いつでもできたての温かい食事を出せるようにって」
「毎食? 相変わらず律儀というか、やりすぎというか……」
そんなことを呟く声音が力無くとも明るいから頬を撫でる。持ってきますから待っていてください、と伝えて、階下のキッチンへ向かうために立ち上がった。明日の朝、このことが依央利さんに知れればきっと怒らせてしまうのだろう。どうしてそんなことしちゃうの、すぐに作り直したのに、奴隷なんだから叩き起こしてよ、と。申し訳ないけれど、こればかりは譲れない。
ベッドの中のセクシーで美しい人が、早く、と僕を急かしながら、次のわがままを言おうとしているから。