君の知らない話をしよう 凍てついた氷の世界から次元の狭間を抜けてたどりついた世界。そして、気が付けばこの方舟という不思議な空間に行き着いた。
フーゴは城門前に広がる湖を眺めていた。
湖のほとりには赤や黄に色づく木々が並ぶ。日中は陽に照らされ暖かいが、夕暮れ時に近づけば吹く風に冬の匂いがした。
「こんなところで何をしているんだい?」
振り向けば、あの男の忘れ形見が立っていた。
「やぁ、パスカルか。ここには見たこともない植物が多いと思ってね」
「そうだね。僕も初めて見た時は驚いたんだ」
フーゴの隣にパスカルは並ぶと、大きく息を吸って背を伸ばす。
「屋上庭園はもう見てくれたかな? きっと、気に入ると思うんだ」
パスカルは朗らかに笑みを浮かべた。
この湖とは違い、屋上庭園はポーネ・メテルとの繋がりが強い。一度足を踏み入れたが、生い茂る植物に持ちはしないと思っていた郷愁のようなものを感じた。
きっと、あの館に似ているからだろう。知りたくもない事実を一つ知ってしまった。
「ああ、愛情がかけられているのが一目で分かったよ。君がやっているんだろう?」
そう褒めれば、パスカルは照れくさそうに、しかし嬉しそうに目尻を下げた。
「ありがとう。それで、頼みがあるんだ」
フーゴが首を傾げて続きを促せば、パスカルは視線を泳がせる。しかし、すぐにフーゴの目を見て言葉を続けた。
「……良かったら、父の話をしてくれないか?」
「……僕でよければ、もちろん」
僕のことを恨んでいないのか?
喉元まで出かかっていた言葉をフーゴは飲み込んだ。
フーゴの返事にパスカルは安堵の表情を浮かべる。
「ありがとう。美味しい紅茶が手に入ったんだ、焼き菓子もあるし一緒にいただかないか?」
「それは楽しみだね」
パスカルは嬉しそうに笑みを浮かべ、方舟へと向かう。
「あっ、フーゴ。葉がついているよ」
ふいに、パスカルの手がフーゴの肩へ伸びる。
真っ赤に色づいた紅葉が一枚。
「……ありがとう」
前に会った時に触れた君の手は、これくらいの大きさじゃなかったかな。
フーゴが視線を上げれば、前を進むパスカルの背が見える。その後ろ姿が、一瞬かつての友に重なったような気がしていた。
もし君がここに来ることがあるのなら、僕は君に何を伝えたいのだろうか。でも、まずは君の知らない息子の話をする僕に眉根を寄せればいい。ああ、その時が楽しみだな。
紅く染まる空を見上げながら、フーゴはそんなことを思っていた。