近く遠く「くっそぉ!どこだぁ…」
広すぎる空港のターミナル内で数学教師はひとりの人物を探していた。
探し人の出発時刻はわからない。もう行ってしまったかもしれないし、もっと遅い時間なのかもしれない。もしかしたら、今飛び立った便かもしれない。発見できる可能性はかなり低かったが、数学教師の目は、足は、化学教師の姿を探すことをやめなかった。
「頼むから間に合ってくれ!伊黒」
祈るような気持ちが声に出た。
空港のロビーで化学教師は、スマートフォンの画面を眺めていた。画面には数学教師へ送信するだけのメッセージが表示されている。
『さようなら』『あなたの幸せを心より願う』
たった二行の言葉を送ることを躊躇っていた。
あの日から今日まで不死川と言葉を交わすことも、メッセージのやりとりもしなかった。こんなメッセージ、何をいまさら…と思われるような態度をとってきた。けれど自分から終止符を打つこともできなくて曖昧な関係のまま出発の日を迎えてしまった。
ロビーに搭乗案内のアナウンスが流れはじめる。出発ギリギリまで伝えられなかったメッセージを、伊黒は意を決して送信し、ゲートへ向かって歩き出した。
顔を上げ歩き始めた伊黒の数歩先には、不死川の姿があった。
不死川も伊黒も見つめあったまま動けなかったが、最初に口を開いたのは伊黒だった。
「何しに来た」
「見送りぃ」
当たり前のように不死川は答え、距離を詰める。
「もっと大事なことがあるだろう?」
「お前より大事なものなんてねぇ」
断言する不死川に向かって伊黒も歩き出す。
「バカなのか」
「かもしれねぇなぁ」
2人の距離は互いに近づき、伊黒は不死川に向かって腕を伸ばし、不死川はそんな伊黒を受け止めた。
「まいったな、伝えたい事がたくさんあったのに忘れてしまった」
「そんなもんはなぁ、忘れとけぇ」
別れの言葉や謝罪の言葉より伝えたい事があった。
「好きだって言いたかったことも?」
「それは僥倖」
そう答えた後、耳元にそっと告げた。
「キスしてぇ…」
伊黒は、他に言う事はないのかと呆れながら「少しは学習しろ!」と言い不死川の頬に唇を寄せた。
「落ち着いたら連絡する」
「わかった」
そう言って互いの腕を解き、伊黒はまた歩き始めた。
不死川は、次の週末にでも会いに行くと心に決めた。
✼後日談✼
スグに連絡が来ると思ってたのに、全っ然来なくてイライラしていたが、新天地での新生活を気遣って自分からは連絡できなかった数学教師。
化学教師から連絡が来たのは3週間後、その週末に数学教師が飛行機に乗っていたことは言うまでもない。