狂+騎+平安×綱さんほしい気持ち綱は金時に呼び出されていた。
呼び出されることは珍しくない。金時と綱はそういう関係であるし、綱は金時の部屋の合鍵も渡されている。
だが『とにかく来てくれ』とだけ小さな端末にメッセージが飛ばされ、それ以降なにもないのだ。
とりあえず行ってみるかとやってきた。
「金時……?」
中は薄暗く、メインルームには誰もいない。
「来たぞ」
「おーこっちだ」
寝室から声がする。何故出てこないのかわからない。寝室に何かあるのだろうか。不穏な気配はとくにはなく、慣れ親しんだ男の気配があるだけだ。
首を傾げながら、寝室の戸に手を掛けた。
「金時?なにが……」
「おう」
「おぉ」
「……兄ィ」
「…………」
「固まってんな」
「固まってんなあ」
「兄ィ」
「なに、が……」
部屋の中はすごく燻されてた。一体ひとりでどれだけ吸ったのかと思う程に煙たい。
ひとりで、どれだけ……。
「ひとりで?」
「「「兄ィ?」」」
音が響く。くらりとめまいがして綱はぎゅうと目を閉じた。
「……」
そして開ける。
しかし、なんど瞬きをしても、燻った部屋の中の景色は何一つ変わらない。
ひろい部屋の中央には、大きなベッドが一つ。
光沢のあるシーツが波を打ち、橙色の間接照明がとろりと流れている。
そのベッドの上に男がさんにん。
流れる沈黙。
綱は、ため息をついてから眉間を揉んだ。
「説明してくれないか?」
「説明って、言われてもなあ」
太い首の上にある小さな首が傾ぐ。さらり、と光沢のある髪が滑る。
よく見慣れた姿に綱は目を細めた。
「まあ、すぐ戻んじゃね? なあ?」
サングラスの上にひょいと鋭角の眉が上がる。
「まあ、分かれたってどれも俺っちだしなあ」
「な」
「まあ」
違うようで同じ顔が互いに視線を交わしている。
「そこで、だ」
見慣れない。短い髪をかき上げた金時が、にっと口角を上げた。
「こっちの俺がよお」
黒い手袋に包まれた手が、ぐい、と親指で隣を指す。そこには綱にとって最も見慣れた懐かしい姿の金時が、熊のように背を丸めて座っていた。
「なんでか覚えてねえってンだよな」
「なに?」
ぐ、と声とは反対側から肩を抱かれる。開いた胸元からふわりと覚えのある香りが漂った。
抱かれるままにたたらを踏み、目を丸くして見上げればサングラスの下からほんの少し困ったような視線が綱を見下ろしていた。
「は?」
一体何がと眉間を寄せる。
状況を飲み込めずにいると、逆側から黒に包まれた胸板が迫った。はっとするより早く、白い腕と交差するように伸ばされた黒い腕が、後ろから覆うように綱の頬と顎を覆った。
その手は少々強引に、綱の顔を正面に向ける。そこには、赤い顔で座り込んだ若い男がいた。
「アンタと、シてたって」
「……は?」
ぎょっとして顔を向けると、ふわふわとした黒い毛皮に顔が埋まった。
「なあ、どっちも俺じゃん?」
「何を……」
振り向けば、白い男はやはりほんのすこし困ったように笑っていた。綱にとってはここにきてから一番見慣れている姿だ。
左右から分厚い胸に挟まれ、綱は困惑を隠せないまま、どうしてか幼く見える男を見下ろす。
「なあ」
すぐ耳元で、いつもよりすこし明るく聞こえる声がささやく。
「兄ィ」
反対から、聞き慣れているはずなのにこうして聞くと艶っぽくきこえる声が、耳にとろけてくる。
「「いいだろ?」」
「!」
いつのまにか左右から手を取られ、耳を塞ぐこともできない。同じで違う声が綱の逃げ場を奪うように覆い被さってくる。
「……兄ィ」
とどめには、真っ赤な顔で綱を見上げる碧い瞳。
「なに、を」
綱は大きく息を吸って、ごくりと喉を鳴らした。