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    hagiw0

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    hagiw0

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    言えないテ神と、求められたいデくん。
    パでのはなし。
    CP要素はデイテスのみですが、渡辺が出ばり、そして同じラインでは金綱が生産されています。また、作者は渡辺を王子様か何かだと思っています。それでも大丈夫でしたら。

    ##デイテス

    楽園の休日デイビット・ゼム・ヴォイドはその短い人生の中で、最も愚かしい実験に着手した。もっとも、いかに愚かであったかというのは後々に本人だけがそっと気付いた事であり、始めた当初はこれしかないと思っていたし、結果がどのように作用するのかなどということは、それこそやってみなければわからないことであった。
    いずれにせよ、『後悔』というおよそ生きているころには感じることのなかった無駄な感傷に襲われることになったわけだが、このときはまだ知るよしもないのであった。

    ある朝、デイビットはいつものように温かなベッドの中で目を覚ました。
    何一つとして自分を追うもののない環境で眠り、目を覚ますことのなんと心地よいことであろうか。ここにきてから、毎日が驚きに満ちていた。
    デイビットは死んでいる。
    死して後、この戦士の楽園であるミクトランパでのびのびと生活していた。
    ここでは何もかもが消えていくことなく、デイビットを慰撫してくれる。過ぎ去った星のきらめき、耳に残る鳥のさえずり、鼻先をたたいた雨粒、なんでもない昨日がすべて頭の中にある。
    そして、安心して眠ることができた。遠い記憶の更に先にある、安寧という感覚。それを手繰り寄せた夜、デイビットは随分と久しぶりに深く息を吐いたのだ。
    睫の隙間に、きらきらと輝く帚星が見えた。ミルキーウェイよりなお目映い。
    「おはよう、テスカトリポカ」
    「ああ、おはようさん」
    手を伸ばして、頬に触れる。彼の頬は確かに温かくそこにある。
    頬に掛かる髪ごと掬い上げて 撫でると、腕の中の神様は猫のように懐いた。
    「休めたか?」
    「ああ」
    頷く。神は微笑む。シニカルな男がこうやって笑うとき、デイビットは昔の記憶が蘇る。遠い日に父と教会で見た、慈愛に満ちた像の微笑み。
    穏やかで優しく、全ての赦しを注ぐ微笑みだ。
    この苛烈な神も同じなのだろう。どんなに殺そうと、残忍であろうと暴虐であろうとも、勇敢な戦士であること、ただ一点のみで赦しを与えるのだ。
    かの時代を生きた人々が実際にどう感じ、彼を崇めていたのかを知る方法はないが、少なくともデイビットはそう思っている。
    テスカトリポカはさっと身支度を調えると、すぐキッチンに降りていってしまった。
    ここで目覚めた日には、必ず手づから食事を用意するのだ。
    チキラレスかケサディーヤどっちが良い、と聞かれた。どちらでもというと鼻の上に皺を寄せるので、ケサディーヤを選んだ。
    ジャムとパンで十分だったのだが、昨夜のトルティーヤが余っているのを使いたいのだろう。どれにしても、テスカトリポカは意外と料理がうまいのだ。
    テーブルには、オレンジジュースと緑色をした液体、ケサディーヤと目玉焼きとサラダが並んでいた。
    「コレはなんだ」
    「野菜ジュースだ」
    飲め、と。
    テスカトリポカは、デイビットに野菜を食べさせたがる。死んでいるのだから健康も何もないと思うが、彼いわく美味いと感じるモノは多い方が良いらしい。
    言いたいことは理解出来る。デイビットには味覚を発達させる術がなかった。いまからでも楽しんで欲しいと、ドリームスパの経営者としては思うのだろう。デイビットは緑色のモノをあまり美味いとは思わない。ほうれん草のリゾットを食べるならマカロニチーズを頬張りたいのだ。
    しかし、文句は言わない。野菜を好きではなくとも、特別なひとが自分の為に作ってくれた料理は美味い。
    心を無にして野菜ジュースを飲み終えると、朝日が眩しいような顔をしたテスカトリポカがこちらを見ていた。
    昼近くまで、だらだらと朝食を食べる。珈琲のおかわりをいれたり果物を切ったり、パンを出してきて蜂蜜を塗ったりして食べた。
    「さて、じゃあオレは行く」
    「カルデアか」
    「御用聞きはするがね、必要な時は呼べよ」
    テスカトリポカは、並んで座っていたソファから立ち上がった。まだ火のついていない煙草をつまんでいる指に手を伸ばし、絡める。
    「どうした、甘えたか?」
    「そうだ」
    「ふ、素直なのは良いことだぜ」
    その腕を引き、顔を寄せる。
    「サングラスが邪魔だ」
    テスカトリポカは濃い色のグラス越しにきょとんと瞬きしてから、苦笑と共にサングラスを外した。
    「はいはい、これでいいか?」
    「ああ、ありがとう」
    「どういたしまして」
    甘えん坊だな、という笑いを唇に感じながら一度強く抱いて、送り出す。
    後ろ姿が煙と消えるのを確かめ、ドアを閉める。
    今日は東の方の森へ行ってみる予定だった。

    デイビットは、目を覚ましハッとした。
    時計を見ると、最後に日付を確認したときから1週間経っている。ミクトランパでもある程度の時間経過の感覚は欲しいと最初に願い出たので、ここには時間も季節もある。デイビットはどうやら、学者としての体質を父からしっかり受け継いでいたようで、採集や研究、フィールドワークが好きなようだった。ようだった、というのは生きている頃にはそれを楽しむ余裕などなかったからだ。あれだけ色々出来たのは今思えば向いている、ということだったのかもしれない。
    このミクトランパが何を元にして構成されているのかわからないため、いわゆる型式学的な思考方法で研究が正解に辿り着くのかもわからない。それでも天然とは思えないモノをみつけると興味がわいた。ソレがテスカトリポカがデイビットの為に用意した余興だったとしても、だ。
    ここは安全なのだと思えば、研究以外のことに気をとられないで済む。お陰で、疲れたらその場で眠り、腹が減ったら自生している食べ物を口にし、川で行水をしていたら、気付けば1週間経っていたというわけだ。
    流石に一度帰ろうと、来た道を戻る。安全ではあるのだが、やはりギリギリ地球の自然に近い形にしてほしいと願ったお陰で、道程はさほど楽ではなかった。
    部屋の中は、出たときのままになっていた。
    それはそうだ。ここはデイビットが一人で暮らす家である。だが微かに、もし不在の間にテスカトリポカが来ていたらとも思ったのだ。1週間連絡を取り合わないことも過去にはあった。あの黄金樹海の中では、共にいた時間の方が短いかもしれない。それでも、パスは繋がっていたから常に互いを感じてはいた。今は、それがない。
    「……」
    がらんとした部屋の中で、けれど、カルデアで忙しくしているであろう神を呼びつける気にはならない。
    この状況に複雑な感情がないと言えば嘘になる。デイビットはテスカトリポカに言わせれば負けず嫌いで頑固なのだそうだ。
    だが生憎と敗者の身、今のテスカトリポカの優先順位が今を生きるカルデアにあるのは仕方がないことだった。
    デイビットは暗い部屋に明かりを付けて、バスタブに湯をためた。

    ひと月。
    デイビットはテスカトリポカの顔を見ていない。一度だけ、必要なものはないか、と端末に連絡が入った。何もなかったのでない、と答えてそれきりである。
    最後にあった日の事を思い出しても、とくにかわったことはなかったはずだ。
    朝共に目覚め、のんびりと朝食をして見送った。以上だ。
    たしかに、デイビットはテスカトリポカを呼び寄せたりはしなかった。けれど、デイビットにはテスカトリポカに会いに行く術がないのだから、たとえデイビットが呼び寄せずともテスカトリポカから会いに来れば良いはなしではないだろうか。
    「……」
    外を見る。霧雨が煙っている。
    湿った空気を吸い込んで、ぎゅ、と目を細めた。
    デイビットは、ひとつ、気付いてしまった。
    ここに来てから、一度だってテスカトリポカに何かを要求されたことがなかった。やってくるのは来てくれと声を掛けたときだけだ。自ら会いたいとやってくることは、一度としてない。
    思い返せば夜の行いも、デイビットが強請っていた。細かいことを言えばキスをされた記憶も無い。自分からした記憶ばかりが残っている。
    5分の制限がなくなったデイビットの記憶容量は非常に多かった。
    テスカトリポカはそのことについて、デイビットからその容量を無断で奪っていったアンフェアな連中に対して、憎しみとすら言える怒りを抱いていたことを思い出す。
    だが、それだけだ。
    デイビットは、あの全能神に対して恋と言える感情を向けている自覚がある。だが、テスカトリポカが同じ感情を返してくれているのかと思えば否だ。そもそも規格が違う。アレは恋をすることなど出来ないはずだ。恐らくは。
    今の関係は恋人同士ではない。
    そんなことは理解していたはずで、求めることじたいが無駄だ。今の、恋人同士『のような』関係で満足すべきである。
    そんなことはわかっている。デイビットの優秀な頭は状況をしっかりと理解しているし、納得をしている。だがそれでも、もしかしたらとそう願ってしまう。
    デイビットは愚かしく要領を得ない己の思考に、ぎゅうと眉間を寄せた。
    そうして思う、このまま自分が呼びかけなかったら、あの神はどうするのだろうか、と。

    それから太陽が20程戦いを終えた後、久々にデイビット以外の者が玄関を開けた。
    「よお、いるか?」
    テスカトリポカは、まるで昨日も訪れたかのような様子でやってきた。2階の寝室でシャワーを浴びていたデイビットは、うんと頷いて階段を降りる。
    「変わりないか?」
    「ここで変わることができるのか?」
    「いや、無理だな。少なくともオレに気付かれずには」
    では何故聞いた、と思うが口には出さない。
    「向こうのライブラリで良い映画を見つけたんで、オマエの様子見をかねて来た」
    テスカトリポカは、まるで空気か何かのように軽やかに歩く。音がしない。猫のようだ。猫のようだと言うと不敬と言って唇をとがらせる。猫の何が不敬なのかはわからない。ジャガーと何が違うのだろうか。大きさだろうか。
    軽やかな足取りはデイビットのすぐ手前で止まった。
    「デイビット」
    テスカトリポカはサングラスを外し、殆ど同じ高さでじっとデイビットの目を見る。その青い目は、日差しの注ぐセノーテのようだ。
    顔を晒し機嫌良く口角を上げていると、普段よりも少しだけ幼く見える。
    美しい神は口の端に笑みを刷いたまま、デイビットを見つめている。
    「なんだ」
    機嫌良くつり上がっていた口の端は、時間を掛けて下がっていった。
    「……あー」
    青い目は暫くデイビットを見つめ、そして再びサングラスの向こうにかくれてしまった。
    「いや……。問題はないな。じゃあ、何かあったら呼べよ」
    テスカトリポカはひょいと肩をすくめ、一歩後ろへ下がった。踵を返し、去って行こうとする神を、デイビットは引き留める。
    「見ていったらどうだ」
    「何?」
    「映画」
    テスカトリポカは、デイビットには形容の出来ない、よくわからない表情を浮かべた。ポップコーンを作ると言えば、何か釈然としない顔のまま、そのブーツはシアタールームへと向かっていった。

    シアタールームは小さいながら十分な設備が整っている。
    3人がけの座り心地の良いソファに、狭い部屋でも臨場感を持たせるように設置されたスピーカー、壁一面のスクリーン。
    デイビットがポップコーンを抱えて入ると、テスカトリポカはソファに腰掛けて煙草を吹かしていた。ソファの中央にポップコーンを置いて、開いている端に腰を下ろす。テスカトリポカは、デイビットを横目でちらりと見ただけで、何も言わなかった。
    それは恋愛映画だった。
    デイビットは、まずこの類いの映画はみない。興味が無いと言うより、よくわからなかったのだ。今日、テスカトリポカが何故この映画をもってきたのかはわからない。
    デイビットが生まれるよりもずっと前の作品だ。たった数日間の逢瀬の話。狭い街の中での夢を見るようなロマンス。
    王女と新聞記者は、それきりで別れを迎える。二人の間にあったのは恋心とささやかなキスだけだ。
    映画を見終わると、テスカトリポカはじゃあなと言って出て行った。
    ここは彼の領域だが、この家は彼の帰る場所ではない。
    デイビットはクレジットも終わり、メニュー画面に戻っているスクリーンをぼんやりと眺めた。ベスパに乗った男女が楽しげにしている。ふと、砂漠を駆けたときのことをおもった。ついこの前のはずなのに、もう随分と昔のように感じる。
    そうして気付く、画面の中の数日間はまさに今なのだろうと。

    渡辺は、テスカトリポカを探していた。マスターが彼の神に用があるのに捕まらないと嘆いていたからだ。共に探そうと提案し、カルデア中を探して歩いていた。
    ここは広く、そして神霊級と呼ばれるサーヴァントが本気で隠れていたらみつけるのは至難のわざだろう。その上彼の場合、このカルデアの中にいるのかどうかも微妙なところだった。マスターが言うには、基本的には常駐してくれているらしいが、神霊というのは人間にはわからない動きをするものである。
    さて何処へ消えたのかと歩き回っていると、いつの間にか廊下の照明が落ちていた。
    ここは太陽の動きを模して消灯する。突然真っ暗にはならない。昼間から徐々に暗くなっていき、21時を回ると一部を除いて足元照明以外が消えるのだ。
    暗い廊下を歩く。すると、あまり人のこない第4娯楽室から明かりが漏れていた。揃っている機材も少なく、場所もすこし外れているため、ここにひとがいることは少ない。
    誰がと思ってのぞき込めば、尋ね人が一番手前のソファに腰掛けてじっとスクリーンを見上げていた。
    「見ていけよ、もう終わるが」
    映画の佳境を邪魔するのは悪いだろう。素直に頷いて、近くのソファに腰掛けた。
    渡辺は、あまり映画というものを見ない。時折義弟に付き合う程度である。だから何を見ているのかはわからない。ただ、男女が仲睦まじくしているので、おそらく恋愛映画というものなのだろうと推測する。
    意外だった。この戦の神が恋愛映画をみるというのが。そもそも渡辺の認識している、戦の神ということそのものが誤っているのかもしれない。宗教と文化は密接で、その全てを部外者が理解するのは難しい。
    男女が車に乗り込む。言葉を交わし二人は熱く抱擁をする。離れたくないと言うような口づけを交わし、けれど女性は一度も振り返ることなく去って行った。
    ちらりと横を見ると、完璧な凹凸の横顔があった。暗い部屋の中で、映画の明るさがオーロラのようにその陰影を浮き上がらせている。
    物語は進んでいく。男性が壇上の女性に質問し、女性が答える。そうして、女性が去り男性が去り、物語は幕を閉じた。
    幸せな終わりではないが、渡辺には馴染みのある終わりだった。
    映画も終わった、目的を果たそうと改めて隣を見て、手がとまった。
    美しいばかりの横顔に、光るものがあったのだ。
    それこそ、まるで映画のようだった。暗い部屋の中、画面の明るさに照らされ浮かびあがる横顔、滑らかな頬に流れる、一筋の涙。
    その尖った頤を雫が滴って、渡辺はゆっくりと瞬きをした。
    美しい光景だった。
    「っ!」
    テスカトリポカは瞠目し、横を向いた。黒い爪の指先が頬に触れる。
    「な、んだ」
    「ああ、すまない」
    渡辺は手袋に包まれた己の手を見た。
    半ば無意識だったのだ。
    「失礼した。貴人に涙されることに慣れぬ故の無作法だ。許して欲しい」
    涙を拭った指先をぎゅ、と握り頭を下げる。
    テスカトリポカは困ったように笑い、まだ暗いにもかかわらずサングラスをかけ直した。
    「まあ、構わんが……。あまり他でやらない方がいいぞ」
    「マスターが、あなたのことを美を司ると言っていたのを思い出した」
    「?」
    「思わず手を伸ばすほどだったという話だ」
    「……サムライっていうのはみんなそうなのか?」
    「他の者のことはしらないが、少なくとも俺はそうだ」
    貴方に涙は似合わない、と。
    言えば、全能神はなんとも言えない表情で眉を寄せた。女泣かせだろうなと片頬をつり上げる。渡辺は黙って首を振った。
    「マスターより言伝があって貴方を探していた」
    これで当初の目的を果たした。マスターからの業務的な伝言と私的な用事を言いつかっていたのだ。預かりものを渡し立ち上がる。
    「テスカトリポカ殿」
    「あん?」
    「立場というのは、難しいものだな」
    薄い唇が、ゆっくりと煙草を吸う。暗い部屋の中に甘く煙が満ちる。
    「誰の得にもならないのに、消し去ることも出来ない。立場、いや、運命(さだめ)か、いずれにせよ……」
    「よせよ、それこそ誰の得にもならん」
    「失礼。出過ぎたことを言った」
    「アンタ意外とお喋りだな」
    言われ、渡辺は口を閉じた。
    口の端で笑い、では失礼する、と一礼し部屋をでる。廊下の空気は軽い。煙がないからかもしれない。振り返ると、すでに電気は消えていた。
    さっきの映画を義弟にも見せてやろうと思いながら、渡辺はその場を去った。

    デイビットは窓に背を預け、自分のベッドを眺めていた。
    ヒトの形に盛り上がっている。
    デイビットのベッドだが、シーツの中にいるのは勿論自分ではない。
    先ほど暫くぶりに家に戻ったところ、気配を感じた。寝室に向かうと黒いシーツの隙間から絹糸のような金が覗いていたのだ。
    思いあたるのはひとりしかいない。起きるまで待っていようと、腕を組んだままぼんやりと小山を眺めてるのだ。
    ゆっくりと上下するシーツ。
    そのたびに傾斜を滑る皺が波を打ち、光沢のある布は光を反射させている。
    窓から差し込む太陽は低く、濃い橙色をしていた。絞りたてのオレンジジュースのようだ。
    そのうちにつま先が覗き、ぎゅうとシーツを手繰り寄せた。
    もぞもぞと動いたかと思うと、乱れた金糸の間から青い目がデイビットを捉える。
    「おはようテスカトリポカ」
    「……おう」
    「ひさしぶりだな」
    眠たげな瞼がゆっくりと上下する。疲れているのだろう。
    彼はデイビットのせいで肉体を得てしまったから。その上、カルデアでだって色々あるはずだ。デイビットの知らない、多くのことが。
    シーツの隙間から生白い腕が伸びてきて、デイビットに届く前にぱたりと落ちた。
    「俺は」
    その黒く塗られた爪のほの赤い指先、締まった手首、寝乱れた長い髪を順に見て、デイビットは体勢を変えないまま呟いた。
    俯くように顎を埋め、上目に寝そべる神を見る。
    「お前に触れたい」
    テスカトリポカが、驚いたように目を丸くしてゆっくりと身体を起こす。
    タトゥーの入った肩は、肌の白い部分よりぬらりとして見える。シーツが肩を滑り腰元にわだかまる。
    「?いいぜ、オマエがしたいなら」
    「だが」
    デイビットは、その魅力的な視界から目を背け、ため息をついた。
    そうではないのだ。
    「お前はそうではないな」
    こんなことを言うのは馬鹿げている。まったく理性的ではないし、頭ではこの無意味さを理解しているのだ。けれども、やっと多少の情緒を理解しはじめた心がそれを拒む。
    「この感情がわからない。おそらくこんなことをお前に求めるのは違う。それは理解できる。だが、考えと感情が同じにならない」
    「デイビット?」
    わかっていて止まらない。
    まったくままならなくて、思い通りにいかない。ある意味で、生きているときよりもやっかいだった。生きているときは何もかもが制限されていたから、望む余裕すらなかった。
    「お前が俺に触れたいと思わないのに、俺が触れたい時にお前触れるのはフェアじゃない」
    テスカトリポカが微かに目を見開く。
    デイビットは続ける。
    「まったく別の個体で同じ感情を求めるなどというのは不可能だ。わかっている。同じだと思っていてもそれは勘違いだ。だが俺は今その勘違いをしたいと思っている」
    意味の無いことを口走っている、その自覚がある。
    コレが何を意味するのか、わからないほど未熟ではない。
    「お前にとっては迷惑か……否、迷惑にすらならないかもしれないが、とにかく不要な情報だ。忘れてくれ」
    「デイビット」
    テスカトリポカは、するりとシーツの海を抜けだしてデイビットの前に立った。ブーツに白い素足が向かい合う。
    「それはできない」
    「わかっている」
    「わかってねえな」
    黒い爪の先が、とんと着慣れたセーターの胸を叩く。テスカトリポカはその饒舌でもって、歌うように告げる。
    「わかってねえ。ここはどこだ?戦士の楽園だろう、お前達が癒やされ、充たされ、幸福を得る場所だ。俺じゃない。俺は、何も、得ない。お前は欲しいものをしたいことを、なにもかもを願え。俺が叶えてやる。俺がホスト。お前がゲストだ。ホストはゲストにモノを頼まない、願わない。俺は、何一つとして求めることはできない。それがルールだ」
    痩身にまとわりついていたシーツが、ぐしゃりと足元に蹲る。
    デイビットはその青い瞳をじっと見つめ、ゆっくりと瞬きをした。
    「……できない?」
    「ああ、出来ない」
    いつの間にか太陽が力を失っている。
    「しない、ではなく?」
    「……あ?」
    じっとしていたら体温すら伝わるような距離。
    部屋はすでに夜に浸り、月の明かりが金の髪に滴っている。
    「テスカトリポカ」
    「何だ」
    「俺は愚かだった」
    「オマエはいつも賢明だろう」
    シニカルに片頬を上げる。口元がさみしげだ。
    「聞き方を変える」
    されたのと同じように、指先をその胸元に当てる。なだらかに筋肉のついた胸は適度な弾力を持って反発する。その下にある心臓が何者かに捧げられる日は来るのだろうか。
    「テスカトリポカ、俺に想われることを善いことだと思うか?」
    青い目が丸くなる。
    その底のない澄んだ青は、見つめていると落っこちそうになる。いつかの頃、人々が大地にぽかりと口を開ける泉に神聖を見たような、それ。
    青であり白であり、透明な、全てを視ているようで、何も見ていない瞳。
    神はその青で、デイビットをみる。
    「お前は何も求めてなどいない、ただ、俺の質問に答えるだけだ。Sí o No.」
    「やめろ、聞くな」
    実際、肉体としての視力はあまり良くないのだろう。視えてはいるが大して見えていないのだ。だからその姿のときには、常にサングラスをしている。デイビットの知らぬうちに角膜か何かも使っているのかもしれない。それとも視力に傾けなかった力を、何かに寄せているのだろうか。
    テスカトリポカは、デイビットにぎゅうと両手をとられ、その紫の拘束から逃れるように目を背けた。
    薄い唇がはくりと開いて、そして閉じる。
    不自由な生身の身体。一度は肉体的に死んでいるから、召喚される際にリセットはしたのだろうが、律儀にデイビットのために用意したもののままでいる。
    うつむけた横顔に、髪が一房、流れかかる。
    「聞くな」
    押し殺すような声。掠れた響きにデイビットの心臓は鋭く痛む。もうとっくに機能していないのに、おかしな話だ。
    「わかった、じゅうぶんだ」
    「もう、二度と、聞くな」
    「すまなかった。もうしない」
    掴んだ両手を緩め、指先で手の甲を撫でる。指の付け根に盛り上がった関節の骨、手首に向かう腱、丸い尺骨の突起。全てがデイビットの為に用意されたものだ。
    それをそのまま使い続ける意味。
    「テスカトリポカ、触れても良いだろうか」
    短い眉が、くっと寄る。濡れたような唇がつり上がって、頬に温度が戻る。
    「もう触ってんだろうが」
    サングラスのない青い目が、じっとデイビットを見つめる。そこには熱っぽい男の瞳がうつっていた。
    「お前の分も、俺が求めるよ」
    触れあった唇が、おかしそうに震えた。
    「ふはっよろしく頼むぜ、兄弟」

    「ひさしぶりだが、出来るか?」
    「あっ、バカ、な、こと言うな」
    「真面目に聞いている」
    テスカトリポカはデイビットの求めに答えた。身体をシーツに横たえ、デイビットの手がふれるのに、黙ってされるがままになっている。
    汗を纏った肌は、硬い手のひらに吸い付くように馴染む。そんなところすら、自分のために用意されたものなのだろうと思えば、頭の内側がぐらりと煮える。
    もうふた月はしていない。この薄い腹は、デイビットの事を忘れているかもしれない。
    「……できる」
    「それは」
    「いいか、それ以上聞くな」
    闘う神の鋭利な踵が、ごり、と背中をえぐろうとしている。
    「黙ってやれ」
    「わかった」
    くそ、と悪態をつく唇を吸うと、それでも素直に受け入れて舌を出してくれる。従順なのに少しも従順ではなくて、デイビットはそのちぐはぐな二面性こそ、この神なのだなと、こんなシーンであるにも関わらず妙に関心してしまった。
    「だが、黙ってやれというのはお前の希望では」
    「うるせえな!」
    今度こそ脇腹を蹴られた。大して痛くはない。むしろ何やら愛おしくて、デイビットは笑った。
    「何笑ってんだよ」
    それが気に食わないのか、テスカトリポカはむす、と口をへの字にする。
    「いや、かわいいと思って」
    「ああ⁈」
    やはり気に食わないらしい。ついに、もういいと言ってデイビットの下から抜け出そうとする。けれど、そうはさせられない。
    「すまない、わるかった」
    その腕を掴み、盛り上がった肩甲骨の間にキスをする。長い髪の隙間から、じっとりとした視線がデイビットを睨んだ。
    「やらないなら」
    「やる、させてくれ、わるかった」
    それでもデイビットは笑みが殺せない。どうしてもつりあがってしまう口元をみて、テスカトリポカが折れた。ため息をつき、両腕を左右の肩に乗せる。
    「こんなサービスしてやってんのはオマエだけだぜ」
    「ああ、わかってる。感謝しているよテスカトリポカ」
    「わかったらさっさとしろ、早くその爆発寸前のマグナムをぶっ放せよ」
    いつだって饒舌な唇に触れる。額を合わせ、見つめ合うとふっと笑う気配がした。
    やはり、どうにも愛おしさが溢れて、ぎゅうと抱きしめてみる。
    「ん、」
    肌が擦れ合って心地良い。ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、手探りでそこを目指す。
    テスカトリポカが呼吸をするのがわかる。ぴたりとくっついていて、その肌が粟立つのすら感じた。
    「ふ、ぅ」
    手のひらで潤滑剤を温め馴染ませ、忍ばせる。内側は熱く、指を食んだ。様子をみながら時間を掛けて指を増やし、和らげる。
    内側で指を開いても抵抗が少なくなるまで丁寧にしていると、すぐそばにある頬が赤く染まり喉の奥で声を殺すのがわかる。
    「テスカトリポカ」
    「ん、ぅん」
    「もういいか」
    「わか、ってんだろ……聞くな」
    今日何度目かの台詞に、デイビットは苦笑を漏らした。返事はないとわかっても尋ねたいのだ。同意をえていると錯覚したい。
    指を引き抜き、自身をあてがう。
    「ふ」
    潤んだそこにゆっくりと沈む。
    「っぁ、」
    ため息がもれた。
    徐々に、解したときのように時間を掛けて、自身を打ち込んでいく。
    その間、一度も目は閉じない。己の下でこの身体に抱かれる男の姿を、一瞬も漏らさずみていたかった。
    「テスカトリポカ」
    「ん?」
    「よさそうで、嬉しい」
    「っは!自信過剰だな」
    「だが事実だろう。お前が気持ち良いと俺は嬉しい」
    同じ感情を求めることは不可能で、きっと心は交わることのない平行線にいる。
    けれど、もしかしたら多少は。そんな勘違いが心地よくデイビットを包む。だからせめて、自分の身体の下で、気持ちが良いと泣いて欲しい。
    言葉にせずとも伝わるのか、それともこの楽園においてはお見通しなだけなのかわからないが、テスカトリポカはデイビットを見上げ、困ったように笑った。
    それは穏やかで優しく、全ての赦しを注ぐ笑みだ。
    「テスカトリポカ、俺はお前が好きだよ」
    返事はない、ただ、その優しい笑みだけが返ってくる。デイビットは目の奥の方がつんと痛むのをこらえて、その白い首筋に顔を埋めた。
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