煙たい部屋薄い唇からは、ライムの香りがした。
きっかけはなんだったか。隣り合って酒を飲み、肩が触れた。
うるさい程に喋っていた男は口を噤み、サングラスのない瞳がじっと見つめてきた。
かと思えば、唇に柔らかな感触。
デイビットは手にしていたグラスを置いて、熱の去った唇に触れた。
男は片頬を上げ、挑戦的に笑う。
「なんだ?違ったか?」
それから、半ば抱えるようにして腰を抱き、部屋に飛び込んだ。
小さな頭が壁にぶつかるのも構わず噛みつき、下品な音を立てて唇を合わせたまま踊るように服を脱ぎ捨てた。
肌の至る所に触れ、夢中で唾液を啜った。
激しい息づかい。どちらのものかはわからない。
微かに残ったなけなしの理性が、初めてなのだから加減すべきだと助言してくる。
掌の下にある肌は、刺激にざらりと粟立っていた。ごくんと喉を鳴らし、腰を掴んで雑にひっくり返す。くぼんだ背中に汗が流れていくのが見えた。
後ろからの方が楽らしい。
いつかこうなる確信を持って、勉強したのだ。これでも。
その成果がでているのかはわからないが、少なくとも痛がってはいないと思う。
ぐっと尻たぶを掴んで、濡らしたそこに切っ先をあてがう。
「は、ぁ、くそ、ちょっと、まて」
「ん、」
おい、と手が伸びてくる。デイビットの手首を掴んだ大きな手が、不満げに力を込めた。
「なんだ」
「なんだ、じゃねえ。勝手に進めんな」
「イヤだったのか」
「そうじゃねえ」
チッと舌打ちをする。ベッドの上で、いざ、という時に舌打ちをするのはどうなのだろうか。
「顔、見せろよ」
「?」
「顔だよ、顔」
テスカトリポカは、わかってねえなとため息をついて身体を起こした。
さっきから舌打ちだのため息だの、これがデイビットでなかったらとっくに萎えているだろう。
「こっちだ」
おら、と高圧的に言い、正面から両脚でデイビットを挟みこむ。
ごそごそと頭の上を探ったかと思うと、ベッドヘッドに追いやられていた枕を掴み自分で腰の下に押し込んだ。
「テスカトリポカ、それは……」
なかなかに大胆で刺激的な視界である。
「黙れよ。それ以上言うな、早くしろ」
とっととしろ、と膝が脇腹を蹴る。
希望通りしてやりたいし、いい加減デイビットだって中に入りたい。
けれど、本当にこの苦しそうな姿勢で良いのか考えてしまう。この男がか弱いわけでもなんでもないのは知っているが、それだってできれば楽な方が良いだろう。
そんな葛藤も知らず、下に収まることを良しとしてくれた男は、両腕を伸ばしてデイビットの首に巻き付けた。
汗に濡れた額が触れあって、唇の表面が互いの温度を感じる。
「いいから、俺に突っ込んでヨガってる男の顔をみせろよ」
なあ、と。
殆ど囁く程度の音で、煙草が吐かせる煙のようにデイビットの耳殻を嘗めた。
そこまで言われたら遠慮をしていても進まない。
デイビットはぐっと奥歯を噛みしめて、腰骨を掴んだ。
「……だからって、加減ってもんがねえのか」
その声は、風邪が治りかけるときのようだった。
ぐったりとした背中には、いくつか歯形がついている。どうやら、自分がつけたらしい。流石に申し訳なく思いながらシーツを取り替えた。
「怪我をさせたか」
掴んだシーツに血がついていた。
まさか、怪我をさせてしまったかと。けれどテスカトリポカは清潔なシーツに転がって、金色の髪をぱさぱさと振った。
「いや口を少し切っただけだ」
案外お前の血かもな、と気だるげに笑う。
「はは、ヴァージンみたいじゃねえか」
おかしそうに肩を揺するのに、デイビットは首を傾げた。
「違うのか」
流石に童貞ということは無いだろうが、こっちは初めてだと思っていた。違うのだろうか。
テスカトリポカは、煙草をくゆらせながら、ぱちぱちと何度か瞬きをした。
「……ノーコメントだ」
決まり悪げに口をへの字にする。
デイビットはそうかと頷いて、シーツをランドリールームに運ぶため、煙たい部屋を後にした。