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    hagiw0

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    晴天を縫うの続き。
    金綱の綱さんと斎山の斎さんがだべっている

    ##きんつな

    凍星に解く「で、保留にしてるってことですか」
    ハハーンとうなずきながら斎藤が言う。一見して軽薄にすら見えそうな笑顔を浮かべ、組んだ腕にぐずりとなつく。柔らかさのない頬は酒で火照り、黒目の小さな瞳は潤んでいる。
    「斎藤殿、飲み過ぎでは」
    「いやあ、酔う程度には飲みましたからね」
    ハハハと何一つ楽しくはないとでも言いたげに笑う。綱は、この取引先の社員である斎藤と何故か妙に馬が合い、仕事関係なく時折酒を飲む関係であった。
    世間一般にこれは友人というのだろうが、馬は合うような気はするがまったく気は合わないし、意見も好みもまったく合わない。だが不思議と、それが良いのかもしれず、こうして時折誘われては、斎藤が潰れるまで酒を飲むのだ。だから大抵、呼び出されるのは金曜日だった。
    例に漏れず、華の金曜、今日も店は満席だった。誰も彼も開放感と酒に夢中で、まわりなんて見えていない。
    組んだ腕の間に顎を埋めながら、酒にぼやけた視線が綱を見上げる。
    「坂田さんはさあ」
    斎藤は、綱の事情を知っている。偶然道で金時と歩いているところに出くわし、紹介することになってしまったのだ。成り行き、というか綱と金時も別に隠してはいないので、正直に恋人だと紹介したところ、奇遇にも斎藤も連れ立っていた相手が恋人だった。お陰で、互いに今真剣にお付き合いをしている相手を承知していて、それが余計に斎藤との仲を気の置けない物にしているのかもしれない。
    斎藤の骨張った長い指が、結露して温くなったビールグラスを撫でる。
    「坂田さんは優しいでしょうから、渡辺さんにそういうこと言わないだろうけどね」
    「何が」
    日本酒が喉に熱い。お通しに出された茎わかめをつつく。散々飲んだがお通しだけ残っているのは、綱があまり茎わかめが好きではないからだ。好き嫌いは良くないと教育されなんでも食べるが、それでも好まない食べ物くらいはある。
    「渡辺さん、坂田さんに甘えてるでしょ。そんで、坂田さんは渡辺さんのこと、でっろんでろんに甘やかしてる」
    ふふん、と勝ち誇ったように言われ、綱は眉を寄せた。別に、金時に甘やかされた記憶はない。何かをねだったこともないし、そもそも、何かをねだったり、甘えたりするという意識が綱にはなかった。金時に対して、何かを望むなんてことは、すべきことではないと思っている。それに綱がほしがる前に、金時はすべてをそろえてしまう男だ。今目の前に与えられている物、それだけで綱は十分だった。
    「甘えてなど」
    「いないって? うっそだあ」
    にやりと、斎藤の目が猫のように細くなる。その目は何故か綱を責めているように見えた。
    「だってさ」
    残っていた酒をつぐ。斎藤は温くなったグラスに口を付ける気はなさそうで、このおしゃべりが終われば解散だろう。
    「だって、渡辺さんは全部彼氏のせいにするでしょ」
    どろり、と斎藤の重たい色の視線が綱を見上げる。
    「あいつのために、あいつがいいなら、あいつにとっては……それってさあ」
    斎藤は綱を見ていない。けれどもその声は責めるような、それでいて、痛みをこらえるような悲しい声に聞こえた。
    「それって、保身のための、体の良い言い訳でしょう」
    言い訳。
    綱は思いがけない単語に、ぱちりと瞬きをした。
    「拒否されたら怖いから、予防線張って、傷つくのを最小限にしたいんだよね。俺はさ、そういうちょっとズルいところもカワイイし、大事だから、大切にしたいから、甘やかすよ。でもさ……」
    はは、と。斎藤がよくやる、何かを誤魔化す乾いた笑い。この笑みが斎藤にとっての保身であるのだと、気づいたのは最近だ。
    「ボクの好きな気持ちを、勝手な理由で否定されて傷つくのはどっちよっつうハナシ」
    はー飲み過ぎかもねーと組んだ腕に顔を埋める。確かに、斎藤は飲み過ぎかもしれない。だが、今でた言葉は全て真実で、彼の本心だろう。
    「ズルいか」
    「うん、ズルくて、可哀想で、かわいい」
    ほんとさー、とくぐもった声が、腕の中から聞こえる。綱は、そうかと頷いて猪口を干した。

    斎藤とは駅前でわかれた。綱は電車で、斎藤はここからバスなのだ。ちゃんと目的地で下車出来るのか一瞬心配になったが、まあ大丈夫だろうと窓際から手を振る酔った友人を見送った。
    暗い空の中に、遠く明滅する飛行機の明かりを眺める。電車の中に人はまばらだった。座る気にはなれず、ドアの脇でぼんやりと酔った思考を漂わせた。
    数ヶ月前、まだ、夏の気配の残る頃、綱は恋人にプロポーズされた。
    珍しく風邪をひき、熱に倒れた日だった。仕事から帰った恋人は、何を思ったのかその場で綱にプロポーズをしたのだ。
    ムードやシチュエーションにこだわる彼らしくない、唐突なプロポーズだった。
    空を溶かしたような瞳は真剣で、指輪の入った小さな箱を差し出す手は小さく震えていた。
    嬉しい。
    嬉しかった。
    けれど綱は、「俺は、」と言ったっきり、応とも否とも言えなくなってしまったのだ。
    驚きと喜びのあとにあったのは、戸惑いとそして、不安だ。
    この男のこの先の人生を、自分が縛ってしまって良いのか、と。
    責任を、とりたくないのだろうか。愛しいと思える人を幸せに出来る自信がないから。自分はふさわしくないのではないかと、その不安が答えを出し渋らせているのだろうか。
    答えられなかった自分をみたときの、あの顔ははっきりと傷ついていた。誰より、笑顔でいてほしいと思う相手の顔を曇らせたのは、自分だ。そして、その傷を癒やそうともせず、ただ無為に時間をすごしている。
    逃げているのか、と。
    ふと気づく。
    元々、今の関係ですら自分にはすぎるものだと思っている。だから、それを変える言葉を選べずにいるのだ。そういって、断る気はない。
    それは、たしかに、『ズルい』
    「……」
    このまま答えを出さずにいたら、断ったと同義だ。そうしたら、どうなるのか。多分、いや確実に、この関係は終わる。
    きん、と鳩尾を針で突かれたように痛む。その針はじわじわと増えて、食道を上り喉の奥を刺す。
    綱はこくんと喉を鳴らして、そっと唇を撫でた。
    電車を降りると、息が白むほどに冷えていた。真夜中近い、気温はどんどん下がっていくだろう。家路への足は、寒さに背中を押されるように早まった。
    半ば駆けるように部屋へたどり着き、上着も脱がないまま寝室のドアを開ける。
    あのときもらった指輪は、ずっとキャビネット上に置いてある。毎日眺め、言葉をもらった事実に喜び、そして答えていない自分に気分を悪くしているのだ。
    「……え?」
    しかし、あるはずのものはそこになかった。
    そんなはずはない。どこにも持って行ってはいないのだ。持ち出したりもしてない。周囲を見回しても、誰かが侵入したような跡はない。窓も締まっているし、他の金目のものが無事な中これひとつだけ盗んでいくとは考えにくい。
    ありえない、どうして、まだ一度も、つけていないのに。応えても、いないのに。
    さっと血の気が引いた。寒さからではない冷えが身体を覆い、つま先までがジンと痛む。
    引き出しを全てあけ、布団を剥がし、洗濯機の中までみたが、どこにもなかった。
    「どうして……」
    わからない。
    ただ、絶対になくしてはいけない大事なものをなくしたのだ。それだけは、事実だった。

    ・・・

    金時は、部屋で酒を飲んでいた。
    家は、郊外にある小さな一軒家だ。一階が全てガレージになっていて、二階が広いワンフロア。ガレージには車とバイクと自転車が駐まっている。むしろ、これらをきちんと駐める場所が欲しくてここに住んでいるといえた。そうじゃなければ、都内に小さなマンションでも借りた方がよほど便利なのだ。
    この家で良かった点は、ガレージの他にもう一つある。チャイムがなる前に、階段を上がる音で人が来たのがわかるところだ。
    今日も、硬い革靴の底が階段を上がってくる音に、飲んでいたグラスを置いた。この音を聞き違える金時ではない。珍しい来訪に、チャイムが鳴る前に立ち上がった。
    けれども、ドアの前で待っていても、何故かチャイムが押されない。
    「?」
    確かに階段を上がる音はしたし、ドアに着いている小窓には人の頭らしき物が見えている。
    何をしているのだろうか。
    金時は首を傾げ、ノブに手を掛けた。
    「何してんだ?」
    「あっ」
    すると、やはりそこには予想通りの人が立っていた。唯一予想外だったのは、金時を見て大きく目を見開いていることと、寒さのせいか蒼白にすら見えるほど白い頬だった。
    「すげえ顔してんじゃん!早く入れって」
    何をしていたのか、と驚いて肩を抱く。どうみても厚着しているとは思えない薄いコートの肩はひんやりと冷たく、いつの間にか雪が舞っているらしく灰鼠色の髪には雪の結晶がまとわりついていた。
    ドアを閉める直前に見上げた空は、凍ったように黒かった。
    「大丈夫かよ、どうした?」
    綱が、ここを訪れることはめずらしい。便利さの点でも、大抵金時が都内にある綱の部屋に行くからだ。だからといって呼びたくない訳ではないし、いつ来たって良いと合鍵も交換しているが、綱が使ったことはなかった。金時も渡されている鍵を使うことは殆どなく、先日初めて使ったばかりだ。
    綱は、上着も脱がずにソファの前に立っていた。
    手には小さな紙袋を一つ持っているが、それだけだ。マフラーも手袋もしていない。
    真っ白い頬に触れると、血が通っているのか不安になるほどに冷たい。
    「なんだよ、なんかあったか?」
    綱は、あまり自分のことを話さないから、金時は時折どうしようもなく心配になる。だからといって、全部話せとは言えないし、言いたくもない。いつか綱が自分から喋ってくれたら嬉しいとは思っている。
    「きんとき……」
    「んん?」
    ソファに放ってあったブランケットを、肩から掛ける。本当にはコートを脱がせるべきだろうが、綱はじっとしたまま動かない。
    「すまない」
    「なにが?」
    「すまない、俺は……」
    綱は白い頬を強張らせ、痛みを吐き出すような声で呟いた。なくしてしまった、と。
    あの日、プロポーズの言葉とともに金時が渡した指輪を、なくしてしまったと言う。それを、まるで大罪をおかしたかのような顔で言うのだ。
    「なんだ、んなことかよ」
    「そんな、ことでは」
    「俺が持ってるぜ」
    「……なに?」
    あの日、金時が唐突にしたプロポーズに、綱は応えなかった。イエスともノーとも言わず、金時は返事は急がないと指輪を渡し、そのままになっていたのだ。
    それが少しまえの話しで、金時はあのプロポーズはきっと綱をだいぶ困らせているのだろうと気づいていた。
    何に対しても綱は基本的に即決即断の人だ。それが、きっと断ったら金時が傷つくとわかっていて、動けずにいる。
    困らせたくてプロポーズしたわけではないのだ。だから、困らせるくらいなら、と置きっぱなしにされていた指輪を回収してきた。
    「悪かったな、と思ってよお。困らせたくて渡した訳じゃねえから」
    将来を、この男といられたらどんなによいか、と金時は思っている。出来ることなら、ずっと大事にさせてほしい。愛しいと、愛しているというのは、こういうことをいうのだと気づいてからずっとそう思っていた。だからその先を乞うためにプロポーズしたのだ。
    だが、未来を縛るということに、この臆病な人が戸惑うだろうことは、容易に理解できた。何かを与えられることに慣れないこの人が、伸ばした腕を取れないだろうことも。
    好かれていることを疑いはしない。だが、同じ気持ちを返してもらえるとも、思ってはいなかった。
    正直、悲しかったが、冷静に考えればわかることだった。今の関係を変えたくないのだ。
    「ごめんな、オイラちょっち急いじまって」
    「違う」
    困って笑う金時の腕を綱がつかむ。見上げる目は黒く、夜空のように凍っていた。
    「違う、金時。俺が」
    「兄ィ……?」
    「俺が、間違えた」
    泣き出してしまうのではないかと思った。
    その目は潤んでも、震えてもいないけれど、喘ぐように言う顔をみたら、どうしてか泣かないでくれと抱きしめたくなった。
    「兄ィ? どした?」
    「違う、金時、すまない……すまない」
    「んだよ」
    綱の目が一瞬、とまどうように揺れる。それから、薄い唇をきゅっと結んで、金時の前に手に持っていた紙袋を差し出した。
    「コレを」
    「?」
    光沢感のある小さな紙袋だ。そこから綱は、小さな箱を取り出した。
    「何だ?」
    白く冷たい指が箱をあける。中には、ひとめで何が入っているのか想像できる形のケースが収まっていた。
    「……兄ィ……?」
    ぱこ、と蝶番で繋がっているケースの蓋を開ける。
    「これ」
    「金時」
    「は……」
    「いてくれ。俺と、共に……お前が、望む限りで、構わないから」
    だから、と。
    ケースの中には、プラチナの指輪がひとつ、入っていた。梨地に小さな石が一粒だけついたシンプルなリングだ。
    綱はそれを取り出して、金時の左手をとった。
    大きく厚い手が、冷えた手のひらにつつまれる。
    「きんとき」
    するり、と薬指に差し込まれた指輪は、少し大きすぎてこのままではすぐにぬけてしまう。
    「すまない……急いで、用意したから」
    「兄ィ……」
    指輪のついた手をぎゅうと包んで、祈るような顔で綱が続ける。
    「応えず、すまなかった。お前の、」
    「兄ィ!」
    言葉を遮って抱きしめた。冷たい身体を腕の中に閉じ込めて、二度と放したくない。
    「イエスだぜ、兄貴。アンタの、そばにいさせてくれ。ずっと」
    「金時……」
    「俺が望む限りならそりゃもう、ずっとだ」
    ふる、と小さく腕の中の身体が震える。俯く額に、唇を押しつけた。雪を纏っていた髪はひやりとする。
    「サンキューな、すげえうれしい」
    「きんとき……」
    うんと頷くのを抱きしめる。金時は、薬指の重さにじんわりと目を閉じた。
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