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    hagiw0

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    電車男パロの金綱再掲

    ##きんつな

    世界はそれを…… 正直なところ、面倒くさいものに出会してしまったな、というのが素直な気持ちであった。坂田金時はサングラスの下に隠された碧を眇めて、小さく舌打ちをした。
     一日働いて、やっと乗った帰宅への夜遅い電車、自宅の最寄り駅まではまだ随分とある。長い旅を控えた車内の不穏は、明らかに招かれざるものだ。一週間を終えて祝杯をあげたらしき人は多いが、通る街の種類からそんなに治安は悪くないはずの路線に、迷惑顧みず大騒ぎするサラリーマン風の男が一人。
     蛸のように顔を真っ赤にして、つり革に両手で捕まっているにも関わらず足下はよたよたと覚束無い。口角泡を飛ばし叫んでいる言葉も、支離滅裂である。だが、その無秩序な中に明確な悪意があることだけは確かで、金時は眉を顰めた。
     今日は金曜日だ。気持ち良く酒を飲み、ご機嫌にはしゃいで帰るのは良い。ただの少々喧しい愉快な酔っ払いだ。だが、これはいけない。一番悪い酒の飲み方で、こういう酒を飲む奴は、飲むのを止めた方が良い。金時の勤め先にもごく稀にこういった類いの客が来るが、オーナーより直々に放り出して良い、と言われている。
     金時は、目深に被ったフードの下から、ちらりと騒ぎの方に目をやった。
    「おい、聞こえてんのか! 女みてえな顔しやがって、今の若いのはみんな小綺麗にしちまって、だから駄目なんだ! だから少子化なんだっっ」
     論理破綻している。金時は自分には学もなければ頭も良くないと思ってはいるが、この男の言葉に理がないことだけはわかる。見ればどうやら、座席に座っている乗客の前に立ちはだかって、騒ぎ立てているようではないか。
     明らかに異常な男に、周辺の人間はみな、青い顔でシンとしていた。関わりたくない、自分がターゲットになりたくない。人々の顔がそう言っている。それは当然だが、今標的にされている人は恐くて悲しいだろう、きっと。
    「あーあ、しかたねえ……」
     ため息とともに呟く。
     降車する駅まではまだ随分とある、仮眠して帰ろうと思っていたが仕方が無い。これを無視できる金時ではないのである。
     金時は、立ち上がった。身長は一九〇センチ、体重も九〇キロ近い、体脂肪率は、人に言うとぎょっとされる数値だ。フードまで被ったスウェット、首元には太いネックレス、組んだ指にはぎらぎらと存在を示す指輪をはめている。人を見かけで判断してはいけないが、中身を知らぬ相手の種類を推し量るには、見た目に頼るよりない。金時のそれは、明らかに威圧感そのものだった。
     そんな威圧感の塊が、ぬっと立ち上がったのである。車内の緊張は一気に高まった。駅には着いていない半端なタイミング、しかも異様に騒いでいる男がいる、そこに現れた威圧感の塊。これで、空気が張り詰めないわけがなかった。
     ごっごっとDr.Martensの踵を鳴らし歩く。自慢ではないが、金時には金がない。名前にはついているのに、なんで財布にはないんだと嘆く日々であった。金時は『金』が大好きなのに。
     そんな中で、一生懸命に貯めた給金で買ったこのブーツは、気に入りの一足だった。多くを買えないからこそ、ひとつを大切に履いている。ツイード地の中に微かな金糸がキラキラとして、最高にゴールデンな靴だ。
     だが、乗客達はこのフードを被ったデカイ男が、そんな真面目な男だとは知る由もない。波乱ノ予感に、ただ息を呑んで成り行きを見つめていた。恐らく、どうか自分にだけは火の粉がかかりませんように、と願いながら。
    「おい、あんた」
     イマドキの若者は挨拶もできんのか、などと喚いていた男は、突然後ろからかけられた声に振り返った。覆い被さった大きな影に、因縁をつけられていた可哀想な乗客も視線をあげる。
     迷惑男が振り返ると、そこにはフードとサングラスで半分顔の見えない男がいた。
     見上げるほどに背が高く、スウェットの上からでもわかるくらいに盛り上がった胸の筋肉は、それがいかに鍛え上げられた肉体なのかを誇示している。
     喚いていた男の顔は、横断を許可する信号の様相を呈した。それを見て、金時は盛大にため息をつく。
    「あのよー、よくわかんねえけど、そこの兄ちゃんがあんたになんかしたのか?」
     ひょい、と男の後ろにいる被害者を見る。標的にされていた乗客は、思い当たる節がないとでも言いたげに首を傾げた。金時は、重たく額を覆っている前髪が揺れたのを見て、頷く。
    「だよなあ、俺もしたようには見えなかった。なあ、したのか?」
     ずい、と迫られて男は仰け反った。ぶら下がるように掴んでいたつり革から手が離れ、後ろにたたらを踏む。少しずつ標的の乗客から離れて出来た間に、金時は自身を滑り込ませた。
    「してねえんならさ、やめた方がいいぜ?」
     更に乗客から離れるように距離をとって、男を見下ろす。男はすっかり畏縮して、恐々と金時を見上げた。
    「な?」
     サングラスを少し押し上げて、そう言っただけだ。だが金時は、自分の見た目が人に与える感情の種類を理解している。恐怖や嫌悪、過度な畏怖、ようは怖がられるのだ。そして、内心は侮蔑している者もいるだろう。この見た目で、そんな扱いを受けることは日常茶飯事だった。
     だったら自前の金髪を黒く染め、服装も地味にして大人しくしていたら良いという者もいた。だが、それは自分ではない。『坂田金時』ではないのだ。
     ジャラジャラと身につける派手なゴールドも、日差し色の髪も、全部で金時なのだから。金時は正義を信じ、嘘をつかず誠実で正しい男だ。そしてそれは、己に対しても同じなのである。
     ただし、正しく人に恐れられる見た目であるという事実も理解しているので、態度だけは優しくつとめようとしている。好きな装いは貫くが、恐がらせたい訳ではない。
     だが今は、その必要もないだろう。この誠実さの欠片もみえない男には、心遣いなど無用だ。
     柔らかな口調でも笑顔を消し、氷河のような碧で見下ろすだけで、男は獅子を前にした獲物だ。酒臭い息を吐く唇を震わせながら、どんと餅をついた。
    「こっちです!」
     そこへ、先方車両の方からバタバタと一団がやってくる。みかねた優しい人が乗務員を呼んできたのだろう。この人を助けるのが、自分だけではなくてよかったと安堵する。金時は、人の善と正義も信じたいタイプの男だった。
     酔っぱらい男はやってきた乗務員に立つよう促され、駄々を捏ねている。中肉中背の、生真面目そうな乗務員だ。
     男は、金時を前にしたときと打って変わって、水を得た魚の如く、活き活きと毒を吐き出した。ありがちな、相手をみて態度をかえる卑怯なタイプのようだ。「次の駅で降りて貰えますか」と冷静に男を諭そうとする乗務員と「そうよそうよ」と乗務員を呼んだとおぼしき女性達が囃し立てている中で、男はいやだなんだと暴れている。
    「大丈夫か?」
     男は任せて振り返る。
     肝心の被害者は大事そうに紙袋を膝に抱え、無感動の目を捕り物騒ぎの方へと向けていた。恐怖で声もでないのかもしれない。唐突にぶつけられる悪意というものは、その大小に関わらず、衝撃と恐怖をもたらすものだ。
     不運な青年は、金時の声かけにゆっくりと顔をあげた。
    「ああ」
    「そりゃよかった。災難だったな」
    「いや……」
     青年の黒い瞳は、何を考えているのか読みにくい。悪意をぶつけられたショックに固まっているのか、それとも何でも無いと平然としているのか。金時は、この青年の事を何一つ知らないが、ただなんとなく、後者だろうなと感じた。
     視線は再び金時から外れる。それを良いことに、金時はじろじろとこの被害者の青年を観察した。
     年齢は恐らく、金時よりは少し上だろう。色素の薄い髪に白い肌。金時も色白の方だが少しタイプが違う。なんというか、シルクとか真珠っぽいと金時は思った。
     いつだったか知人が己のが恋人の事を東洋の真珠、と評していたことを思い出す。重ための前髪がその目を見にくくしているけれど、覗く瞳は睫が長くて黒目が大きい。キラキラしているのは並ぶ蛍光灯の反射だろうが、故郷の山奥で見る夜空に似ていた。
     (綺麗ェだな……)
     じ、と見とれていると、その目がはっと見開かれた。
    「あっ!」
     金時がどうしたと思う前に、耳に飛び込んでくる女性の叫び声と男の野太い声。振り返ると、床を這うようにして暴れていた男が手にナイフを持っていた。ただの酔漢ではなく、とち狂った酔っぱらいだったらしい。
     どさり、足元に青年の持っていた紙袋が落ちる。立ち上がり、金時の前に出ようという肩を引き留める。響き渡る女性の叫び声。床を這いずる男が、ぐっと膝に力を入れた。男の、澱み血走った目が青年を捕らえる。そして、ナイフを振り上げた。
     金時は青年の肩を強引に引っ張って、前に出た。肩とは反対の拳に、ぎゅっと力を込める。
    「おらぁっ!」
     お気に入りのブーツで床を踏みしめ、ナイフめがけて蹴りを放ち、男の手元を薙ぐよう蹴りつける。金時の脚の長さをもってすれば、男の手を狙うことは容易である。 爪先が微かに男の指先をかすった。折りたたみナイフは、回転しながら床を滑っていく。乗客は、息を呑んで見守っていた。
     金時は、ゆっくりと脚をおろす。男は手首を押さえて蹲った。
    わっと乗客から歓声があがる。拍手が湧き、金時は俄に英雄にでもなったかのようだった。この暴漢に立ち向かわなくてはと考えていた乗務員にとっては、まさしく英雄的存在だったかもしれない。
     ちょうど電車は駅に到着し、乗り込もうとしていた利用者達は、車内の雰囲気に不思議そうにしていた。
     
     結局、男は危険物所持もあり、そのまま警察に連れていかれた。しかしはた迷惑なことに、被害者の青年をはじめ、金時や居合わせた奥様方も事務所へと呼ばれ事情を聴取された。一応金時は功労者なので、例の乗務員を始め駅から礼を言われたが、金時としては自分にできることを当たり前にしただけなので、大げさに礼を言われるのは本意ではない。なのでそんなことよりは、直ぐにでも帰宅して寝たかった。
     一度、なんの間違いか、似たように人助けをしたところ、後日警察署で表彰されるハメになりそれは面倒だった。表彰をされるようなことはしていない。
     勿論助けてくれて有り難うと、言われるのは良い。当然とは言え、報われたようでうれしい。だが、表彰は行き過ぎだ。どうか同じことになりませんように、と思いながらそそくさと駅員室をでた。
     仕事終わりの疲労はさらに倍になって、うんざりともう一度同じ電車に乗るべく歩いていた金時の背中に、掛かる声があった。
    「すまない、君」
     暫くは自分だと思わなかった。しかしその声は、何度も直ぐ後ろから聞こえてきて、もしやと振り返ると、そこには例の被害者が立っている。
     ペコと頭をさげるものだから、さらさらと揺れる柔らかそうな髪ばかりが目についた。青年は金時の顔をじっと見上げる。そういえば、先程から瞬きが少ない。大きな黒目が乾いてしまわないのだろうかと、ふと心配になる。
     青年は一度だけ瞬きをした。
    「先程は助かった」
    「ああ、いや別になんもしてねえって」
     改めて言われると気恥ずかしい。誤魔化すように後ろ頭をかく。青年は蛍光灯がきらきらと輝く夜空のような黒目に、長い睫を伏せた。
    「そうか……でもありがとう」
    「あー……いや、ん、まあ、怪我なくてよかったぜ」
    「ああ、ん?」
    「あ?」
     青年が、首を傾げて前傾する。金時の爪先辺りを覗き込んで、そのままの姿勢でみあげてきた。上目にみられて、何故かどきっとする。
    「君の靴が怪我をしたな」
    「ああ?」
     言われてみると、確かに刃を受けてしまったのか、つやつやだった革のつま先に傷がついている。大げさな見た目よりは深くはないようで、中にまで達しはしていないが、それでも誤魔化し様のない傷だ。
    「オーマイゴット……まじかよ」
     なんてことだ。あのファッキン酔っぱらい。ぎり、と拳を握りしめる。あの男にとってはこんな靴一足取るに足らないのかもしれないが、金時にとっては大事なブーツだったのだ。
     深い悲しみに打ちひしがれるが、それでもこの人が傷つくよりはずっとましだったな、と思い直して小さく首を振った。
    「まあ、仕方ねえ。また金貯めて買うよ」
     金時にとっては大金であったとしても、それは紛れもない本心だった。靴くらいで目の前のシミ一つ無い綺麗な顔が傷つくことを防げたのであれば、つりが来たっておかしくない。
     強がって言う金時に、青年はしゃがみ込んだまま靴を指さす。
    「君はそこの靴が好きなのか?」
    「あ? いや、ここのがってわけじゃねえけど……」
    「なるほど……」
     ふむ、と頷いて屈めていた背を起こす。そして、今までの会話はなかったかのように、あっさりと話題をかえた。胸ポケットから名刺を取り出して、金時に差し出す。
    「俺は渡辺という。礼がしたいので、もし差し支えなければ住所を教えて貰えないだろうか」
     高そうなボールペンと分厚い手帳も、名刺と一緒に渡される。名刺にはシンプルに渡辺綱という名前と電話番号と住所だけが載っていた。わたなべ、つなで良いのだろうか。珍しい名前だ。金時も余り人の事はいえない。社名はないが、住所は恐らく職場かなにかなのだろう。
     金時はおいそれと住所を教えていいものかと一瞬考えたが、こんな偶然出会って悪用も何もないかと思い直し、手帳に住所と名前と電話番号を書き込む。
     渡されたペンは、書き易いが金時の手には少し小さかった。
    「さかた……きんとき?」
    「おう、ダセェだろ?」
     似合っていない自覚はある。だが、渡辺は金時の言葉にぱちりと長い睫を瞬いてから、微かに口角をあげた。
    「いや、いい名前だ」
     その瞬間、金時は鉞かなにかで後ろ頭をぶっ叩かれたように感じた。先程まで全くといっていい程動かなかった表情がふと緩んだだけで、まるでモノクロ映画が突然フルカラーどころか8Kになって、画面いっぱいに花でも咲いたように感じたのだ。
     サングラスが鼻をずり下がることも構わず、ぽかんとしてみつめていると、渡辺は、ではと言って金時の横をすりぬけていった。
     すれ違いざま、香水なのかなんなのかわからないが、ふわんっと甘いような良い香りがした。
    「ええ?」
     いったい自分の身になにが起きたのかわからず、金時は結局そのあと三本電車を見送った。
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