OhMyBuddy!ああ、これだからここを訪ねるのはイヤだったのだ。
斎藤は、あからさまに大きなため息をついた。
「ふうん」
頷きながら男の手の中をのぞき込む視線。
「それで、一ちゃん殿」
「一ちゃん殿はやめてって」
ひく、と口角を引きつらせて隣をうかがう。横では戸惑ったような顔をした後輩が、きょろきょろと落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。
「失礼、斎藤殿。それで俺に何をしろと」
「わかんない」
「わからない?」
はあ?と斎藤を一ちゃん殿などと頓珍漢な名前で呼んだ男の横から声がする。威圧感がすごい。
「そ、わかんないの。むしろ、わかんないからこうしてきてるんですよ」
事前に、バディであるパーシヴァルには、だまって様子をみているようにとだけ伝えていた。今、仕方がなく頼りにきているこの二人については、些か説明が面倒だったからだ。
今回、斎藤が目当てにしていた男、渡辺が白い指先で、渡した紙をとんとんと叩く。
「この資料からでは、何もわからない。というよりも、ここからだとあなたたちの管轄では?」
真っ黒い目は、いまいち何を考えているのかわからない。黒目がちの大きな瞳が、左右に動いて斎藤と隣の後輩をみた。
「そうみえるでしょ?それでボクらも捜査してたんだけど……」
「けど?」
「捜査線上に出てきちゃったのよ、名前が」
「誰の」
「蘆屋道満」
ぴく、と渡辺とその隣にいる男が視線を上げる。
「例の一件以来、鳴りを潜めたと思ってたんだけどね、どうやら黒髭の店に出入りしてる」
「黒髭っていや、王妃サマんとこの傘下に入ったんじゃなかったのか?」
長身の男が写る写真を受け取りながら、碧い目を細くする。
渡辺は写真をもつ大きな手をのぞき込み、形の良い唇を撫でた。
「アイアンメイデンか」
「ご明察」
察しのよい言葉にパチンと指をならす。理解が早い。きっとこれで動いてくれるはずだ。
蘆屋道満という男の登場によって、斎藤と渡辺の間に共通の目的ができた。
渡辺は、わかったとうなずき、渡した紙に火を付ける。そのまま、手近にあった灰皿に紙片を放る。
「金時」
「おうよ」
渡辺は、隣を見ずに言う。言われた方も慣れたもので、咥えていた煙草を灰皿に放ってぱんと膝を叩いた。
その様子に、渡辺は斎藤がここにきて初めてふと口角を上げた。
「わかった手伝おう」
渡辺の了承という目標を達成し、斎藤は報酬の話は後日と伝え二人の家を後にした。
使い慣れた古いクラウンビクトリアに乗り込む。
運転席に腰を落ち着けて、深くため息をついた。
「あの、おふたりは、どういう……」
ずっと口を挟まずにいたパーシヴァルが控えめに口を開く。この疑問も当然だろう。もし、斎藤が同じ立場でもなんだあれはと思うに決まっている。というか今もなんだあれはと思っている。
「なんていうか、色々あった結果が”ああ”なんだけどね、まあ運命共同体というか、なんというかそんな感じかな?」
多分。
もっとふさわしい単語があるのはわかっているが、斎藤はそれを口にするのがイヤだった。
パーシヴァルは理解したのかしないのか、そうですかと頷き、几帳面そうに何やら手帳に書き付けていた。
たった今、斎藤が訪ねたのは本当の意味で宮仕えをしている組織の中の、さらに秘められたチームに属している男だ。表に出せない訳ありのものの処理を仕事とし、斎藤とは以前とある事件で知り合った。
初めて会った渡辺は、すらりとしたコートの下に鍛え上げられた肉体を隠し、小さな顔には女ならうっとりしてしまうような美貌を乗せ、いわゆる、怪異と呼ばれるものを顔色ひとつ変えずに切り捨てる、現代に生きる剣士だった。
斎藤はその姿に感嘆したし、憧憬すら感じたものだ。いまでも、戦う渡辺はかっこいいと思う。
だがしかし、あくまでも、戦う渡辺は、なのだ。
紆余曲折については割愛するが、その誰もが憧れてしまうような眉目秀麗完璧超人と思えた渡辺には、恋人がいる。何を隠そう、先ほど隣にいた男だ。
あの渡辺ですら、隣にいることで華奢に見えてしまう程の体躯、左右の肩に斎藤と渡辺を乗せられるんじゃないかと思えるたくましさ。そこに派手な金髪と吸い込まれそうな碧い目に白い肌。辛い容姿に甘い美形を貼り付けた、年下の男の子と付き合いだしてから、渡辺は変わった。
いや、かわったというよりも、もとから恋人の前ではこういうタイプなのかもしれないが、それは斎藤のしったことではない。
だから、斎藤は二人を訪ねたくないのだ。他人ののろけやイチャイチャほど、みていて胸焼けするものはない。
二人は特にイチャイチャしていた訳ではないが、もう全てが、空気が甘ったるいのだ。
邪魔をしたのは自分たちなので文句は言えないが、それでもだ。
斎藤達を前にした二人は同じセーターを着ていた。白の、ふわふわとしたローゲージのニット。渡辺の着ている方はオーバーサイズで、彼氏はぴたっと着こなしていたので、あれは彼氏仕様なのだろう。
並ぶ二人をみて、一体なにを見せられているのかと思ってしまったし、盗み見たパーシヴァルと一瞬かち合った視線を思わず外してしまった。
「……あの」
「いや、違うのよ。普段はね、強いの。すごく」
なぜ自分が言い訳しているのだろうか。斎藤は、自分を納得させながら、置きっぱなしになっていたコーヒーのカップに口を付けた。