かわいそうだった狐のおはなし「身体を、這うんだ」
金時は、ぽつりと漏れた声に瞼をあげた。途端、空から星屑が落ちてきて、眩しい。
腕の中に閉じ込めた身体は目を瞑ったまま、ひそやかに言葉をこぼす。
「冷たく、柔らかなものが」
白いてのひらがそっと金時の胸に触れる。
「濡れていて、悍ましい魔力に満ちたそれは、多分今も、俺を探している。月の光があれに俺の居場所を教えるんだろう。そうすると、あれはたちまちに俺を見つけ出して」
あの穢らわしいもので一杯にする、と。
無意識なのだろう、金時の胸を押し離れていこうとする身体を、ぐっと引き留める。離れようとするならば、させないように抱きしめる。金時にできるのはそれだけだ。
「……すまない」
小さな謝罪はふたりの間に落ち、温い空気に溶けた。
「きっかけ、だが」
綱はきっと、何もかもを金時に打ち明けようとしている。
以前、綱の身に何がおきるのかは説明してくれた。そのおかげで、金時は覚悟を決めたのだ。だが、詳しく聞くことはしなかった。綱も話そうとはしなかったし、したくなかったのだろうと思う。
けれど、あんなことがあって、その背に乗せている重しを少しずつ明け渡してくれる気持ちになっているのかもしれない。金時は知りたくなかった。否、知るべきだし、知りたいとは思う。ただ、確実に冷静ではいられない。自分がどういう感情を抱くかわからなかった。だが少なくとも、なによりも、腕の中の美しい狐を優先することは確かだ。
「きっかけは……」
薄い唇が震える。見ていられなくなって、ぎゅうとその身体を抱いた。
「言いたくねえ?」
「っ」
「じゃあ、それぁ今度にしようぜ」
「……こんど」
「おう、アンタが、言えそうだなーってなった時だ。今じゃねえ」
額を押しつけるようにして、顔をのぞき込む。瞳は夜空よりなお昏く、そしてまばゆい。
「だろ?」
「だが」
「だがも、タガメもねえよ。俺は知りてえとは思うぜ。でも聞き出してえとはおもわねえ」
そんな顔を、させたいとは思わない。ただでさえ散々ひどい目にあっている。金時だけは、この狐にとって優しいだけの存在でありたい。すでに失敗してしまったから、これからは間違うことなく、そうありたかった。
「なあ、明日は良い天気だって、お星さんが言ってるぜ。沢に行って茱萸を食おう」
月はこのひとを苛む。けれど、星は優しく導いてくれる。
「な?」
綱は、金時の目をじっと見上げる。何度か長い睫で瞳を隠してから、こくりと頷いた。
「うん」
「じゃあもう、ねちまえよ。オイラがずっとみててやる」
大丈夫、と背中を撫でる。夜空の月はもはや真円ではない。けれども爛々とふたりを見下ろしていた。
金時はその黄色い視線から愛しいものを守ろうと、覆い被さった。